ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
「ラグナも待たせてることだし、私はそろそろ行くわね。あ、貴女たちは普段通りに働いてもらっても構わないから。だから今日も一日よろしくね」
という言葉を最後に三人へ送って。メルネは踵を返し、その背を向け、そしてすぐさまこの部屋を出て。ゆっくりと静かに扉を閉めるや否や、彼女は歩き出しその場から離れる。
『私はね、貴女たちが思ってくれてるような、上等で立派な人間じゃない。ただ甘くて狡いだけの……そんな女よ』
それはつい今し方、三人の受付嬢らに対して告げた己の言葉。
「…………」
だがメルネとしては、その言葉を彼女たちにかけるつもりはまるでなかった。何故ならばメルネ自身、その言葉を声にして口から出すつもりは毛頭なかったのだから。吐き出さず、喉奥に引っ込め、胸の内に閉じ込めるつもりでいたのだから。
……けれど、しかし。
『はいっ!色々な出来事が起こり過ぎて精神的に不安定になっておられるブレイズ様を気遣うその姿勢、その配慮、その心配り……私共三人、心底感服致しました!』
その言葉に堪えられなかった。その眼差しが辛かった────だがメルネにとってそれは
……そのはずだった。
『
特命
そして────────
『俺はライザー……一年前、『
────招かれざる、一人の来訪者。
「……ラグナもラグナだけど、私も私で相当弱ってるわね」
と、誰かが決して聞き取れない声量で、息を殺すかの如く静かに。実に淡々と落ち着いた様子で素早く自己分析を済まし、メルネはそっと呟く。
確かに、明らかに。明白なまでに、確かなまでに。今、自分は弱っていた。この短期間に連続で直面した非日常を前に、メルネは肉体的にも精神的にも、疲弊し衰弱していた。
が、それでも。他人に悟らせまいとメルネは振る舞う。振る舞ってしまう。本当は頼りたいのに、誰かに縋りたいのに。それを心の奥に押し込んで、必死の押し殺して。そして堪える。ただひたすらに、メルネは堪える。
それは何故か。答えは簡単で、そして
尊敬に満ちた言葉。憧憬に焦がれる眼差し。キラキラ輝く、素敵で綺麗なもの。それを何の忌憚なく、躊躇われずに向けられて。
それで平然としていられる。それを平気で受け止められる。正しく上等で立派な人間────それが他者の抱くメルネ=クリスタという人物像で。だからメルネもそれに応えた。応えて、応え続けた。
……けれど、しかし。その傍らで、メルネ当人はこう思っていた。
『ただ甘くて狡いだけの……そんな女よ』
そうそれが、それこそが。本当のメルネ=クリスタ。彼女の事実────一切の虚偽のない、彼女の真実。
だがそれを知る者は殆どいない。何故ならメルネが
誰かにそうしろと言われた訳ではない。誰かにそうしてくれと頼まれた訳でもない。ただ、
年を経るごとに。歳を重ねるごとに。誤魔化し方が上達していくのを実感していた。嘘を吐くのにもだいぶ慣れた。
…………だというのに、今回ばかりは無理だった。
「甘くて狡いだけ。甘くて、狡いだけの女……ええ、そうね。本当に、全くもってその通り」
という、重苦しい自嘲に塗れた呟きを。メルネは弱々しげに力無く漏らす。
いつからだっただろうか。いつの日から、自分は抱え込むようになってしまっていたのだろうか。
燻り続ける怒り。罪悪感を伴って募る後悔。そういった様々な負の感情が、この狭い胸の中で大きく膨らんで、既のところで破裂せずに渦巻いている。
そんな有様でさも平然と、何ら平気だと取り繕う。その苦しみを、辛さを。等しく理解できる者が果たして、一体何人この広い世界にいるのだろう。
──私は何もできない。どんなに些細なことでもいいのに……その些細な何かすら、私はあの子にしてあげられない……ッ。
メルネは再度、改めて強く思う。自分は上等な人間ではない。誰かから尊敬を向けられ、憧憬を抱かれる程立派ではない。
手を差し伸べたくても、差し伸べたその手が振り払われることを想像すると。それがどうにも怖くて、本当に恐ろしくて。だからといって黙って見ていられず。何もせずには、どうしてもいられず。
それが為になることはないと。助けることには、救うことには決してならないと。間違っていると、頭で理解してわかっていても、自らそうしてしまう。だってそうして差し伸べた手ならば、振り払われることはないだろうことを確信しているから。
──ねえどうすればいいの?あの時、私は本当はどうすべきだったの?
それは何度にも、幾度にも亘って繰り返し続けてきた自問。然れど、答えは出ない。メルネは答えを出せない。
──教えて……誰でもいいから、私に教えてよ……。
仕方のない女だ。度し難い女だ。どうしようもない女だ────と、何処までも自らを卑下して。何処までも自らを嫌悪して。ひたすらに卑下し続け、ひたすらに嫌悪しながら。
この際誰でも、誰だっていいからと。この上なく無様にみっともなく、答えを乞い求めながら。
それでも、メルネは歩いた。独り、歩き続けた。
『流石はメルネさんですね!』
尊敬。
『やっぱり凄えや、メルネの姐さんは』
憧憬。
『私たちもメルネさんみたいな、非の打ち所がない立派な受付嬢目指して頑張りますっ』
綺麗に。
『
輝いて。
『俺な、たまに心の底から痛感しちまう時があんだよ。……お前に惚れて、良かったって』
「…………」
綺麗に輝く尊敬と憧憬が目の前で螺旋を描く最中、廊下を歩いていたメルネであったが。ふと気がつけば、彼女はその場に立ち止まっていた。立ち止まって、呆然と天井を仰ぎ見ていた。
「……あぁ」
数秒の沈黙を経て、病んだため息を吐き捨て、ポツリと呟く
「私、もうどうにかなっちゃいそう」
そう呟いたメルネの瞳からは光が消え失せていて。何処までも昏く、果てしなく虚ろであった。
「僕に近づくなァッ!!」
そしてすぐさま、そんな絶叫が