転生艦足柄と提督の秘密   作:D1198

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大和と山本

 何故だろうか。

 鎮守府の廊下はいつもと同じだけれど、最近の私は変だ。

 落ち着いたり、不安になったり、物足りなかったり、満ち足りたり。

 昨日と今日どころか、この一瞬一瞬ですら変わっている気がする。

 それが、たいてい提督が絡んでいるのだから、なお分らない。

 

「大和が艦娘になったそうよ。武蔵も内示が決まっていて、艤装が終わり次第艦娘になるのだとか。大和型は船型として運用されると思っていたのだけれど、楽しみね」

 

 妙高姉さんはいつも通りなのだから、やっぱり私だけか。

 

 

 あれから一ヶ月が過ぎた。

 予想に反しと言うべきか、ヒトは見かけによらないと言うべきか、提督は精力的な日々を送っていた。

 一言で言うと、提督として仰ぐのに不満が無い。

 ある時は演習を指導し、またある時は演習に参加した。演習のない時間は、艦娘との図上演習である。

 それが終われば終わったで、向こうから持ってきたのであろう本や、情報部からもたらされる国際情勢の報告書を、夜遅くまで熱心に読んでいた。

 この様な事を続ける提督への、皆からの評価は《若さ故に貫禄に欠けるが熱心で知的》である。

 

「どのような娘なのかしら。大人しい子だと良いのだけれど」

 

 ただ、時々外出してそれが決まって夜なのだから、鎮守府ではちょっとしたゴシップになっていた。

 方々から聞かれるのだが、秘書艦である私にも行き先は秘密なので答えようがない。

 誰に会っているのだろうか。

 こちらで作った友人だろうか。

 背広を着て、髪を整えて。

 身なりを正して出かけるから、相応のヒトだとは思うけれど。

 

「曙・摩耶辺りは、すこし粗野ね。足柄も十分ではないわ」

 

 見下ろせば、胸の膨らみがあった。

 服を内側から突っ張る大きいこれは、提督限定のレーダーである。

 

「足柄?」

 

 ごく短時間ですら、視線を感じるとムズムズする、邪魔っ気だが便利なシロモノだ。

 

「足柄」

 

 これを使ってみようか。

 そうすれば、隠し事なんて、しなくなるかも、しれない。

 

「あ、し、が、ら」

「え、なに。姉さん」

 

 妙高姉さんは、咎める様な目をした後に、はぁと深くため息を付いた。

 

「そんなことでは、秘書艦失格よ」

「大丈夫よ。ブレーキ役は務めてるから」

「足柄がブレーキ役だなんて。嘘をつくなんて困った妹だわ」

 

 ドナドナドナー

 悪夢が蘇るー

 ドナドナドナー

 妙高お姉ちゃんは怖いー

 ドナドナドナー

 それは、演習の発端〈しのびこみ〉がバレた時ー

 

《話があります。こっちにいらっしゃい》

 

 その笑みは悪魔か鬼か。

 いっやぁぁぁっ!

 

「足柄?」

 

 はっ!

 意識が飛んだ!?

 これが敵の新兵器〈トラウマ〉か!?

 

「とても失礼なことを考えたわね?」

「してません! 嘘なんてついてません! あれで短気な所もあるのよ!」

 

 思い出されるのは、電探の予算を増やす増やさないで、討論をする彼の姿である。

 海軍は砲術出身がエリートコースなので、それ以外はおざなりだ。

 それを覆そうとする彼の姿は、日頃の能面からは連想できない程に険しい。

 

「そう。冷静さと熱意さ、慎重さと大胆さ。指揮官として理想的ね。どなたの師事を受けたのかしら」

「ここに来る前に、猛特訓を受けたらしわよ」

「どなた? さぞご高名な将校だとは分るけれど」

「提督道大原則そのイチだって」

 

「なんのこと?」

「なんでも、『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』と教わったのだとか」

「ごめんなさい、今なんて?」

「提督道大原則そのイチ」

 

