ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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崩壊(その五十)

 ──今まで、今の今まで……今こうして再び君の前に立つまで。クラハ!クラハ=ウインドアッ!僕は捨てなかった!君に対する憎悪!怨恨!殺意ッ!!僕は決して捨てはしなかったぁ!!!

 

 クラハの姿を視界に捉えてから。彼の姿を己が視界に映してから。クライドの脳裏で次々と目紛しく呼び起こされる、その景色(きおく)風景(きおく)

 

 それら全てが鮮烈で鮮明で、故にクライドのただひたすらに暗澹とした意志を掻き立て、漆黒の殺意を過剰なまでに煽り立て。そして、早く早くと苛むように、彼を急がせる。

 

 ──君を殺す。君を殺す、君を殺す!君を!君を!!君を!!君をッ!!!殺す!、殺す!!殺す!!殺すッ!!!その為だけに……今この瞬間(とき)の為だけにッ……僕はここまで、生き続けてきたんだよなぁ…………ッ!!??

 

 華々しく輝く、数々の栄光────貴族(シエスタ)の地位。剣聖の名声。『閃瞬』の異名。冒険者の立場。それら全てを、雑多を踏み日々を味気なく過ごす凡人では、決して手にすることは叶わないそれらを。自らの手で、他の誰でもない己の手で。投げ打って、放り捨てたクライド。

 

 使用人、幼少の頃から付き従ってくれていた者、自分にとって唯一無二たる両親(ちちとはは)────その(ことご)くを、鏖殺(みなごろ)しても。それでも、尚。

 

 それだけは。それだけは、捨てられなかった。他の全部を捨てられても、たった一つのそれだけは捨てられなかった。捨てられる訳がなかった。

 

 何故ならば、もはやそれがクライドにとっての生存意義。存在理由。自己証明────己にとっての、絶対の価値。そうにまで、成った。成れ果てた。

 

 故にだからこそ、クライドはそれを捨てない。捨てることなく、今まで。今の今まで。今の今までに至る、この今の為まで。彼は、絶対に捨てなかった。

 

 そうして今、今こそクライドは──────────()()()()()()

 

 ──これは君の為だけに。ただ君という一つの存在の為だけに、他の存在(なにもの)でもない君の為だけに。クラハ=ウインドアという存在(モノ)の為だけに!その為だけにッ!僕がッ!!僕はッッッ!!!

 

 シエスタ家の邸宅、大食堂にて。自らが呼び寄せた無数の魔狼が、屋敷の人々(なきがら)を惨たらしく喰い荒らし、喰い散らかす畜生の地獄の最中にて。その時浮かべていた嗤顔(えがお)をこの時も浮かべながら、【閃瞬刺突(フラッシュ・スラスト)】の構えを取り、そして放つ。その、寸前。

 

 足に施した【強化(ブースト)】を()()()()。直後残留した魔力を転用し、別の魔法を瞬時に発動させる。それは【強化】の所謂(いわゆる)応用技術────その名も、【放出(バースト)】。読んで字の如く、己が魔力を放出させる魔法。

 

 無論、ただ魔力を放つだけではない。【放出】はその勢いを爆発的に高め、常人は当然として並大抵の魔物(モンスター)であれば跡形もなく吹き飛ばせる程の威力へと変える。

 

 それをクライドは最後の後押しの加速として利用し。結果、従来の【閃瞬刺突】のそれとは比較にもならない程の速度を得た。それも(ひとえ)に、クラハを殺すという殺意だけに背を押され、偶然成功した予備動作を必要としない────ノーモーションの【閃瞬刺突】を。

 

 どのような状況下にあっても平然と繰り出せるようになるまで、半ば死人と化すまでに無茶で無謀な鍛錬を寝ずに積み重ねたクライドの。病的で狂気の沙汰の執念、そしてクラハへの憎悪と怨恨と殺意が可能にし、そして実現させた賜物(たまもの)

 

【閃瞬刺突】を超える【閃瞬刺突】────即ち、【閃瞬刺突《フラッシュスラスト》・限界全速(トップスピード)】。

 

 そして今からクライドが見せるのは、()()()()()()()。【閃瞬刺突】を超えた【閃瞬刺突・限界全速】を経た、その生涯にて一度しか放つことが許されない、一度切りの技。

 

 魔法士にとっての外法。魔の道から外れし、禁忌であるように。剣士にとって、あるべくもない技。恥ずべき技。剣を愚弄し、剣を冒涜する技。

 

 そして、クラハを殺す為の技。他の誰でもない、クラハ=ウインドアただ一人を殺す為だけの、技。

 

