ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
『今!さっきッ!!あなたはクラハに見捨てられたのよッ!!』
今し方聞いたばかりの言葉が、耳の奥でずっと響いている。
『『
その言葉もまた、覆い被さるように、畳み掛けるようにして残響している。こちらの気分も精神もお構いなしに、ひっきりなしに、ずっと。
『そんな訳ないでしょうがああああああッッッ!?』
『ふざけるなっ、ふざけるな!もういないんだいないんだよぉ!!違う、違う違う違う違うあの子は違う!違うっ、違うッ!!先輩じゃないラグナ先輩なんかじゃないただの!』
『あり得ない、そんな訳がないッ!あんな!あんな、あんな何の取り柄もない!ただの女の子が!ラグナ先輩な訳ないでしょうにぃ!?』
『ラグナ先輩じゃあないのなら!ラグナ先輩なんかじゃあないあの子なんて!
『第一目障りなんだよ。目障りで、煩わしくてぇ……不愉快でッ!』
『ラグナ先輩を騙って装って模してッ!!!違う、お前じゃない、絶対、今さらァ!!』
『なのに僕の為?僕の為僕の為僕の僕の僕の……!』
『あの子なんて!あの女の子は!!もう、ラグナ=アルティ=ブレイズじゃあ────』
そんな無数の言葉だけが延々と、ラグナの頭の中で永遠に。こちらの耳を劈くように、こちらの鼓膜を引き裂くように。喧しく、がなり立てては喚き散らして、一切途切れずに絶え間なく、絶叫し続けていた。
堪え難い頭痛に、重苦しい吐き気。そして胸に突き刺さり、抉り捩じ込まれた、切なさと。心を虐げ苛んで、蝕み腐らせていく、淋しさ。
それら全てを、その華奢で脆い、小さな身体に。押し込み抱え込みながら。ラグナは今、オールティアの街道を歩いていた。ふらふらと、ゆらゆらと。今すぐにも風に吹かれて転んで、倒れてしまいそうな。そんな危なげな足取りで。
朝が賑わうのと同じように、夜もまた喧しいのがこのオールティアという街だ。なので当然、この時間帯であっても行き交う人々は大勢おり。また、朝には閉めていた店も、一斉に開かれる。故に夜であっても、この街は朝と昼と同じように明るく眩しい。
……だが、ラグナは違っていた。人は見渡す限りいるのに、独りぼっちのように思えて仕方なく。街の明かりが夜闇を照らしているにも関わらず、ラグナの目の前は何処までも暗い。
先程から聴こえる全ての音は騒音と雑音に擦り替えられ。なのに、聞きたくもない頭の中の言葉は、過剰な程に鮮明で、一字一句はっきりと、ひっきりなしに聞こえてくる。
──気持ち、悪い。
まるで病人のように青白い顔色になりながら、グチャグチャに荒らされた心の中でそう呟くラグナ。しかし、吐き気はただ込み上げてくるばかりで、身体は胃の中身を迫り上げようとはしてくれない。
今すぐにでも喉に指でも突っ込んで、無理矢理にでも吐いてしまおうかと、ラグナは考えてしまう。理由は単純で、胃の中身をぶち撒けて、この纏わってこびり付いてくるような不快感を、ほんの少しでも解消したいからだ。
けれど、この身体はそうはしてくれない。吐きたいと切に願いそう思っても、楽になりたいと必死に思っても、この身体がそれに従ってくれない────訳がわからない。意味がわからない。その何もかもが、わからない。自分の身体にすら裏切られた気分に陥り、ラグナはうんざりと疲労し切って辟易としてしまう。
──…………いや、
もうどうにかなりそうだった。いっそのこと、どうにかなりたかった。
こうして確かに、自分は存在している。こうやって腕を抱き、こうやって手を握り、こうやって足を動かしている。それは紛れもない、歴とした自分自身の確とした意思────
果たしてこれは、本当に自分の意思なのだろうか?自分がそうしたいというラグナの意思によるものなのだろうか?
普通であればこのような馬鹿げた疑問、抱くことはおろか考えもしない。そもそも考えるようなことではない。
だが、ラグナの場合はそうではない。
──……わかんねえ。
自分という存在の意味と意義。
──わかんねえよ……!
今や、それら全てがあやふやの曖昧で、霞んで薄れて。そうして、ラグナは自分が信じられなくなってしまっていた。
──わかる訳、ねえだろうが……ッ!
自分がラグナであるということが、信じられなくなってしまった。
自己への信頼が欠け、今の今までどうにか保ってきたなけなしの
その途中で何度も足を縺らせ、躓き、転びそうになりながらも。ただひたすらに、どこを目指す訳でもなく。
「ぅ、ぷ……っ」
いきなり、何の前触れもなしに。腹の底から喉元にかけて、熱くてキリキリと痛むものが込み上げてきて。ラグナはその場に立ち止まり、咄嗟に手で口元を覆う。
吐く────しかし、ラグナがそう思ったの束の間。突然込み上げたそれは、寸前でゆっくりと、腹の奥へとまた滑り落ちていく。
どろりと粘ついた液体が己の食道を撫で、胃に伝って滴り落ちる、あまりにも気色悪いその感覚に。ラグナは瞳を潤ませ、目の端に小さな雫を浮かばせる。
──気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……っ。
やはり一思いに吐くことができたのなら、少なくとも肉体的には楽になれる。……だが、この身体はそうはしてくれない。
それに対して、ラグナはどうしようもできない苛立ちを募らせ、どうすることもできない無力感に打ち拉がれていると────
「へい!そこの彼女。急にそんな道のド真ん中に突っ立って、通行の邪魔だぜ?一体どうしたってんだい?」
────不意に、背後から。軽薄さがこれ以上にない程に似合っている、そんな声音と口調で。ラグナは言葉をかけられたのだった。