ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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崩壊(その二十六)

「止めろぉ!そこまでだァッ!!」

 

 ロックスは怒声を張り上げると共に、今にもクラハの脳天に向け、振り上げていた戦鎚を振り下ろさんとしていたメルネを羽交締めにし、どうにか既のところで彼女の凶行を阻止してみせた。

 

「離して!ロックスッ!!私の邪魔、しないでよぉッ!!!」

 

 極力、メルネの身体が痛まないように。しかしそれでも常人では身動(みじろ)ぎ一つすらできない程度の力を、ロックスは己の両腕に込めている訳だが。

 

 それにも関わらず、メルネはそう叫びながら、彼の拘束から抜け出そうと必死の形相で(もが)き暴れる。

 

 既に引退している身とはいえ、流石は(かつ)ての『六険』の一人であり、『戦鎚』の異名で多くの冒険者(ランカー)に畏れられた《S》冒険者、メルネ=クリスタ────とてもではないが女性のものとは思えない、その剛力を前に。

 

 ほんの少し、僅かばかりにこの両腕から力を抜いたその瞬間。メルネは強引に抜け出し、そして今度こそ己が得物をクラハへ振り下ろすだろうことを。否が応にも、ロックスは確信させられる。故にだからこそ、彼は両腕の拘束を一切緩めることなく、メルネに言葉をぶつける。

 

「落ち着けメルネの姐さん!あんた正気……じゃあないよなあッ!?たかが一時の感情に振り回されやがって!らしくもねえッ!!」

 

「お前だけは!お前だけは!!私がッ!!私の手でッ!!!」

 

「しっかり!しろッ!してくれ姐さんッ!!」

 

「離してっ!離して!離せぇええええッッッ!!!」

 

 けれど、今のメルネにロックスの言葉は届かない。否、例えここで言葉をかけたのがグィンであっても、彼女には届かなかっただろう。

 

 未だ暴れながらに、狂ったようにメルネが叫び散らす。

 

「お前が壊した!お前が壊したのよ、クラハ!クラハ=ウインドアッ!全部全部全部!何もかも!ラグナもぉッ!お前と、私がぁ!だから、もう!壊すしかないじゃないッ!壊れるしかないじゃないッ!お前も!!私も!!」

 

 メルネの憎悪に浸り切り、怨嗟で染め尽くされた叫びを受けても。それでも、クラハがこちらに振り向くことはない。何も言わずただ無言のままに背を向けて、その場に立っているだけだ。それはもはや堂々だとか、図太いだとかではなく。ましてや、度胸があるという訳でもない。

 

 そこから感じ取れるのは────無関心。ひたすらに興味がないという、無関心さだけだ。そしてそれから導き出される、クラハの心情。

 

 もう、()()()()()()()()()()

 

 どうなろうと、どうなったとしても。構わないと、構やしないと。少なくともクラハにとっては、もうどうでもいいことなのだ。どんな結果にどう転ぼうが、どうだっていいことなのだ。この状況も、この現実も。何もかも、全て。

 

 故にだからこそ、クラハは逃げ出すことも隠れることもせず、無抵抗のままに。こうして、黙ってメルネの手にかかろうとした。彼女に、(ころ)されようとしていた。

 

 そうした結果、メルネが一体どうなるのか。選択を誤り、道を踏み外し、もう二度と戻れなくなってしまった彼女が。果たして最後に、一体どうなってしまうのか────それをわかっていながら、確と理解していながら。

 

 ロックスにクラハを助ける気など毛頭、微塵たりともない。今、この現状のクラハを助ける程、彼はお人好しの慈善家ではない。

 

 ではロックスは何故メルネを止めたのか────実に簡単で単純なことだ。彼はただ、彼女を助けたかったのだ。

 

「馬鹿げたこと言ってんじゃあねえぞ姐さん!!そんなことしても、そんなことになっても!何の解決にも、何の意味もねえことは!あんたが一番よくわかってんだろうがァ!!!」

 

 ここで選択を誤らせる訳にはいかない。ここで道を踏み外させる訳にはいかない。ここで戻れなくさせる訳にはいかない。

 

 メルネの為にも。そして──────────

 

 

 

 

 

『悪い。メルネのこと、よろしく頼む』

 

 

 

 

 

 ──────────交わしたその約束を守り通す為にも。ただその一心で、懸命に。ロックスはメルネを諭し、説得しようとする。

 

「うあああああぁぁぁッ!!!!壊す!壊す!壊す壊す壊す壊す壊すッ!!壊れる壊れる壊れる壊れる壊れるッ!!ああああああああ!!!」

 

 しかし、もはや諦観と絶望に暮れ。狂気の渦中に取り込まれたメルネには。どんな言葉も、何も届かない。そのことに己の無力さを痛感し、歯痒い挫折感を味わいながら。

 

 ──メルネの姐さん……!

 

 これで駄目ならば終わりだと半ば自暴自棄に、ロックスは叫んだ。

 

 

 

「あんたは!今ここでクラハを(こわ)して!それでどんな面して!!ラグナに会うつもりだッ!?」

 

 

 

 その瞬間、メルネは止まった。喉奥から引き攣った掠れ声を短い悲鳴のように漏らして、今し方の暴れぶりから一転して、まるで時が止まったかのように、彼女は静止した。

 

 今すぐにでも縁から零れ落ちてしまいそうな程に、限界までに見開かれた瞳を震わせながら。呆然とした様子でメルネが呟く。

 

「ラ、グナ……?ラグ、ナ。ラグナ……ラグナラグナラグナ……ぅぅぅ、ぐううううぅぅぅぅ……っ!!」

 

 けれども、すぐさま深々とした怨念の呻き声を上げると同時に。またしてもメルネの表情が歪み、戦鎚の柄を握るその手に力が込められる。再び、クラハに対するありとあらゆる負の感情が再燃し、彼女をもう一度狂気に走らせ、破滅へと駆り立てる。

 

 ……決して、ロックスの言葉が届かなかった訳ではない。現に、ほんの一瞬だったとはいえ、メルネは止まった。それが何よりの証拠だ。

 

 そして先程とは違って────憎悪と怨恨に彩られたメルネの顔には今、苦渋の懊悩もまた浮かんでいるのだ。

 

 ラグナの為にも復讐を果たすべきと唆す悪性と、ラグナの為にも堪えるべきだと訴える善性。

 

 その二つが、今。メルネの中で互いを押し退け合い、(せめ)ぎ合っているのだ。

 

「ぅぅぅぅぅぅ…………!」

 

 まるで地獄の底から上げているかのような呻き声を、血が滲むまでに噛み締めている唇の隙間から、小さく漏らすメルネ。

 

 迷っている。メルネは未だ(かつ)てない程に迷っている。一瞬で一気に、どちらかに全てが傾く天秤を前にしている。

 

 ──私たちは……!私は……ッ!!

 

 ラグナを壊した報いを受けなければならない。ラグナを壊した償いをしなければならない。

 

 復讐か、赦免か。裁くのか、赦すのか────この究極の二択を突きつけられた、その末に──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルネ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────満開に咲き誇る花のような。眩しく晴れやかな太陽のような。そんな、ラグナの笑顔が脳裏に浮かんだ。


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