ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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変化

 ()()()()。いとも容易く、それこそあっという間に。

 

 クラハとラグナ。その日を境に、その二人の関係は大きく────大き過ぎる程に、変わってしまった。

 

大翼の不死鳥(フェニシオン)』に所属する冒険者(ランカー)、クーリネアら受付嬢。GM(ギルドマスター)、グィン。そしてロックス、メルネ。

 

 彼ら、彼女らにとって。もはやそれは日常の一部で。普段から目にしていた、光景で。

 

 

 

 

 

「ぃよっし。クラハ、今日はこの依頼(クエスト)にすんぞ」

 

「え?い、いやラグナ先輩……これ、まだ僕が受けれるような依頼じゃあ……」

 

「俺が一緒なら大丈夫だろ」

 

「それはそうですけど、規則の問題ですし」

 

「あーもううっせえなあ。んじゃあGM(ギルマス)に話付けっから。それで文句ねえだろ?」

 

「そ、そういう問題じゃあないですよ!」

 

 

 

「おいクラハ!今日はアジャの森に行くんだ!さっさと支度しやがれっ!」

 

「ですから、僕はまだ《B》冒険者でまだ行けないんですって!」

 

「だから俺がいんだから平気だって何度も言ってんだろが!」

 

「そういう問題じゃあないんですよ!?」

 

 

 

「はっはっはっ!いや面白かったな、白金の塔!なっ、クラハ?」

 

「……死ぬかと、思った。何度も、何度も……」

 

「はあ?何ブツブツ言ってんだお前。面白かったろって俺訊いてんだけど?」

 

「何も面白くありませんでしたよ僕はッ!《A》ランクに昇格した直後に危険度《A》の、その中でも最高峰の白金の塔にいきなり挑まされて……どうやって楽しめと!?死ななかったのがまるで奇跡ですよ!」

 

「あー……?まあ別にいいじゃねえかよ。俺がいたんだし」

 

「そういう問題じゃあないんですってッ!!」

 

 

 

 

 

 ……そう。もはやその光景は、数多く存在する『大翼の不死鳥』の。日常の一部──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………先輩。その、今までありがとうございました。先輩のおかげで、僕はここまでやってこれたんです」

 

「あ?ああ……そうか?そうなのか……俺は別に大したこと、やってなかったと思うけどよ」

 

「そんなことないです。……ま、まあ、色々……本当に色んなことあったり、させられたり。酷い目にも遭いましたし死にかけたりもしましたけど。でも今思い返してみれば、それがなければ今の僕はいなかった……そして今日、《S》冒険者(ランカー)になることもできなかった。だからやっぱり、ラグナ先輩のおかげなんですよ」

 

「…………そう、か」

 

「はい」

 

「……クラハ」

 

「はい。何ですか、ラグナ先輩」

 

「凄え頑張った。それだけじゃなくて、物凄く、凄え頑張ったから。だからお前は《S》冒険者になれたんだ」

 

「…………」

 

「お前は凄えよ、クラハ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────その一欠片、だった。

 

 変わることはないと、別に誰しもがそう思っていた訳ではない。始まりがあればまた、その終わりも必ずあるように。絶対不変などという幻想めいた夢物語は、それこそ絶対にありはしない。

 

 だが、それでも。決して短くはない時間、日々、年月。その最中に続き、そして変わらないとは。誰しもが、そう思っていた。

 

 

 

 

 

「はあ!?誰が彼女だふざけんな!」

 

 

 

 

 

 けれど、そんな皆の思いを裏切るかのように。突如として、その変化は訪れたのだった。

 

 しかし、些か奇妙でおかしい話ではあるのだろうが。謂うなれば、それはまだ表面上だけの、微細な変化だったのだ。

 

 ……まあ、性別の逆転が。果たして微細な変化なのかどうかを決めるのは。その人その人が持つ、各々の尺度なのだろうが。

 

 一旦、それはさておくとして。その時はまだ、同性の二人だったのが異性の二人となっただけで。さして問題は見られていなかった。

 

 

 

 

 

「先輩。全ては基本に通ずる……という訳で、まずは基本です。地道に堅実に、着実に行きましょう」

 

「はあああ……?いやだからってスライムなんかと戦えってのか?今さら?俺に?……ったく、悪い冗談かっての」

 

「ええ、そうです。心配することはありませんよ。僕がいますから」

 

「いや別にお前がいなくても大丈夫だっつうの。スライム相手に負けてたまるかってーの」

 

「…………」

 

「?どうした、クラハ?急に黙り込んじまって」

 

「いえ。回復薬(ポーション)が今どれだけあるのか思い出してました。ラグナ先輩、ヴィブロ平原にに行く前にちょっとお店に寄りましょう」

 

「お、おう?まあ別に構わねえぞ」

 

 

 

「………………負けた」

 

「元気出してください、先輩。今勝てなくても、次勝てばいいんですよ」

 

「負けたあああぁぁぁ……!スライムなんかに負けちまったぁぁぁ……っ」

 

「ですから、ラグナ先輩」

 

「そんでもって、腰抜かして後輩におぶられて……くっそおおおぉぉぉ……!」

 

「……これは重傷ですね……」

 

 

 

「よし!勝つ!今日は絶対(ぜって)ぇ倒してやる!!」

 

「その意気です、先輩」

 

「見とけよクラハ。俺はやる!やるからな?やってやっからなっ!?」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 傍目から見れば、性別だけでなくその関係性すらも逆転してしまっているようで。しかし実際にそんなことはなく。

 

 先輩と後輩という間柄は、相も変わらず。特に問題もなく、順調に続いていた。

 

 だからだろう。だから、誰もが皆、いつしか終わりはするのだろうが。当分はそれが続き、そしてそれもまた日常の一部の、一欠片になるのだろうと。

 

 そう、思えた。思っていた──────────故に誰もが皆、()()()()()()()()

 

 その関係性が、如何に不安定だったのか。常に揺れ動く台座の上の、積木の城のように。

 

 いつ崩れてもおかしくない、いつ壊れてもおかしくない────そんな儚げで危なげな、不安定極まりない関係性。いつの間にかそうなってしまっていたことに、誰も気づけなかった。

 

 冒険者たちも。受付嬢たちも。グィンもロックスもメルネも。誰一人として、気づこうとはしなかった。

 

 だがそれでも、どうにかなっていた。常に揺れ動く台座の上の積木の城は、奇跡的に。正気を疑うまでに精緻で緻密なその均衡(バランス)を保てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はライザー……一年前、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』から抜けた元《S》冒険者(ランカー)のライザー=アシュヴァツグフだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれも、突如として。無慈悲な横槍によって遠慮容赦なく、一瞬で崩され、そのまま台座諸共壊されてしまった。

 

 もはや建て直しがどうだこうだのと、そう言っていられる余裕もなく。それを元に戻す手立てなど、まるでなく。

 

 そうして、事態は取り返しのつかないところにまで、至ってしまった。もう誰も、手出しを許されなくなってしまった。

 

 完全に崩壊したその積木の城を、台座丸ごと直す方法は、たったの一つだけ。

 

 当人たちに託す。もはやそれしかない。けれど、その唯一の方法ですら────今、失われようとしている。

 

 崩壊し、そのまま放置された積木の城──────────ラグナとクラハの関係性。先輩と後輩という、二人の崩壊した関係性に。

 

 今、変化(おわり)が始まろうとしている。


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