 両の足、その踵内部に魔石を仕込み。【放出】の際にその魔石が反応し、()()()()()()

 

放出(バースト)】による加速に、魔石の爆発の勢いを上乗せすることによって。そうして得られる、限界を超えた超常的速度。

 

 それを得る代償にクライドの足は。皮は裂け、肉は爆ぜ、骨は砕け────結果、彼の足は使い物にならなくなるだろう。それも現存する汎用の治癒魔法では治癒することが不可能なまでに、致命的なまでに。

 

 そしてそれはクライドの剣士生命を絶たれることに他ならない────が、それでもよかった。そうなろうとも、彼は構わなかった。

 

 己の剣士としての人生を生贄に、クラハ=ウインドアを殺せるならば────それだけで、クライドには十二分に過ぎたのだ。

 

 ──殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 

【放出】に反応して、クライドの踵に仕込まれた魔石が輝き。直後、爆発する。

 

 ──死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

 

 抉れる地面。弾けるクライドの足。宙を飛ぶ彼の身体。

 

 ──クラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドアクラハ=ウインドア。

 

 瞬間、クライドの視界に映る全てが溶ける。溶けて、視界の端に流れて、(ことご)くが消え失せていく。不思議と、その現象がクライドには懐かしく思えた。

 

 ──殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ。

 

 一秒よりも速く、秒が経つよりも速く、刹那と並び。

 

 ── 殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハ殺す死ねクラハッ!

 

 並んで──────────そして()()()()()

 

「殺すッ!死ねッ!!クラハァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 この時この瞬間。この時の為に、この瞬間の為に。クラハを殺すという、その為だけに。クライドが放った、その技────【閃瞬刺突《フラッシュスラスト》・超過刹那《オーバーアクセル》】は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どんなに僅かでどれだけ些細な反応すらも許さずに、その額へと。クライドが握る刺突剣(レイピア)の切先を突き立て、その頭蓋を容易に貫き、後頭部から切先を突き出させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのようにクラハに直撃しても尚、クライドの生涯に於ける正真正銘最後の一撃となった【閃瞬刺突・超過刹那】の勢いは死なず、そのままクラハと共にクライドは宙を飛び続け。そして遂には彼諸共壁に激突する。

 

 直後、(かつ)ての路地裏に轟音が響き渡り。クライドとクラハが激突した壁が凹み、全体に亀裂が縦横無尽に駆け巡った。

 

「…………は、は」

 

 数秒、目と鼻の先に見える、クラハの。訳もわからず困惑と呆然が()い交ぜになった表情を晒す、彼の死に顔を。クライドは眺め、脱力したように嗤い。

 

 ドサ──刺突剣(レイピア)の柄から手を離し、そのままクライドは路地裏の地面へと倒れた。

 

「ははは……やった……やった、ぞ。僕は……この僕はぁ、やったんだ!遂に、やったんだぁああああアアアアッ!!!」

 

 足の感覚が全くと言っていい程になく、立てない為に。クライドは身を捩り、仰向けになると。満面の邪悪な嗤顔(えがお)を浮かべて、堪らずそう叫ぶ。依然、彼は叫び続ける。

 

「僕はあああああああァアッ!殺したアアアアアアアアアアアッ!!遂に遂に遂に殺したッ!殺した殺した殺した殺した殺した殺したァァァアアアッッッ!クラハ!クラハクラハクラハクラハァアアアッ!!クラハ=ウインドアをォォォォオッ!!!アハハハハハハハァアアアアッッッ!!!!!」

 

 喉が裂け、血を吐こうとも。構わずに、クライドはそう叫ぶ。

 

「アハハハハハ!ハハハハハァ!!こ、これはぁ……凄いな、凄いぞぉ……!?絶頂(しゃせい)の百倍は気持ち良いなああああああ!?最高だあああああああ!!!あっははははははッ!!!」

 

 そうして、叫び続けながら────刺突剣で壁に(はりつけ)にしていたクラハの姿が、いつの間にかどこにもなく。何処にもなく、消え失せていることにも気づかないで。

 

 そして今や、自分が路地裏にではなく。周囲には何もない、何も存在しない。一寸先はおろか、その果てすらも暗澹たる闇の最中にいることにさえも、気づかず。

 

 気づけないままに、独りクライドは嗤い。自らに闇が迫り、闇に呑まれ始めても、それでも彼は嗤い続け。

 

 やがて、クライドの身体は崩れ出し。闇へと混ざり、溶けて。(つい)には消えるのだった。


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