ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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崩壊(その三十四)

「……」

 

 ガローのナイフを手に持ったまま、その場に突っ立つクラハ。その顔は酷く気怠げで、そして陰鬱そうだった。

 

 彼がもう、日常通りの様子ではないことは。発せられるその雰囲気や立ち姿から、誰の目から見ても明白で。

 

 しかし、今この場にいるロンベルら三人にとって、そんな情報(こと)はどうでもよかった。至極、これ以上にない程にどうでもよく、考えるに値すらしなかった。

 

 恐らく、きっと誰であろうとそうなのではないか。これから死に行く者に。今すぐにでも殺してやろうとする相手に。果たして、一体どれ程の者が思いを馳せるのだろうか。

 

 少なくとも、三人がそうではないことは確かで。揺らぎもしなければ、覆しようもなかった。

 

「それじゃあ事前に話し合わせてた通り、僕がお先に」

 

 と、言って。鞘から抜いた刺突剣(レイピア)をそのままに。一歩、クライドが前へと踏み出す。そんな彼をヴェッチャは黙って眺め。

 

「ああ!好きにしやがれ!」

 

 未だ片手間に赤髪の少女を弄り回しながら、ロンベルは野次を飛ばすのだった。

 

「忘れもしない。僕は忘れないよ……一時、片時も忘れたりしない。忘れることなど、できやしない……あの日の、不幸で不運な敗北を忘れられないんだよ……ッ!」

 

 沸々とした怒りを静かに立ち昇らせ、刺突剣の柄を握り締めながら、クライドが呟く。そんな彼の呟きに対して、クラハが何かしらの言葉を返すことはなく。依然として億劫そうに黙り込んだまま、その場に突っ立っているだけである。

 

「……クラハ=ウインドア。君は今日ここで死ぬんだ。この僕、クライド=シエスタの刺突剣によって。あの世なんてものがあるのならそこで自慢するといい。何せ僕の得物の錆になれる存在(モノ)は、殊の外少ないのだからね」

 

 そんなクラハの様子、彼の態度が。余程心底気に食わず、神経に障り、虫唾が走ったクライドは。そう言って、静かに刺突剣を構える。

 

「……」

 

 しかし、得物を構え、その気になれば一瞬でこちらの命を()りかねないクライドの姿に怯えることもなく。彼の殺意を剥き出しにした気迫に恐れをなすこともなく。

 

 やはりというべきか、クラハはまるで何処か他人(ひと)事のような。自分には関係のないことだと言わんばかりの、無関心な姿勢と態度を依然として崩さないでいた。

 

「…………それじゃあ、さよならだ」

 

 そんなクラハに対して、全く血の気の通わない、文字通り言葉だけの別れを贈り。クライドは両足に力を込め、それと同時に魔力を流し、伝わせる。

 

 ──【強化(ブースト)】。

 

 そして固く、何処までも固く柄を握り込み。刺突剣の鋭き切先をクラハから決して逸らさず。そうする最後まで逸らさずに。

 

 クライドはその場を思い切り、全てを出し切るようにして──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刺突剣(レイピア)のシエスタ────そう言われる程に、シエスタ家は代々刺突剣を得物とし、そしてその当主の誰もが皆、刺突剣の名手であった。

 

 その中でも十二代目の当主であるクライド=シエスタは。その長き歴史を誇るシエスタ家の中でも。随一の才覚を持って生まれた、歴代のシエスタ家当主を遥かに凌ぐ、刺突剣の使い手であり。

 

 そのことを如実に、周囲の人々に知らしめたのは彼が十代半ばの頃。とある技を会得したことから始まる。

 

 その名を────【閃瞬刺突(フラッシュ・スラスト)】。

 

 決して大言壮語などではない。その名が示す通り、文字通り。この技を放つその瞬間、クライドは閃光となり、瞬いた。

 

 技の構造(しくみ)は至って、意外な程に単純(シンプル)。刺突の構えを取り、己が両足に限界負荷直前までの魔力を流し、通し、伝わせ、込める。そうして自分が出来得る限りの【強化(ブースト)】を経て。

 

 しかし、繰り出すその直前の直前まで、腰から上全ては極限にまで脱力させ。

 

 そうして、一気に。まるで射られた矢の如く、駆け出す。

 

 それにより生み出されるは、あまりにも恐ろしく疾い突進。それを視認はおろか視界に映すことですら困難を極め、この技を目の当たりにした相手は堪らず、クライドが目の前から消え去ったと錯覚してしまい。

 

 彼の刺突剣の切先がこちらの身体を突き刺し、剣身が貫いたその時になって、ようやくクライドの姿を再認識するに至るのだ。

 

 その上更に、げに恐ろしきことに。クライドは【閃瞬刺突】の軌道を()()()()()()()()()()()()()

 

 故に、仮に奇跡的に彼の【閃瞬刺突】の軌道を見切り、躱そうとしても。その都度、彼は軌道を修正するだけなのだ。

 

 この第一(ファース)大陸にてクライド以上に疾い剣は存在しない。事実上、彼の技は最速となり。そうして彼は世界(オヴィーリス)の剣聖の一人に数えられ、いつしか技と同じ異名────【閃瞬】と呼ばれるに至った。

 

 剣士として約束された、綺羅星よりも眩く輝かしい覇道を順風満帆に歩き進んでいたクライドであったが。

 

 彼の人生(そこ)に薄暗い翳が差し、仄昏い闇に堕ちたのは、突然の日のことだった。

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