「その後よ」

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」

「え、いや、え、まさか……え、」

 

 なんと言うことなの。

 妙高お姉ちゃんがうろたえてる。

 

『それはどういう事ですか!』

 

 思わず姉さんと顔を見合わせた。

 そして、執務室の扉越しに居るであろう声の主に、側耳を立てた。

 不敬以前に礼儀が欠けていると思ったが、提督が怒声を上げるとは異常事態に違いない。

 なにより、提督と話している誰かが気になる。

 その声には、体の芯に響く程に重い有無を言わせぬ威厳があった。

 これは将校に違いない。

 それも、准将・少将・中将……上位の将校だ。

 

『落ち着け。声を荒げたところで、状況は変わらん』

『全ては、こうならない為だった筈です』

『もちろんその通りだ。だが止められなかった』

『……状況を教えてください』

『日本時間の一九四一年十二月八日未明。真珠湾攻撃は予定通りに決行された』

 

 その名前を聞いて血の気が引いた。

 とうとうこの日が来てしまったのだ。

 けれど、今度こそ!

 

『……ハルノートですか』

『そうだ。可能な限り手を回したが、あれの刺激は強すぎた』

 

 はるのーと?

 聞いた覚えが無いので妙高姉さんに聞こうと思ったら、姉さんも首を横に振った。

 

『開国を迫っておいて、手に負えなくなったら島に籠もれですか。やりたい放題やってくれる』

『左手で握手をして右手で銃を突きつけるのが、国際社会の常識。お前が持ってきた本にもそう書いてあったが、忘れたのか』

『分かってますよ。問題にするべきは……我々の方です。やはり史料を公開するべきだったんです』

『それは分からない。史料通りに二つ三つは勝てるだろうが、そうなれば我々は恐らく盲信してしまう。ならば、逆手に取られるのは時間の問題だ。なによりお前が持ってきた史料は、この国に辛辣すぎる。私にとっても、だ』

 

『ハワイの海軍工場と石油施設は?』

『予定通り無傷だ』

『サトラガ・レキシントン・エンタープライズは?』

『発見の報告すら出ていないならば、予定通り撃ち漏らしたと見るべきだな』

 

『敵空母も撃沈できず、ハワイからも軍需拠点能力が奪えなかったのなら、アメリカの立て直しは予定通りですよ。せめて南雲さん……いや、山口さんには伝えるべきだった』

『見方一つだな。極秘裏に動いていたのが裏目に出た訳だが、これでニミッツは、予定通りに太平洋艦隊の司令長官に抜擢される。そして、南雲の機動部隊を目の敵にする筈だ。ミッドウェーという歴史的転換点は、まだ失われていない』

『これから、どうなさるんですか?』

『華蝶乱舞作戦が第三段階に移行するかどうかは、お前次第だ』

 

 華蝶乱舞作戦? 第三段階? 何の事?

 

『……移行をお願いします』

『本当にいいんだな?』

『はい。回数は覚えていない程に迷いました』

 

 この会話は一体何? 提督は何を言っているの?

 

 

 扉がギィと音を立てて開いた。

 私が軽くつんのめったのは、その開いた扉に軽く体重を掛けていたからだ。

 うぷ。

 誰かの胸板に突っ伏した。

 逞しいというか、目眩のする臭いというか。

 そうだ、かつて私の指揮を執った艦長達が、こんな臭いだった。

 

「し、失礼しました!」

 

 妙高姉さんの声が固いのは、何故だろうか。

 

「おほん」

 

 ん? 姉さんのでも私のでもない女の声がする。

 

「足柄は、いつまでそうしていますか」

 

 聞いた事の無い女の声に顔を上げれば、私を抱き支える人物の顔が見えた。

 そうしたら血の気が引いた。

 何故ならば。

 笑いもせず怒りもせず、静かに私を見下ろしていたのは、とっても偉い山本五十六 海軍省次官だったからである。

 しってるー?

