ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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月明かりだけが照らすリビングにて

「『大翼の不死鳥』所属《S》冒険者(ランカー)クラハ=ウインドア。君にGM(ギルドマスター)として命ずる────ラグナ=アルティ=ブレイズを一から鍛え直し、そして『炎鬼神』としての強さを取り戻せ」

 

 グィンさんの言葉は、何処までも重かった。彼の言葉には、GMとしての重みが、これでもかと込められていたのだ。

 

 ……だが、その言葉を僕は────そのまま、すんなりと受け止めることはできなかった。

 

「まっ……待ってください!先輩を一からき、鍛え直す?僕が?ほ、本気でそう……言ってるんですか!?」

 

 だってそれはあまりにも現実離れした要求だったから。あまりにも夢想じみた、とんでもない無茶だったから。

 

 そんな事は無理だ。そんなもの、無理に決まっている────刹那にもそう悟った僕は堪らず、悲鳴を上げるようにグィンさんに訴えたが。

 

 グィンさんはただ無言で、真摯な眼差しをこちらに向けるだけであった。

 

 ──……本気、なのか。この人は、僕に本気で言っているのか……!

 

 荒唐無稽、無理難題にも程がある。ここまで、突き詰められるところまで弱体化してしまった先輩を、かつての────『炎鬼神』の強さにまで鍛え直すことなど……!

 

「当然こちらも最大現できる限りの支援(サポート)はする。ウインドア君、これは君にしか……いや、君だからこそできる事だと……私は思っている」

 

「そ……そんなの、言われても」

 

 考えが纏まらない。思考が上手く回らない。無礼にも程があるとわかっていたが、それでも……グィンさんの言葉全てが僕にとっては無責任なものにしか、受け取ることができなかった。

 

 グィンさんにそれだけしか返せず、僕は顔を俯かせてしまう。もう心に余裕なんてものは、一片たりともない。

 

 一体これからどうすれば良いのか────ただそれだけが、僕の頭の中を埋め尽くしていた。

 

 だから、僕は気づけなかった。ここでも、気づく事ができなかった。今でも思い返せば、この時の自分を一発殴ってやりたいと思う。

 

 まるで自分が一番の被害者のように。不幸を被っているかのように。

 

 この時一番苦しんでいたのは、一番辛かったのは──────僕の隣に座っていた人物だったというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 淡い月明かりだけが照らすリビングにて、僕は今ソファに寝転び天井を見つめていた。

 

 明日からどうなるんだろう。今の今まで送っていた日常(いつも)の日々は、どうなってしまうんだろう────そんな漠然とした不安を、僕は呆然としながら憂う。

 

 先輩を一から鍛え直す。……そんな事、どうやったって考えられない。当然だ。

 

 だって僕は後輩────そもそも、立場が逆ではないか。

 

 ──グィンさんも無茶苦茶だ……そんなこと、無理に決まっているのに……。

 

 突然上司(うえ)から理不尽な仕事を押しつけられた部下(した)の心境で、僕はやさぐれながら心の中でそう呟く。

 

 ……けれど、まあ。妥当な判断ではあると、頭の片隅では思う。

 

 何せその役目を任せられる適任者は『大翼の不死鳥(フェニシオン)』内では、()()僕くらいしかいないだろうから。

 

 それにさっきも言ったが、僕はラグナ先輩の後輩だ。付き合いだって、もうそれなりのものになる。そういう点を含めて、僕がその役目を担うのが一番都合も良い。

 

 ……だからといって、はいそうですねと済ませられないのが本音ではあるのだが。適任者であるのは認めるが、もっと他に相応しい者はいるはずだと僕は思っている。

 

 何なら『世界冒険者組合(ギルド)』の『六険(ろっけん)』の誰かにでも……。

 

 ──いや、駄目だ。

 

 先輩の心中を察するならば、その選択は論外であると僕は切って捨てた。他に相応しい者はいるという考え自体は否定しないが、それでは駄目だろうと考え直す。

 

 そう、僕はラグナ先輩の後輩────ならばその役目を全うすべきだろう。

 

 それに先輩を女の子のままにもしてはおけない。男に戻る方法も、探さなければならない。

 

 ……何という、重荷。果てしない重責。まさかこんなものを背負う日が来るとは、夢にも思っていなかった。

 

 

 

 しかしこれ以上のものを────グィンさんは背負っているのだ。

 

 

 

 《SS》冒険者。この広大な世界でたったの三人しか未だ確認されていない、『極者』。その内の一人が、最弱(スライム)と並ぶ最弱になってしまった。

 

 不慮の事故のようなものだ。だが、それは言い訳の一つにしかならない。そして、グィンさんはそれを理由に逃げる事など、許される立場ではないのだ。

 

 部屋を去る直前、あの人は日常(いつも)通りの笑顔を浮かべて僕と先輩を見送った。

 

 だが、それが無理をして浮かべていたものである事は明白だった。

 

 ──ああ、そうだ……グィンさんに比べれば、僕はまだマシなんだ。

 

 窓から覗ける夜空と同じ色をした、天井を眺める。今日は様々な────本当に様々な出来事があった。その所為か、次第に睡魔がゆっくりと訪れる。

 

「……」

 

 それに抵抗する事なく従うように、僕は半ば無意識に瞼を徐々に下ろす。視界が暗くなっていき、そして完全な闇に覆われる────直前だった。

 

 

 

 ギシ──不意に床が軋んだ音を立てて、僕の意識を睡魔から一瞬だけ遠去けた。

 

 

 

「……?」

 

 一体何事かと、音のした方に────正確に言えばリビングの扉がある方へと顔を向ける。すると少し遅れて、微かな音を立てながら。

 

 そうして、リビングの扉が独りでに開かれたかと思えば──────

 

 

 

 

 

「……まだ起きてるか?クラハ」

 

 

 

 

 

 ──────という。何故か、何処か不安げな。そんな先輩の声音が、僕の鼓膜を静かに震わせた。

 

「先輩……?えっと、はい。僕はまだ起きてますよ」

 

 僕は戸惑いながらもそう答えたが、先輩は何も答えず黙ったまま、リビングに入ってくる。……そんな気配を感じた。

 

 今、リビングの照明は消えており。差し込む月明かりは淡く、心許ない。

 

 その上先輩が立っているのだろうリビングの扉付近はのっぺりとした暗闇に包まれており、僕が寝転がっているソファからではよく見えなかった。

 

 そして先輩はリビングに足を踏み入れはしたようだが、その場から動く気配がなかった。

 

「……先輩?」

 

 僕はそれを奇妙に思って、ソファから上半身だけを起こす。目を凝らせば、やはり闇の中にぼんやりと人型のシルエットが浮かんでいる。

 

「……悪いな。こんな時間にさ」

 

「いえ、僕は大丈夫ですよ。そう気にしないでください」

 

 申し訳なさそうに言う先輩に、僕は苦笑いを浮かべながらそう返す。

 

 ……とはいえ、どうしてこんな夜も深まった時間帯に先輩がここへ来たのか、不思議でしょうがない。てっきりもう寝てしまっていると思っていたのだが。

 

「あの、ところで……」

 

 一体どうしたのかと、僕は訊ねようとした。だが、それを先輩は予期していたのだろう。

 

「ちょっと、お前に訊きたい事があって」

 

 僕が言い終わらない内に、先輩がそう言った。そして続けて、その姿を闇に浸したまま、依然不安げな声音で先輩は僕に言う────否、問う。

 

 

 

 

 

「クラハ。お前、俺の事……どう思ってんだ?」

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