ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
「はい。これでこの
「は、はい!自分、これからも精進しますっ!メルネさん!!」
「ふふ、期待してるわよ」
……というようなやり取りを終えて。メルネは笑顔を以て、まだ若き青年の
早朝から少し時間が過ぎた今。まだ眠りについていたこの街────オールティアは起き。誰も彼もが朝から慌ただしく動き回っていた。
労働に勤しむ者。日常を楽しむ者。多種多様、様々な者たちが混合し溢れている。それがこの街の光景であり、時を経るにつれて幾らかは変化と変容を遂げているのだが、その根本は未だ変わらずにいる。
そう、此れこそがこの街────オールティアの在り方。これだけは誰だろうと、どんな
……そしてそれと同じように、
──人生何があるのかわからない……当たり前のことだけど、まさかそれをこうして、よりにもよってこんな形で痛感させられるとは思いもしていなかった……。
と、心の中で深々呟くメルネ。そして彼女は先程手続きを済ませた依頼の資料を整理し終え、唐突にその口を開かせた。
「一つ、訊いてもいいかしら」
そんなメルネの問いかけに対し────数秒の沈黙を挟んでから、
「どうぞお構いなく」
「じゃあお言葉に甘えて。……どうしてこんなことになったのか、貴方はわかる?ロックス」
ロックスからの快き了承を受け、メルネは少しの沈黙を挟んでから、まるで出方を窺っているような慎重な声音で。彼女は彼にそう訊ねた。
「……
と、メルネの問いかけに対するロックスの答えはそれだった。奴さん────その言葉が示す存在が如何なるものか、わからないメルネではなく。ロックスの答えを聞いた彼女は安心したように頷く。
「良かった。私と同じで」
「はは、そりゃ確かに」
「……それで、私と貴方の言う件の奴さんの行方は掴めたのかしら?」
「いえそれが全然。
そうして、メルネとロックスの会話は一旦の終わりを見せた。周囲の
それは数秒、数十秒、そして丁度一分が経ったその時。先に閉じた口を再度開かせたのは────やはりというべきか、メルネの方であった。
「あれからもう、一週間なのよね」
と、何処か嘆き悲しむような、悔恨の混じるメルネの呟きに。ロックスもまた、閉じた口を開いて言う。
「ええ。気がつけばあっという間に一週間が過ぎた。……何の進展もないままに、過ぎちまいしたね」
そうして二人の頭の中で、とある光景が。つい一週間前程の光景が呼び起こされる。そしてそれは奇しくも、同じものだった。
『そうだ。俺はライザー……一年前、『
それが始まりの一言。そして────終わりの言葉でもあった。
周囲を巻き込んで。全てを巻き添いにして。徐々に、徐々に。段々、段々と。そして終いには、きっと跡形もなく──────────
「ああ止めだ、止め。ここはもっと別の話題にでもしましょうぜ、メルネの姐さん」
「そうね。こんなこと言ってても、気が滅入るだけだもの。頭がどうにかなりそうだわ。それと姐さん呼びはちょっと、遠慮してくれない?」
「あ、はい。了解ですぜ、メルネのあ……メルネさん」
「…………まあ、良しとしましょう」
だがしかし、そこでまた二人の会話は途切れた。……そもそもの話、わかり切っていた。たとえこの話題を避けたところで、残る別の話題も大差のない、ろくでもないことなど。二人はわかり切っていたのだ。
またしても重苦しい気まずい静寂の最中、三度それを断ったのは────やはり、メルネだった。
「……最近、どうなの?…………クラハは」
「…………」
それはロックスが会話の中で見せた、初めての沈黙であった。今の今までメルネの言葉に即座に返事をしていたロックスだったが、彼女のその問いかけに対しては、流石の彼も沈黙せざるを得なかったのだ。
黙り込んでしまったロックスは、唐突に懐から小さな箱を取り出し。その箱から一本の煙草を取り出し口に咥えたかと思えば。続けてライター──近年
カチッ──その音と共に、ライターが小さな火を吹かせ。瞬間、ロックスが咥える煙草の先に灯った。
「
と、紫煙を吐き出しながらようやく返ってきたロックスの言葉を聞いて、メルネは僅かに目を伏せた。
「……そう」
「一応休むよう声はかけたんですが……あの様子だと、どうだか」
そして今度はロックスがメルネに訊ねる番だった。
「クラハもそうなんですが……そちらの方はどうなんです?」
ロックスのその問いかけに対し、メルネもまた沈黙を挟むが、それはロックス程長くは続かず。何処か諦めているような、後悔しているような声音で彼女はこう答えた。
「どうも何も……こっちは
見ての通り────メルネの言葉を聞いたロックスは、ゆるりと紫煙を吹かせながら、静かに呟く。
「……ええ。まあ確かに、見ての通りですね」
そしてロックスは顔を向けた。メルネが顔を向けているその方向に、彼もまた同じように顔を向けた。
メルネとロックス。二人の視界に、その姿が映り込む。そう──────────『