ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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崩壊(その四十三)

 抱いた恐怖が限界を振り切り、奇声と紙一重な絶叫をその口から迸らせながら。道中、何度も派手に素っ転びかけるまでに不安定で危なげな、側から見たらただただ、甚だしく滑稽な足取りで。脇目も振らず、その場を後にしたクライド。

 

 ファース大陸を代表する冒険者組合(ギルド)にして、同じくサドヴァ大陸の『影顎の巨竜(シウスドラ)』、フォディナ大陸の『輝牙の獅子(クリアレオ)』に並び『三獣』と称される強豪組合の一つ────『大翼の不死鳥(フェニシオン)』。

 

 その『大翼の不死鳥』に所属する、有数の《A》冒険者(ランカー)。それに加えて人域の範疇に在る剣技、その一種の到達点、【閃瞬刺突(フラッシュ・スラスト)】の会得を果たしたことで。栄えある剣聖の一人に数えられ、技と同じ異名────『閃瞬』と呼ばれるようになった、シエスタ家十二代目当主であるクライド=シエスタ。

 

 並いる他者からすれば、自分たちなど遠く及ばない程の選ばれし者。華々しく輝かしい人生を約束された者────そんなクライドが。

 

 あのような。あんな、無様極まりない醜態を。こちらの眼前でこれでもかと見せつけてきたら。誰だって、どんなに無関心であっても誰だって、否が応でも注視してしまうだろう。

 

 そして誰もが皆、彼に対して抱いた失望を更に加速させるのだった。

 

 ……そう、失望だ。オールティアの人々は今や、クライドに対して失望していた。あのクライド=シエスタを、剣聖と謳われ『閃瞬』と呼ばれる彼を。

 

 それは本来であればあり得ない、あるべくもない、あってはならないことだ。

 

 だが、それは無理もない。いや、(むし)ろ仕方ないのだろう。クライドともあろう者が晒した無様な醜態に加え、あんな事実が知られてしまえば。人々から失望されるのも、止むなしというものだ。

 

 事実────先日、人の往来が激しい大広場にて、どこにでもいそうな至って普通の男が。突如として、周囲にばら撒いた魔石。その魔石に封じ込められていた魔法────【映億追想(ヴィジョン)】。

 

 数多く存在し、世に知られている汎用魔法の中でも高等な部類に位置する【映億追想】が見せた、その嘘偽りのない、誤魔化しようがない、紛れもない光景(じじつ)

 

 

 

 

 

『僕は彼と同意見さ。悪いけど、そう簡単には認められないな……クラハ=ウインドア君』

 

 

 

 

 

 その第一声から始まった、あまりにも身勝手な理由からによる一方的な決闘。その上の、呆気なさ過ぎる敗北。

 

 この世界(オヴィーリス)にて一番信憑性が高く、確実である情報源とは他でもない、この【映億追想】であり。口伝による誇張や、新聞に於ける誤報(デマ)も。この魔法ではまず、発生する心配はない。というより【映億追想】の性質上、誇張も誤報も発生のしようがないのだ。

 

 それ故に、その光景を目にした全員は思わざるを得ない。この日、この時。剣聖、『閃瞬』のクライド=シエスタは────敗北したのだと。それも誰も彼もが見知らない、若輩の冒険者(ランカー)に。

 

 失望、幻滅、落胆。オールティアの誰しもがそういった感情(もの)を胸中に抱いて向けるその最中、当人たるクライドといえば。

 

「どうして、どうして、どうして……僕が、この僕が?こんな?こんな目に遭っているんだ?遭わなきゃいけないんだ?遭わされなければ、ならないんだ……!?」

 

 逃げ込むようにして駆け込んだ宿屋(ホテル)の一室の、寝台(ベッド)の上にて。膝を抱えて座り込みながら、正気とは思えない目つきをしながら、ぶつぶつと呟いていた。ここ数日間、彼はずっとそうし続けていたのだった。

 

「僕はクライド=シエスタだぞ……僕は剣聖、『閃瞬』のクライド=シエスタなんだぞ……!《A》冒険者(ランカー)で剣聖で『閃瞬』で、なのにそれなのに……一体どうして()()()である僕が……ッ!?」

 

 被害者────そう、クライドは思っている。何の疑問も欺瞞もなく、自らは紛うことなく被害者であると。今回の事態に於ける、被害者以外の何者でもないと。クライド=シエスタという人間は、本気でそう固く、思い込んでいるのだ。

 

「全て、全て全て全て悪いのはあいつなのに。終始徹頭徹尾非があるのは、あいつ……()()()の奴じゃないか。クラハこそが諸悪の根源、事態の元凶、是が非でも()()()なのはクラハ=ウインドアじゃあないかッ!?だのにッ、だというのにッ!どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだァッ!!」

 

 そしてそれと同時に、やはり疑問も欺瞞もなく。クライドはそう思い込み、完全に信じ込んでいた。

 

 ……礼節と常識の下に、至って正常な思考と健全な精神を持ち。罪を悪と感じること────即ち、罪悪感。それが十二分に育まれた人間であれば。普通、そんな風には捉えない。

