ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
それはまだラグナが案内された更衣室にて、この『
「おはよう。クーリネア、フィルエット、シシリー。急な、それもこんな早朝からの呼び出しに応じてくれたこと、感謝するわ」
と、自らの指示により休憩室にて待機していた三人の女性────『大翼の不死鳥』の受付嬢として働いている彼女たち、クーリネア=アヴァランとフィルエット=パマヌアスとシシリー=クレシェンらに。部屋に入って早々、メルネは挨拶と感謝の意を述べた。
「おはようございますメルネさん。そしてどうか気にしないでください」
「私たちはこの
「なればこそ、その組合の代表受付嬢であるメルネさんの御言葉に私たちが従うのは、至極当然のことなのですから」
と、三人それぞれの言葉を聞いて。メルネは自分でも気づかない内に固くなっていた表情を和らげた。
「ありがとう……そう言ってくれると幾分私の気も軽くなるわ。……じゃあ貴女たちにお願いするわ」
ゴクリ、と。クーリネアとフィルエットとシシリーの三人は生唾を飲み込まずにはいられない。果たして、これから一体自分たちはメルネから何をお願いされるのだろうか────三人が緊張感に包み込まれる最中、メルネは少し間を置いてから、こう続けた。
「さっき言った通り、今日から
「はい」
「それでラグナには貴女たちに対して、改めて自己紹介させようと思ってるんだけど……きっと何もかもが初めてのことだから凄い緊張してると思うのよね」
「御
「そこで貴女たち三人にはそんなラグナの緊張を解せるような、素敵な自己紹介をお願いしたいわ」
「なるほど。ブレイズさ……様の緊張を解す為の素敵な自己紹介を私たちに」
メルネの言葉に三人は各々相槌を打ち、そして最後に全員は頷いて、声を揃えてメルネにこう言った。
「「「了解ですっ!」」」
三人の受付嬢の元気ある快い返事を受けて、メルネは嬉しそうにその顔を綻ばせた。
「じゃあ早速、私はラグナを迎えに行くわ。どんな風に素敵にするかは貴女たちに任せるから、どうかよろしくするわね?」
と言って、メルネは三人に背を向け扉を開き、部屋から一旦立ち去り。数秒が過ぎた後に、無言のまま黙っていたクーリネアが不意にその口を開かせる。
「フィルエット、シシリー。さあ、やるわ「どうすんの」…………」
確固たる決意と覚悟を以て、まさに真剣そのものというべき表情で。受付嬢の同期にして同僚たるフィルエットとシシリーの二人に声をかけるクーリネアだったが、そんな彼女の言葉をフィルエットは素早く遮る。
フィルエットに言葉を遮られ、一旦は黙らざるを得なくなるクーリネア。黙ってそれから数秒後、突如として訪れた三人の間の静寂を切り裂くように。再度、彼女はその口を開かせた。
「いやどうするもなにも……正直、無茶振りが過ぎない?」
と、二人にそう問いかけたクーリネアの表情は、先程とはまるで違っており。その表情から決意と覚悟は何処かへ消え失せ、ただひたすらに困惑と狼狽が色濃く浮き出ていた。その問いかけに対して、真っ先にフィルエットが返事をする。
「うんうん。私はそう思う。誰だってそー思うに決まってるよ」
「ま、まあそうよね。誰だってそう思うわよね……で、でも
!メルネさんよ?我らが代表受付嬢のメルネさんからのお願いよ?そんなの……断れる訳ないじゃあないの無理って!?」
「いやまあ、確かにそうだけどさ……」
もはや取り繕うことを止め、困惑を絶望に、狼狽を諦観へと上塗った表情で己の胸の内に秘めていた本音を白状するクーリネア。そんな彼女の肩を、フィルエットは何も言わず黙ったまま手を置いた。
依然同じ表情のまま、クーリネアが本音をさらにこの場にぶち撒ける。
「第一、緊張を解せるような素敵な自己紹介って何?一体何なの?わ、私たちだって緊張してるのに死ぬ程。なのに、『
「落ち着きなよクーリネア。言ってること長いし。天変地異クラスの衝撃を受けてて、それで混乱して現実逃避したくなる気持ちは私にだってわかるけどさ。でもこれは夢なんかじゃなくてちゃんとした現実だから」
「わかんないわよそんなの!所謂明晰夢って可能性も否めないじゃない!」
「明晰夢……」
自身が受け止められる
そんな彼女を他所に、クーリネアは慌てたように続ける。
「それに天変地異だなんて可愛らしいものじゃないわ……この衝撃は、そう!世界創生クラスよ!!だって、だって……ブレイズ様があんな超絶☆美少女になってしまわれたのだからッ!!」
「超絶☆美少女……」
「とにかく!もはや事態は手に余っているわ!嗚呼、自己紹介自己紹介……素敵な自己紹介って何なのよおおおお……っ!」
と、何処か芝居じみた様子で、クーリネアは過剰なまでに嘆き床に崩れ落ちる。そんな彼女のことを、フィルエットはもう黙って見下ろすことしかできないでいた。
