ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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冒険者と受付嬢(前編)

大翼の不死鳥(フェニシオン)』、来賓室。賓客を招き入れるだけあって、その部屋には適度な調度品の数々。シンプルなデザイン、しかしそこはかとなく漂う高級感のあるテーブル。見るからに座り心地の良さそうなソファ。

 

 掃除が隅々にまで、的確に行き届いているおかげか。この来賓室は清潔感で満たされており、いるだけでその者を上機嫌にさせてくれる────が、今だけは違う。

 

「……」

 

「……」

 

 鼻腔に取り込み、肺へ送り込むことを躊躇ってしまうような。そんな鬱屈とした重苦しい空気で充満しており、いるだけで陰鬱な気分になって。余程感受性に乏しく、感情性に欠けた者でなければ。途端にうんざりとしてしまい、あっという間に塞ぎ込んでしまうに違いない。

 

 そんな部屋の、そんな空気の真っ只中にて。今、二人の人間が存在していた。

 

『大翼の不死鳥』に所属する、新進気鋭の《S》冒険者(ランカー)────クラハ=ウインドア。

 

 元は世界最強と謳われる《SS》冒険者の一人、しかし今やその見る影もない、『大翼の不死鳥』の新人受付嬢────ラグナ=アルティ=ブレイズ。

 

 その二人が今、ソファに座り。テーブルを挟み、互いに顔を見合わせている。

 

 ……いや、見合わせているというのは些か表現違いだろう。

 

 何故なら────ラグナは顔を俯かせてはいないものの、その視線は定まらず常に周囲を泳ぎつつ。時折、遠慮がちに面と向かって座っている相手に注がれる。けれどそれは数秒も続かず、気がつけば再び明後日の方向へと向いている。

 

 だが、それでもマシである。だいぶマシなのである。どんな形であれ、一応は向き合おうとする意思がラグナにはあるのだから。

 

 では向こう側────当の相手たるクラハといえば。それはもう、酷いものだった。

 

 ラグナのように落ち着きなく、視線が常に周囲を泳いでいるという訳ではないが。暗澹とした闇が広大に続く、空虚な瞳が捉えるのはテーブルの一点のみで。全く以て微動だにしない。

 

 そう、ラグナがこちらと向かい合った時から。ラグナがソファに座った時から。ラグナがおっかなびっくり歩き進んだ時から。ラグナが非常に気不味そうに部屋に入った時から。

 

 ラグナが慎重に扉を叩き、中にクラハがいることを訊ねた時から。

 

 ラグナが知る由もないが。扉が叩かれ、中にいることを訊ねられたその時でさえ────クラハの視線が僅かにも揺らぐことなく、一心不乱にテーブルの一点に注がれていた。

 

 なので、会話など始まる訳がなく。部屋を共にしてから今に至るまで、恐らく十数分の間。こんな様子のクラハは当然として、ラグナもこの状況と空気に口を開くことを憚られてしまい、一言すら出せないでいた。

 

 十数分にも亘って続く沈黙と静寂。それらに伴う息苦しさと気不味さは尋常ではなく、しかもそれは続けば続く限り、際限なく膨張し増大する。

 

 さらにどうしようもないことに、膨張し続け増大し続けたその末に破裂────()()()()()()()()()()

 

 破裂するということは少なからず、状況が進展するということだ。至極極端で単純な話────()()()()()()()()()()()()()。……それが良い方向に転ぶか、悪い方向に転ぶのかはさて置いておくとして。

 

 だが、今回はその限りではない。この息苦しさと気不味さは膨張し続け、増大し続ける。何時迄も、何処迄も。

 

 それをラグナは自ずと理解していた。最初からずっと、とっくのとうに。

 

 以前までなら。三日前ならば。否────

 

 

 

『さようなら、()()()()()

 

 

 

 ────あんなことがなければ。まず、こんな状況に陥ることなど万に一つもなかった。そのはずだった、というのに。

 

『あなたなんて、消えてしまえばいい』

 

 もはや全てが、何もかもが。手の施しようがない程に手遅れで。

 

『自分一人では何もできやしない、非力で無力なあなたには、何の価値だってありはしない』

 

 取り戻しようのない事態が、取り返しのつかない悪化を辿って、辿り切ってしまって。

 

『無価値なのだから、もう消えてしまえばいいんだ』

 

 その結果が、これだ。もう、どうしようもなかった。

 

 どうすることもできなかった。どうすればいいのか、わからなかった。

 

 わからなくなった。考えられなくなった。考えたくなかった。

 

「……っ」

 

 ギュ──無意識の内に、ラグナはスカートの裾を握り締める。

 

 

 

 

 

 おい、クラハ。お前何黙ってんだ──────────嘘を吐いた。誤魔化した。

 

 お前が俺を呼び出したんだろ。俺に話があんじゃねえのか?──────────本当はわかっていた。考えていた。

 

 だから、そんな風に黙ってないで。いい加減、話してくれよ──────────でも、無理だった。駄目だった。

 

 

 

 

 

 ──……今の、俺じゃ。

 

 そう、今の。こんな有様の自分では。こんな無様な自分なんかには、もう。

 

 クラハに対して強気に出れる度胸もない。クラハに対してそう言える勇気もない。

 

 その全部を、ラグナは失ってしまっていた。

 

 状況は変わらない。事態は進展しない。時間だけが無情にもただ過ぎ去っていくばかり──────────に思えた、その時。

 

「この三日で、随分と慣れたようですね」

 

 今の今まで、固く閉ざし。何があろうと、どんなことが起きようとも決して。開かないだろうと思われたその口を、ここに来て開き。

 

 深く黙り込んでいたクラハが、遂に言葉を口にするのだった。


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