 

 だが、残念ながらクライドはそうではなく。彼は自分に咎められる謂れはないし、当然責められる非もないと。疑う余地すら残さず、そう思っている。思ってしまっている。

 

 何故ならば、自分は()()()()()()()。他の有象無象とは明白に、明確に、明らかに違う()()()()────それに対し。

 

「第一あの日、あの時!僕に黙って素直に負けてれば良いものをッ!卑怯な手に頼って!姑息な手に縋って!無理矢理必死になってまで、僕にィ!このぼくに、《A》冒険者(ランカー)に剣聖に『閃瞬』にクライド=シエスタにィィィッ!!勝ちやがったからァァァァアアアアッッッ!!!」

 

 クラハは特別でもない。クラハは選ばれてもいない。クラハはただの有象無象、何の価値もない────それこそ塵芥(ゴミ)屑滓(クズカス)と同等、否もはやそれ以下。

 

 クラハ。クラハにこそ、他の誰でもないクラハ=ウインドアこそが。非を有する加害者で、咎めも責めも受けて然るべき人間。断罪の裁きを与えられるべき、悪そのもの────クライドにとってそれが揺らがない虚構(しんじつ)で、覆らない虚実(げんじつ)なのだ。誰が何と言おうと、誰に何と言われようと。

 

 そんなクライドを他者が側から見れば。恐らく誰だって例外なく、こう評するはずだ────怪物、と。驕り高ぶった自尊心と膨れ過ぎた虚栄心に囚われた、醜悪極まりない怪物であると。

 

 そんな世にも悍ましく、そして哀れな怪物に成れ果てているとも自覚しないままに、クラハに対して。クライドは純然たる悪意を以てひたすらに彼への憎悪(ことば)を吐き捨て、怨恨(ことば)を吐き散らす。

 

 そうしてやがて、それは凄まじく強烈無比極まる────

 

「ああ、ぁぁぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛ッ……!」

 

 ────誤魔化しようのない、嘘偽りのない。そしてどうにも、どうしても堪え難い殺意に変質し。

 

「殺────

 

 

 

 

 

 ────潰す────

 

 

 

 

 

 ────ッッッ!!??あああッ!あああああああああッ!?」

 

 そうしてそれを口に出そうとした直前で、鼓膜にこびりついて離れない、その何処までも無情で冷淡な声が響いては。途端に一瞬で顔面蒼白となり、途轍(とてつ)もない恐怖に表情を情けなく歪ませ、怯えながらに絶叫を部屋に撒きながら、クライドは寝台(ベッド)に蹲る。

 

 寝台全体が揺れて動く程に身体を震わし、息吐く暇も全くないまでに尋常じゃなく、ひっきりなしに目を泳がせ。そんなクライドが再び落ち着きを取り戻すのには、数分の間も要し。

 

「……どうして、どうして……どうしてクラハが、クラハみたいな塵芥(ゴミ)の、屑滓(クズカス)が……一体何の間違いで、よりにもよってブレイズさんに、あそこまで……ッ?」

 

 そしてまた、最初の状態に戻る。そのようなことをここ数日の間、クライドは延々と繰り返している訳だが。

 

 コンコン──その時、突然この部屋の扉が外からノックされ。瞬間、まるで射殺すように鋭く、クライドが扉を睨みつける。

 

「何だッ!?ルームサービスは頼んでないぞッ!!」

 

 と、扉越しに立っているだろうこの宿屋(ホテル)の従業員に。理不尽にも怒声を飛ばすクライド。しかし、その怒声に屈することなく、扉の外に立つ者は。至って平然とした声で言った。

 

「クライド様。私です」

 

「ああッ?……待て。その声……」

 

 クライドにとって、扉の外から聞こえてきたその声は覚えがあり。恐る恐る、確かめるように彼が呟く。

 

「まさか、ジョーンズか……?ジョーンズなのか……?」

 

 と、クライドに訊ねられ。扉の外にいる者が────ジョーンズが返事をする。

 

「はい。ジョーンズです。ジョーンズ=マッカンベリー……執事(バトラー)のジョーンズでございます」

 

「ジョーンズ……何故、お前がここに?どうしてお前がこんなところにいる?」

 

 ジョーンズ=マッカンベリー────シエスタ家に代々仕える執事であり、余程のことがない限り彼が屋敷を出ることはまずない。

 

 つまり、その余程のことがあったから、ジョーンズは今ここにいる訳で。最初こそ皆目見当もつかないでいたクライドであったが。不意に、彼の頭の中で一つの憶測が立ち。

 

 ──……まさか、まさかまさかまさかまさか……っ!

 

 瞬間、クライドは猛烈に嫌な予感を覚えて。そしてそれを助長するように────

 

 

 

「クライド様。一旦、お屋敷にお戻りください。……カイエル様がお呼びです」

 

 

 

 ────父の名を出して、ジョーンズは固まって黙り込む彼にそう言うのだった。


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