 この人海軍じゃ神様扱いなの―

 

「な、な、ななななななな、なーーーーーーーっ!?」

 

 立ち幅跳び世界記録更新!

 そうじゃない!

 何故ここに、この人が。

 いやいやまてまて、この方が。

 妙高姉さんが、固いのも無理はないわね。

 いやいやだから、落ち着け、問題はそこじゃない。

 

 は、わ、わ、はわわわ。

 

 盗み聞きとか、抱きついたとか。

 私は、とんでもない方に、とんでもない事をしてしまった……まずい!

 今度という今度は妙高姉さんにコロコロって!

 ひょっとして私ってば錯乱中!?

 と思ったら、次官は軽く頷いたのみで立ち去ってしまった。

 余り話さないって本当だったんだ。

 これは、首の皮一枚で助かったのだろうか。

 恐る恐る見た妙高おねえちゃんは、まだ固まっていた。

 

「おほん」

 

 目の前に立つ知らない女を例えると、美しいというか、華やかというか、艶やかが適当だろうか。

 有り体に言うと鼻につくが、胸の大きさは勝った。

 

「妙高型の妙高と足柄ですね? 初めまして。私は大和と言います。以後、お見知りおきください」

 

 そうか、こいつが戦艦大和か。

 ふぅん、まぁまぁじゃない。

 私たち妙高型には勝てないけれど!

 

「ごめんなさい。提督は口数が少ないですけれど、怒ってはいませんから安心してください」

 

 妙高姉さんは復活していた。

 

「大和は、次官の?」

「ええ。秘書艦です」

 

 次官が提督? あら? 提督が次官? あれ?

 

「仲間に挨拶をしたいのですが、生憎とその余裕が無いので、これで失礼します。皆によろしくと伝えてください。それでは」

「足柄。私は、山本次官を門までお送りするから」

「分った」

 

 山本次官に続く、大和と妙高ねえさんの背中を見届けた私は、執務室に足を向けた。

 驚いたけれど問題は、私たちの提督だ。

 

 

「これは一体どういうこと? 海軍省次官の山本さんが何故ここに――」

 

 私が出し掛かった言葉を途中で飲み込んでしまったのは、執務机に向かう提督が、今までに見せた事の無い鋭い目をしていたからだ。

 

「用件があったからに決まっている」

「用件とは何」

「機密だ」

 

 なんだろうか。

 今朝……いや昼食を一緒に取った彼とは、何かが違ってしまっている。

 

「一つ伝えておく。山本さんは、太平洋艦隊司令長官になった。つい先日の事だ」

 

 事務次官から艦隊司令?

 そんな事があったのか。

 

「聞こえは良いけれど事実上の降格じゃない。なぜよ」

「機密だ」

 

 その物言いは何?

 そんなんじゃ完全な軍人じゃない。

 時々見せた、あどけなさはどうしたのよ。

 

「那智。聞いての通りだ。作戦を第二段階に移行する」

 

 那智姉さんが、執務室に居た? なぜ?

 

「貴方の秘書艦はここに居ますが」

「状況が大きく変わったので、できうる限りの事を早急にしなくてはならなくなった。俺らは第五艦隊として作戦を開始する。その作戦特性を考慮の上――」

 

 聞きたくない。

 どうして今頃そんな事を言うのよ。

 そんな事を言うなら、なぜ私を秘書艦にしたのよ。

 

「足柄は ――井上成美中将が率いる南洋防衛を担当する南洋部隊、第四艦隊に編入される。異存は無いな?」

 

 那智姉さんは、申し訳なさそうに目を伏せるだけだった。

 そう、そう言う事。

 

