ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
ギイィ──『
「……」
扉の方を見やって、ロックスは堪らず辟易としてしまう。
──休めって、俺は言ったんだがな……。
そう苦々しく心の中で呟く彼の視界に、その姿は映り込んだ。
今朝とまるで何も変わらない。やさぐれた雰囲気は明らかに悪化し、進んではいけない方向へと止まらず、破滅に真っ直ぐ突き進んでいて。
死人以上に酷いその顔に浮かぶ、鬱屈とした陰影は。今や、暗澹とした昏闇に染まりつつある。
「…………」
『大翼の不死鳥』の扉を押し開けたクラハ=ウインドアは。何も言わず、無言のまま。
率直に失礼と言えるそんな彼の態度を。しかし、今この場にいる者たちは咎めようとはしない。
仮にそんなことができるとしたら、その者は間違いなく空気が読めない、能天気な楽観主義者である。
そして現実はそう甘くはない。空気が読めない能天気な楽観主義者が、そんな都合良くこの場に居合わせている訳がなく。良くも悪くも常識的な人間が殆どの割合を占めており、故に誰もクラハに対して口を利こうとはしないのである。
だが、それもむべなるかな────今のクラハに接するのは、謂わば快楽目的の大量殺人鬼に道を尋ねるのと同義のようなものなのだから。
別に殺気立っているということはではない。だからといって威圧を振り撒いていることでもない。
ただ、
その所為で『
「お、おい……」
「ああ、わかってる。さっさと行こうぜ」
先程までやれ難易度の割に報酬が良い
その二人の他にも、クラハが近くを通る前に。そこから離れる者は続出していた。
だが、それを
そうして彼が辿り着いたのは、『
「……」
顔を上げ、クラハが見つめていたのは。ランク毎に区別分けされた中でも、一般的には最高難度と評される《S》ランクの依頼。
まるで品定めするかのような眼差しを注ぎ込み、数秒。クラハは
その三枚全てが、討伐系。それも一匹二匹ではなく、十数体の
その上対象の魔物はそのどれもが《A》冒険者数人がかりでは当然として、《S》冒険者であっても一人では苦戦はおろか平気で殺されかねない程の危険度を誇っている。
今更言うに及ばないことだが、クラハは一人である。にも関わらず彼はその三枚の依頼書を手に、平然と。この『大翼の不死鳥』の
「……あら、おはよう。クラハ」
と、今度は受付台の前に立ったクラハに対して。軒並み彼を避けた者たちとは打って変わって、挨拶をするメルネ。それも受付嬢としての事務的なものではなく、あくまでも彼女個人としての挨拶を。
故にだからこそ、クラハもまた。今の今まで頑なに閉ざしていたその口を開かせた。
「おはようございます。メルネさん」
「俺も今ここにいるってこと、忘れてもらっちゃあ困るんだがな」
目の前の二人が挨拶を交わした場面を目の当たりにしたロックスが口を挟む。しかしその口調は大して不機嫌そうでもなければ、声音も不快には聞こえず。
どちらかといえば悪戯を楽しむ子供のような、そんな何処か遊びめいて、ふざけているようなものだった。
そんな彼に対しても、クラハは律儀に挨拶をする。
「おはようございます。ロックスさん」
「おうおはようさん。まあそれはそれとして、さっきぶりだなクラハ。よく……いや、
「……」
クラハがロックスに対して口を利いたのは、どうやらそこまでのようだった。彼はまた無言になって、受付台の上に。手に持っていた三枚の依頼書を置き、そしてメルネが見やすいよう静かに押し広げた。
その依頼書を見たメルネの顔が、微かに。僅かばかり、険しくなる。それは普段から彼女と接しており、かつ彼女から親しみを抱かれている者────つまりはクーリネアら『大翼の不死鳥』受付嬢三人娘。
その者たちにしか見てわからない程の、まさに極小の。彼女の表情の変化。
だがしかし、
「受理、お願いします」
わかるはずなのに、まるで
そんなクラハに対し、彼女はほんの少しばかりの間を空けてから、諭すように訊ねる。
「自己責任よ?」
「はい」
即答、だった。そこに込められていたのは、あまりにも強固で堅固で頑固な意思だった。
「…………はぁ」
それを目の当たりにして、メルネは。クラハの前にも関わらず、目を瞑り、諦めたように嘆息する。直後、愛想を尽かしたような、つっけんどんな声色で彼にこう告げる。
「受理するわ」
──もう、知らない……。
その言葉の裏で、泣きそうな本音を零しながら。