ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
──な、ぐられた……殴られた?殴られた、殴られた殴られた……僕が父上に殴られたァッ!?そんなこと今までなかったのに、一度も殴られたことなんてなかったのにィ……ッ!?
騒然混迷を極めんとす心境に相反し、呆然自失とするしかない面持ちを浮かべ、ただその場に突っ立つ他にないクライド。
そんな彼に対して、カイエルは静かに、けれど有無を言わせない確かな迫力と凄まじい気魄をこれでもかと押し出しながら。遠慮なく、容赦なく怒声を浴びせかける。
「見損なったぞ我が息子よ……よもや、お前ともあろう者が、そのような腐った世迷言を口にするとは……クライドッ!二年も見ない間に、こうも見下げ果てた男になるとはな!!」
それは嘘偽りのない、紛れもない心の底からの本音。純然たる怒りの本音。それは呆然とするクライドを更に硬直させるには充分で、そして十二分に過ぎた。あまりにも過剰であった。
殴られた頬を手で押さえ、放心するしかないでいるクライドに、もはや一瞥すらもくれず。彼のことなど捨て置いて。カイエルは彼に背を向け、窓の方を見やりながら。
「……クライド。このことを知ってから、ずっと考えていた。そうしようか、しまいか……決め
と、先程の怒りはまるで消え失せた────あくまでもそのように思えるだけだが────声音で。淡々と言い、そして淡々と告げる。何の躊躇もなく、クライドへと伝える。
「お前にはシエスタの家名を捨ててもらう。今後一切、お前がシエスタを名乗ることを私は許容しない。決して……決してな、クライド。我が息子めが」
……それこそ、クライドが最も恐れていたこと。そうであってほしくはなかった、最悪の結果。どうしようもない、結末。
そうして今や、それは確かな、覆らない現実と化し。こうして今や、それと対面し、直面したクライドは。
「…………」
何も、言わなかった。一言も、発さなかった。そんなクライドに対して、カイエルもただ一言、最後の言葉を贈る。
「話は以上だ。
父、カイエル=シエスタ直々に。面と向かって────はないが、しかし。他の誰でもない父当人から勘当を言い渡され。
クライドはやはり何も言わず。ただの一言も返すことなく。まるで錆の浮いた古い
「……」
そして沈黙したままに、この執務室から去るのであった。それ故に、クライドは知る由もない────窓に顔をやるカイエルが今、まるで苦虫を噛み潰したかのような表情を。言いしれようのない後悔と罪悪感に、苦しげに歪んだその表情を浮かべていたことなど。
屋敷の
──どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
ただひたすらに、そう心の中で呟く。
──何で何で何で何で何で何で何で何で。何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故。一体何で一体何故一体何で一体何故一体何で一体何故一体何で一体何故。
ただそれだけで、頭の中を埋め尽くす。
──誰が悪い誰が悪い誰が悪い誰が悪い誰が悪い誰が悪い誰が悪い誰が悪い。父上父上父上父上父上父上父上ラグナ=アルティ=ブレイズラグナ=アルティ=ブレイズラグナ=アルティ=ブレイズ。
クライドの中で、もはやそれしかなくなる。
──違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。
それしか、なくなっていく。
──クラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハ。
そうして、クライドは行き着く。彼は辿り着く。
──クラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハクラハ。あの
正気の崖際、そこから身を投げ出し。狂気の谷底へと、そうして落ちていく。
──塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥塵芥屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓屑滓。
そして落ちる最中。クライドは、人で在る為のそれを。本来であればどんなものよりも、何ものよりも代え難いそれすらも、彼は──────────
「……」
「ん?なんだお客さんか?アンタ運が良い。実に幸運だ。もしよかったら見てってくれよ。俺ぁしがない絵描きでね、こうやって道端に布敷いて、絵を描いて、そんで売ってるんだがよ。気に入った絵があったら遠慮なく言ってくれ。あ、ちなみに今のオススメは……ずばりこれだ。今何かと話題になってる、『
ふとした拍子に視界に留めたそれを、店主の男が手に取り、こちらの眼前に無遠慮にも突きつける。他のことなど眼中になかったクライドであったが、それは。それだけは、そればかりは。否応にもなく、見てしまった。
「……おや?ところでお客さん、こっちの見間違いとかじゃあなきゃ、もしやアンタ……」
と、呆れたことに今頃になって、こちらの顔をよく見て確認し出した店主の男。しかし、そんな彼には目もくれず、突如クライドは魔法を発動させる。
それは物体であれば如何様なものでも収納を可能にする、世間でも一般的であり
ジャララララッ──虚空に空いたその穴から、大量に滑り落ちてくる金貨。その金貨は瞬く間に黄金の小山を築き上げるのだった。
「……えっ?あ?ア、アンタ……?」
人生の最中で、こんな文字通りの大金の山を目にするのは初めてだということを、これ以上になくわかりやすい反応で教えてくれる店主の男に。淡々と、クライドは告げる。
「寄越せ。ありったけ全部、寄越せ」
そして店主がこちらの眼前に突きつけてきたその一枚の絵を────クラハ=ウインドアが描かれた絵を指差すのだった。