ストーリー・フェイト──最強の《SS》冒険者(ランカー)な僕の先輩がただのクソ雑魚美少女になった話── 作:白糖黒鍵
結果を先に述べてしまうなら、案外早々にラグナは馴染んだ。『
元々、ラグナは別に要領が悪いということはなく。むしろその辺りは下手な新人よりもずっと良い方だ。なので
「凄いです。流石としか言い様がありませんよ……ラグナちゃ、いえブレイズさん。まるでスポンジみたいなんです」
というクーリネアの言葉は決して大袈裟でも何でもなく、まさにその通りで。とにかくこの時のラグナはまるでのめり込むように、受付嬢の何たるかを順調に学び、そして快調に覚えていった。
……だが、実のところメルネはそれを素直には喜べず。好意的に受け取れないでもいた。
「…………」
メルネは見つめる。静かに、一言も呟かないままに。ただ遠目から、見守るようにその光景を眺める。
「この
「え、ええ。お願いします……」
緊張した面持ちの、まだ年若い、如何にも駆け出しといった風体である青年の
その内容に一通り目を通し、受注に関する条件等の注意事項を指でなぞる。
「……よし!受注条件に違反とかしてないし、大丈夫だぞ」
依頼書の確認を終えて、そう言いながら青年に依頼書を返す。と、同時にこうも付け加えた。
「あ、無茶とかすんじゃねえよ?あと怪我とかも。無事、
「りょ、了解です」
こちらの身を案じる言葉を受け止め、青年は緊張で固くなった表情をより一層、険しく引き締める。そんな彼に対し────
「そんじゃ改めて────行ってらっしゃい!」
────と、ラグナは満天の下で立派に咲き誇る、向日葵のような。そんな眩しく輝く、屈託のない笑顔を贈るのだった。
「…………は、はい!」
僅かな悪意も、微かな邪気もない。何の混じり気もない純真無垢で天真爛漫なラグナの笑顔を目の当たりにしてしまった青年だが。彼がそれにいとも容易く見惚れてしまうのは、もはや自明の理というもので。
しかし、青年はすぐさま我に返ると、己の不甲斐なさだったり情けなさだったり、そういったものを隠し誤魔化すが如く。しゃんとした返事をし。共に踵を返し、駆けるようにして
……なお、背を向けられたラグナが知る由もないことであるが。遠目から眺めていたメルネは当然として、周りの冒険者たちも。
ラグナの「行ってらっしゃい!」を受け、『大翼の不死鳥』を出るその時まで。その青年の顔が、だらしなく弛緩していたことを。今この場にいる誰もが確認していた。
まあそれはさておくとして。ラグナの、
──あのラグナの笑顔は少し……いえ、かなり危険ね。後々、色々と誤解させかないわ。
決して、決してラグナにそんな気も考えもないのだろうが。だがしかし、その当人になくても他はこうも思わざるを得ない────八方美人、と。
そしてラグナの場合、悪意や打算といったものがない分、余計に
良く言えば大らか。悪く言ってしまえば大雑把。そんなラグナではあるが、その実内面は意外と繊細で脆く。特に人の感情に敏感な分、それが顕著だ。簡単に表するのなら、ラグナは精神的に傷つき易い。
なので、人の感情というものが
──なんて、どうしようもない現実逃避はそろそろ止めなきゃね。
また別の、今度は
受付嬢としての振る舞いが板についているラグナであるが、その様を俯瞰するメルネは思う────果たして、これで良いのだろうか。これで良かったのだろうか、と。
……否。本当のところはわかっている。これは、良くない流れだと。メルネとて、もう。もう
『うっっっさいッ!!…………メルネは、関係ねえから……!』
三日経ってもなお。七十二時間が過ぎても、なお。その言葉が生々しい響きでメルネの鼓膜にこびりついている。あの時向けられた、怒りと淋しさと虚しさが入り乱れた、筆舌に尽くし難い表情が。ちっとも薄れず霞まず、痛々しい程鮮明にメルネの視界にへばりついてしまっている。
そして何よりも堪えるのが────抉るかのように心に植え付け刻み込まれた、この疎外感だった。
ラグナに悪気があった訳ではない。傷つけたいが為に拒絶した訳ではないということは、メルネも重々承知している。事実、あの後すぐに。我に返ったようにラグナはメルネに謝った。
だがそれでも、ラグナの謝罪の言葉があっても。一時的な、それこそただの一瞬の時であったとしても。ラグナがこちらのことを拒んだという現実が消える訳でも、その事実が覆る訳でもない。
憤りは噴かなかった。ただただ、後悔が募った。自分は間違えたのだという、取り返しのつかない過ちの思いだけがあった。その思いが、メルネの心の中に在り続けた。
──…………。
そして、もう一つ。
『僕に近づくなァッ!!』
その声の主が一体誰なのか、知らぬメルネではない。しかしかれこれ、もう三日。メルネはもう、その顔も姿も目にしていない。一度たりとも、していない。
三日前。あの日、あの時。自分がいない間に、『
一体、どのようなやり取りがあったのか────それが容易に想像できてしまい、メルネはさらに鬱屈としたため息を吐いた。
──どうして、こうなったのかしら。
まるで出口の用意されてない迷路を彷徨うかのような心境で、メルネは呟く。そして諦観する。この自問もまた、自分はこれから何度も。幾度としつこく繰り返すのだろう、と。
──本当にどうして……。
そうしてメルネが傷心的に思い耽る間に、ラグナは
ラグナに笑顔で見送られて、冒険隊は『大翼の不死鳥』を発つ。彼らは門を開き、
果たして、気づいた者はどの程度いるのだろうか。認識し得た者はどの程度いるのだろうか。
ただ、確実に言えるのは────二人。軽く十、二十を越す。決して少なくはない人間がいる最中、たったの二人だけ。
メルネと、そして────────ラグナの二人だけだった。
「────」
一瞬にしてラグナの顔が凍りつく。煌めく紅玉が如きその瞳が見開かれる。
影が伸びる。静かに、鋭く伸びる。
「……三日ぶり、ね」
沈黙を一瞬挟み、メルネは相対する影にそう告げる。彼女に倣うように沈黙を挟み、その影は──────────
「……ええ。お久しぶりです、メルネさん」
──────────否、クラハ=ウインドアは。静かに、淡々とそう言葉を返した。