ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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崩壊(その三十五)

「僕は彼と同意見さ。悪いけど、そう簡単には認められないな……クラハ=ウインドア君」

 

 日常(いつも)通りのオールティアの街道にて。突如として道を塞がれ、人気のない路地裏に連れ込まれ。動揺と困惑に見舞われるその青年に、クライドははっきりとそう告げた。

 

「……え、えっと。ク、クライド=シエスタさん?これは、どういう……?」

 

「どうも何もないよ。……まあそれはさておき。そして許せないんだ。僕は到底許し難いんだよ、クラハ=ウインドアという男が」

 

「え……?」

 

 この状況に理解が追いつかず、ただただ頭上に疑問符を浮かべるしかないでいる青年────クラハ=ウインドアに対して。静かな怒りで震える声でそう言うや否や、クライドは腰に下げている己の得物、刺突剣(レイピア)の柄へ手をやった。

 

「ライザーは僕の良き戦友(ライバル)だった。故にだからこそ、彼を追いやった君は許せない。許す訳にはいかない」

 

 クラハにそう言い放ち、そしてクライドは彼に選択肢を一方的に突きつける。

 

「選べ、ブレイズさんの威を借る卑怯者。今すぐ『大翼の不死鳥(フェニシオン)』から去るか、それとも去らないか」

 

「え?ええ?い、いやちょっと待ってください。話があまりにも急で……」

 

「去るか、去らないか。君に今求める答えは、そのどちらかだけだよ」

 

 拒否も誤魔化しも、曖昧な返答などは一切許さないというクライドの強固な意志を、これでもかと感じさせるその声音と口調に。最初こそ面食らい動揺と困惑をするしかないでいたクラハも、唐突に訪れたこの理不尽な状況と向かう会うことを決め、彼が答える。

 

「僕は『大翼の不死鳥』を去る訳にはいきません。ただ、それだけです」

 

 クラハの返事を受け、クライドは彼を憐れむように目を閉じ。そしてすぐさまカッと見開かせた。

 

「ではこの僕が、他の誰でもないこのクライド=シエスタが。君の剣士人生の幕引きを務めるとしよう。些か役不足感は否めないけどね」

 

 そう言って、クライドは静かに。鞘から刺突剣を抜き、その切先をクラハに定め、構えた。

 

「え……!?」

 

「君も剣を抜くんだ。無駄な徒労で終わってしまうだろうけど、君だって得物を抜かずに黙って終わりたくはないだろう?」

 

「だ、だからちょっと待ってくださいって!本気ですか!?同じ冒険者組合(ギルド)に所属する冒険者(ランカー)同士の私闘は規則(ルール)で禁じられていて……!」

 

「僕は君を『大翼の不死鳥』の冒険者とは認めていない。断じて、認めない」

 

 クライド自身、これが暴論だとは自覚していた。しかし、それでも別に構わないと考えていた。規則に反してでも、彼は『大翼の不死鳥』からクラハ=ウインドアという一人の男を消し去りたかったのだから。

 

「…………」

 

 クライドの言葉に堪らず絶句したクラハであったが、やがて観念したかのように。彼もまた腰に下げる得物の柄に手をやり、握り締め。一瞬の間を置いて、鞘から抜く。

 

 何ら変哲もない、一般的な長剣(ロングソード)。何も得物一つで剣士の価値が決まる訳ではないが、クライドは思わず失笑してしまいそうになる。

 

 ──もう少しマシな剣はなかったのかい……。

 

 まあ、幾ら得物が良かろうと。『閃瞬』と謳われ自他共に、誰もが認める剣聖には逆立ちをしたとて、敵う道理などあるはずもないのだが。

 

「一瞬だ。一瞬で、決着(カタ)をつけさせてもらうとするよ。精々、例え朧げな片鱗。到底自らの理解には及ばない境地であったとしても、この技……確とその目に刻め」

 

 と、語り終えて。クライドは普段と変わらず、まるで何気ない日常(いつも)を過ごすように────放つ。

 

 ──【閃瞬刺突(フラッシュ・スラスト)】ッ!