「待って」
が、その時。不意に、今の今まで黙り込んで俯いていたシシリーが顔を上げ、口を開いた。彼女の声にクーリネアとフィルエットは反射的にそちらへ顔を向ける。
「私に良い考えがあるの。だから、任せて」
そう二人に告げたシシリーの表情は、確かな自信に満ち溢れていた。
「なるほど、ね。そういう訳でああいう自己紹介……って表現するのに些か抵抗があるけど……まあこの際置いておくとして。ともかく、あんな感じになったのね」
「え、ええ……本当に申し訳ありません。もはや過ぎたことで手遅れであるということは重々承知していますが、せめてどんな風にするつもりなのか簡単にシシリーに訊ねるべきでした。配慮が足らないばかりに、こんな結果に……」
「こんなことが二度とないように、以後気をつけます……」
頼んだ通り、とても素敵な自己紹介をしてもらって。結果はどうであれ、一応はラグナの緊張感を解すことには成功した──できればそう信じたい──ので、一先ずメルネは三人に礼を述べた。
だがそれはそれ、これはこれということで。どうして、一体何を考えどういうつもりでこのような自己紹介をするに至ったのか、メルネは三人に説教もとい追及した。
そしてメルネの詰問に対しての返答が、時間にしておよそ十数分前のやり取りのことであった。
「お見苦しい言い訳にはなりますが、まさかアレがシシリーの言う良い考えだったとはついぞ思いもしなかったので。本当に、誠に申し訳ありません……」
「……ま、まあそれについては私も同感よ。というか、誰だって思いもしないわよ。ええ」
今すぐにでも断崖絶壁から身投げしそうな顔色でなおも謝罪を続けるクーリネアに、メルネはできるだけ優しく慰めの言葉をかける。
「それに無茶なお願い吹っ掛けた私も悪いし」
「い、いえとんでもない!とんでもありません!そんなことありませんよメルネさんっ!」
「はいっ!色々な出来事が起こり過ぎて精神的に不安定になっておられるブレイズ様を気遣うその姿勢、その配慮、その心配り……私共三人、心底感服致しました!」
「その通りです!メルネさんが謝ることなんて何もございませんっ!」
その顔に憂いを帯びさせ、気落ちしたようにそう呟いたメルネに。三人は慌てて各々が思う支えになる言葉を、それぞれに紡ぐ。そんな彼女たちの言葉を受けてメルネは、一瞬だけ仕方なさそうに微笑んでみせた。
「貴女たちはそう言ってくれるのね。……でも、違うの。そういうのじゃ、ないの」
メルネの表情から微笑みが消え去る。それの代わりに浮かび上がったのは────何かを嫌う、負の表情であった。
「私はね、貴女たちが思ってくれてるような、上等で立派な人間じゃない。ただ甘くて狡いだけの……そんな女よ」
スッとその瞳を細めて、まるで零すように呟かれたメルネの言葉。それには他者に有無を言わせない、底冷えするかのような迫力が伴っていて。
故にクーリネアも、フィルエットも、そしてシシリーですらも。三人の受付嬢たちは、何も言えずただ無言にならざるを得ないでいた。
けれどそんな彼女たちをメルネは非難することなく。踵を返し、背を向ける。
「ラグナも待たせてることだし、私はそろそろ行くわね。あ、貴女たちは普段通りに働いてもらっても構わないから。だから今日も一日よろしくね」
と、背を向けたまま三人に言って。メルネはこの部屋から立ち去る。
開かれた扉が静かに閉められ、十数秒。
「「……はあぁぁぁぁ〜…………」」
という実に陰鬱として重苦しいため息を、クーリネアとフィルエットの二人が大きく吐き出した。
「よ、良かった……無事、嵐は過ぎ去ったわ……」
「ええ、本当……一時期はどうなることかと。マジで終わったと思った……」
「全くよ……こんな神経擦り減らすの、二度とごめんよ……」
心底、心の奥底から。精魂尽き果てた、疲労困憊の面持ちで。それと全く同じ感情がこれでもかと込められた呟きを漏らす二人。それからバッと全く同時に、自分たちがここまで神経を擦り減らす羽目になった元凶の方へと顔を向けた。
「ちょっとシシリー!?何が良い考えよ!アレのどこが一体良い考えなのっ!?」
「限度ってもんがあんでしょッ!!ホント、殺されるかと思ったわッ!」
と、叫ばずにはいられないクーリネアとフィルエット。そんな二人とは対照的に、何故か不思議と余裕があるように感じられるシシリーが照れるように言葉を返す。
「いやあ……長年押し込み閉じ込めてたブレイズさんへの想いを合法的に噴かせられる良い機会だなって。正直」
と、小さく舌を出しながら片目を瞑り。小悪魔めいた悪戯な笑みをバチンッと弾けさせるシシリー。
そんな彼女を前にして、クーリネアとフィルエットが即座に取った行動は。
スパァァンッ──二人全く同時に、シシリーの頭を引っ叩くことだった。