ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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GMの決断

 グィンさんから席を外してほしいと言われ、執務室から出て数十分。唐突に、部屋から入って来てほしいとグィンさんに言われ、僕は再び執務室へと入った。

 

 ──……え?

 

 入って、すぐさま戸惑い、困惑に囚われる羽目となった。執務室の空気は先程と打って変わって、重く気まずい静寂に満ちており、僕は無意識にも固唾を呑んでしまう。

 

 そんな僕に対して、グィンさんが────最初の時からは想像もできない程に真面目で、そして固い表情を浮かべている彼が言う。

 

「突然で、その上待たせてすまなかったね。ウインドア君」

 

 表情と同様に、その声音も固く重々しい。そんなグィンさんの声を聞いたのは、これが初めてだ。

 

 堪らず動揺を覚えながらも、僕は何とか口を開いてグィンさんに言葉を返す。

 

「い、いえ。そんな、気にしないでください」

 

「……うん。そう言ってくれると、僕もありがたいよ」

 

 そうしてグィンさんと社交辞令のような、一通りのやり取りを終えて。僕は次にソファに座ったままでいる先輩へと顔を向ける。向けて、堪らず狼狽えてしまった。

 

「…………」

 

 先輩の様子が、最初と全くと言っていい程に一変していたのだ。膝の上に置かれた手は固く握られ拳となっており、遠目からでも僅かながらに震えているのがわかる。一体先輩がどのような感情を抱いているのか────その顔を伏している今、それを正確に知ることは困難であった。

 

「あ、あの……先輩……?」

 

 堪らず、そして考えもなく。僕は恐る恐る先輩に声をかけた。が、先輩は顔を伏せたまま、意気消沈の声音でこう返す。

 

「悪い。今は何も訊くな。……訊かないでくれ」

 

 ラグナ先輩との付き合いは決して短くはないと、僕は思っている。思っていたが、それでも。それは初めて目の当たりにする先輩の一面だった。こんなにも暗く深く、落ち込んだ先輩の姿など、見たことがなかった。

 

 まるで懇願するような先輩の言葉に、僕が簡単な一言ですら返すことができないでいると、不意に神妙な面持ちでいるグィンさんが口を開く。

 

「ウインドア君。……いや、クラハ=ウインドア。そこに座ってくれ」

 

「え……?」

 

 今までに聞いたこともない声で、こちらに有無を言わせない圧と共に、グィンさんが僕に言う。そのことに当然僕は驚き戸惑ったが、それ以上何も言わずただこちらを見つめるグィンさんの、得体の知れないその迫力に押し負け、気がつけば僕は無意識に言われた通り、ソファに腰かけていた。

 

 異様な雰囲気が漂い、包まれる執務室────その空気に僕が堪らず背中に嫌な汗を滲ませるのとほぼ同時に。依然として神妙な面持ちのまま、再びグィンさんが口を開いた。

 

「先に結論から言わせてもらうと、私は信じるよ。今私の目の前に座るその女の子こそが、我が『大翼の不死鳥(フェニシオン)』最強でもあり、そして世界最強と謳われる三人────《SS》冒険者(ランカー)の一人……『炎鬼神』ラグナ=アルティ=ブレイズ本人だって、ね」

 

「ほ、本当ですかグィンさん!?」

 

 グィンさんの言葉に、つい僕は身を乗り出してしまう。しかし、グィンさんはまだ何か言いたげにしていて、僕はそれに気づく。それから慌ててソファに戻り、逸る気分を落ち着かせながら彼の言葉の続きを待った。

 

「……それと、その最強ぶりが嘘だったみたいに弱体化してしまっていることも。うん」

 

 その時、僕は見逃さなかった。グィンさんがそう言った瞬間、ほんの微かに。先輩が肩を跳ねさせたのを。

 

 ──先輩?

 

 僕は思わずどうかしたのかと訊きそうになったが、先程言われたばかりの言葉を思い出し、その直前で思い止まる。

 

 グィンさんはといえば、そう言って一旦口を閉じてしまい、天井を仰いでいた。だがそれも数秒のことですぐさま彼は僕と先輩の方に顔を戻し、相変わらず重苦しい雰囲気を纏ったまま、言う。

 

「正直に言わせてもらうと、君たちが思っているよりもこの事態は深刻だよ。何せ、世界規模の損失だろうからね。それは間違いないさ」

 

 グィンさんの言葉に、僕と先輩は何も返せない。ただ、沈黙する他ない。

 

 今回のことは、誰が悪い訳でもない。誰かの悪意が引き起こした陰謀ではない。これといった原因が全く以て皆無な、謂わば不幸な事故のようなものだ。

 

 それはグィンさんとて、わかっているはずだ。理解しているはずだ。……けれど、彼の表情からはあの困ったような笑顔は失せて、代わりに険しく固いものとなっている。

 

 それから数分、執務室を静寂が包んだ。そしてそれを先に破ったのはやはりと言うべきか、グィンさんであった。

 

「今何をどう言ったところで、この状況が好転することはないと、わかっている。ああ、わかっているとも。……だからこそ、言わせてもらうよ」

 

 言って、グィンさんは────僕に顔を向けた。その表情は、何処までも真剣で。その眼差しはひたすらに真摯だった。

 

 その二つに圧倒される僕に、グィンさんが言う。

 

「『大翼の不死鳥』所属、《S》冒険者──クラハ=ウインドア。君にGMとして命ずる────ラグナ=アルティ=ブレイズを一から鍛え直し、そして『炎鬼神』としての強さを取り戻せ」

 

 拒否することは許さない──────直接口にはしなかったが、グィンさんの声音にははっきりと、その意思が頑なに込められていた。


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