「提督が必要だと判断したのならそれは気にしません。でも一つだけ聞かせて。勝つ為よね? 勝利の為に私を異動するのよね?」

「俺が望むのは勝ちでは無い。負けない事だ。つまり、ドローを狙う」

「どういうこと?」

「明確に言おう。戦術的敗北も作戦の一つだ」

「真珠湾攻撃では、艦艇に損害は無かったけれど、その後に続くウェーク島沖海戦と珊瑚海海戦では撃沈の被害が出ていたわよね? つまり提督は、疾風・如月・祥鳳を――」

「そうだ」

 

 無限とも思える様な長い時間が、その意味を理解するのに必要だった。

 

「異動を承認しました。敗北主義者の指揮官なんて、こちらから願い下げよ」

 

 私は、せめてもの反抗にと、扉を開いたままにした。

 

 自分に腹が立つ。

 あんな奴に心動かされていたなんて。

 自分に腹が立つ。

 あんな奴を信じていたなんて。

 那智姉さんたちが可哀想ね。

 無駄死になんて、最低最悪だわ。

 罵りの言葉が止まらない。

 でも、涙も止まらなかった。

 

「最っ低」

 

 

◆◆

 

 

 開いたままの扉は、酷く空虚に見えた。

 引き留めるべきだろうか、説明するべきだろうか。

 幾つも考え、那智〈わたしは〉それらを飲み込んだ。

 私にはそれが許されていない。

 

「いいのか。華蝶乱舞作戦の真相を告げなくても」

 

 彼は、守るために失ってしまったのだ。

 戦争に引き裂かれる男女など良く聞く話だが、目の当たりにすると、これ程やるせないとは思わなかった。

 

「近代の戦争は、石油などの地下資源・工業力・経済力・地形・そして情報、これらの総合力で決まる。

 つまり、戦術的勝利と戦略的勝利は必ずしも一致しない。

 序盤の快進撃が歴史的大敗に繋がるなんて、俺だって長い間理解できなかった。

 那智、お前もそうだ。山本さんに引き合わせてようやくだ」

「それを言われると辛い」

 

 実を言うと、私も足柄と同じだった。

 足柄が艦娘になる前の話になるが、私は、半ば強引に連れ出された料亭で全ての話を聞いたのだ。

 彼がどこからやってきたのか、私達が守るべき国がどうなるのか、そして私たち艦娘の結末。

 それは、あまりにも突飛で許容できない話だった。

 怒りの余り、特高に突き出してやろうかと思った程だ。

 だが山本連合艦隊司令長官が ――その時はまだ事務次官だったが―― その場に居たならば話は別だった。

 二人が開戦を避けようとしている理由が、今なら分かる。

 この戦いは、この国にとって破滅でしかない。

 

 大陸での戦況は泥沼だ。

 日ソ中立条約はあるが、国際連盟が骨抜きならばアテにはならない。

 東南アジアでは、植民地を守ろうとする欧州が目の色を変える事になる。

 これから闘う大国アメリカの物量は、日本の十倍だ。

 正に四面楚歌。

 我々は勝てる筈のない戦争をしてしまった。

 だというのに、全てが戦争に邁進している。

 空気を読めと言わんばかりに、反戦の声を上げることすら許されない。

 

「簡単に理解できない話は、混乱の元だ。

 かつて基地攻略か機動部隊撃滅か曖昧なまま闘ったこの過ちを、繰り返す訳にはいかない。

 悔いがあるとすれば足柄に出会って浮かれた事だ。

 開戦は回避できると自分に都合良く考えてしまった。

 予想と希望は違うのだと分っていた筈なのに、あれほど言い聞かしたのに……これが罰なら極めつけだ」

「足柄への想いは、お前がここに来る発端であり、その細身の支えだ。あまり責めるな」

「そうだ。俺はその為に、ここに来た。もう繰り返さない」

 

 立ち上がった彼は、軍帽を手に取った。

 その身の熟しが、私への命令となる。

 

「那智。メンバーに招集を掛けろ。第五艦隊抜錨だ」

「了解だ。司令官殿」

 

 この男の行く末は見届けなくては成るまい。

 

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