 

 瞬間、クライドは一条の鋭き閃光と化し。直後、クラハを穿つ──────────()()()()()

 

 

 

 パキィンッ──クライドの目前で、黄色い火花が散ると共に。妙に澄んで伸びる音が、路地裏で鳴り響いた。

 

 

 

「…………え……?」

 

 そのクライドの声は、間が抜けて呆けたものだった。だが、無理もない。今彼の視線の先にあるものを映せば、きっと誰だってそんな声を出すだろう。

 

 クライドが手に持つ得物。彼の、延いてはシエスタ家を象徴する刺突剣(レイピア)の。()()()()()()()()()()()()その光景を目にしてしまえば。誰であっても、そのような声を出さざるを得ないだろう。

 

 もはや武器として機能も価値も失った己の得物を呆然と見つめ、クラハの背後で立ち尽くすクライドに。申し訳なさそうな声が届く。

 

「……すみません」

 

 そんなクラハの謝罪の言葉が、不意にクライドを現実へと引き戻し。それと同時に、彼を悟らせた。

 

 ──…………僕は、負けた……?

 

 その事実を裏付けるかの如く、クライドは遅れて理解する。理解して、彼は再度堪らず呟いた。

 

「僕が負けた……ッ!?」

 

 先程の一合。秒にも満たないが、刹那よりかは遅い一瞬の間にて起きた、その全て。

 

【閃瞬刺突】で以て、まずはクラハの右肩を貫かんとして。それに対してクラハはその長剣で以て、こちらの刺突剣の剣身を()()()()()のだ。

 

 言葉だけで説明されたのなら、別にそう大したことのようには聞こえないかもしれないが。しかし、クライドにとってはそれがどんなことよりも受け入れ難くあり得ない、あってはならない最悪の事実に他ならない。

 

 まだ。仮にもし、【閃瞬刺突】の軌道を見切り、躱したのであれば。そちらの方がまだわかる。わかるし、そうされたとしてもこちらは軌道を変えられる。故に問題はない。

 

 だが、躱すのではなく。【閃瞬刺突】の軌道を見切ったその上で、こちらの意識を掻い潜り、刺突剣の剣身自体を折って、【閃瞬刺突】を破るなど。

 

 そんな常識外れの芸当、埒外の(わざ)は。並外れた、ほんの一握りの強者にしか許されない。

 

 それを、こともあろうに目の前の男────クラハ=ウインドアがやってのけた。

 

 やってのけ、こちらを負かした────その最悪の事実をクライドは認知し。けれど、どうしたってそれが受け入れられず、信じられないようにそう呟いた後。

 

「では、これで僕は失礼します……」

 

 そう言って、クラハはこの場から去ろうとする。そんな彼を、クライドはこれまでの人生で一度も味わったことのない焦燥に駆られながらも、慌てて呼び止めようとする。

 

「ま、待てッ!クラ「何、してんだ」

 

 が、不意に背後から響き渡ったその声によって、クライドの声は遮られ、そして容易く掻き消され。

 

 瞬間、全身を駆け巡る恐ろしく悍ましい悪寒に、彼は硬直することを余儀なくされるのだった。

 

 身動き一つはおろか、ほんの僅かに身を捩らせることすらもできない。身体中が総毛立ち、大量の冷や汗が止め処なく流れ出す。

 

 形容し難い、どうしようもない絶望にも似た恐怖に。身も心も縛られ、逃げ出すことも腰を抜かすことさえも、クライドはできないでいるその最中。彼をそのようにした原因である声が、続ける。

 

「俺の後輩に何してんだ、お前……?」

 

 直後、クライドが切に感じたのは。こちらを跡形もなく焼き尽くさんとする熱気と。それに伴った、決して免れることのできない────絶対的な死の気配であった。


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