ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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崩壊(その五十七)

 石礫(いしつぶて)を喉に食い込ませているガロー。

 

 天上の幸福を噛み締める、悍ましい歓喜と度し難い狂気の嗤顔(えがお)を浮かべ、白目を剥いているクライド。

 

 己の全てであった拳を手首の上から跡形もなく、丸ごと吹き飛び、拳打による陥没の跡が薄らと残る額から血を流しているヴェッチャ。

 

 二回りは増強していたその巨躯も、今や空気の抜けた風船のように(しぼ)み、股間から溢れ出た尿と血で下半身を情けなく濡らしているロンベル。

 

 全員が全員、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』に所属している、精鋭中の精鋭である《A》冒険者(ランカー)で。確かな実績も、少ない経験もある、そんな彼らは今。

 

 その有り様に差異の違いはあれど、四者一様に共通して────気を失い、戦闘不能に陥っていた。

 

 ロンベルら四人を倒した、他の誰でもない張本人たるクラハは、彼らに一瞥もすることなく。ゆっくりとした、日常(いつも)通りの歩みで。平然と、静かに先へ進み。

 

「……」

 

 そうして、遂に辿り着いた。時間にして約十分と少しという。複数人の、それも指を折って数えられる程の実力者である《A》冒険者を相手取ったにしては。些か短い時間を費やして、ようやっとクラハは辿り着いた。

 

 路地裏の狭まった奥。埃で薄汚れた、安物の寝台(ベッド)。その上に寝かされている、赤髪の少女の元へ。

 

 少女は眠っていた。整った寝息を静かに立てながら、頬をほんの僅かに上気させながら。疲労と快楽の余韻が未だに残る、何処か心地良さそうで艶かしい寝顔を晒しながら。彼女はその寝台の上で、眠っていた。

 

「…………」

 

 そんな少女の寝姿を。そんな彼女の寝顔を。クラハはただ、黙って。無言で眺める。数分、十数分────こうして時間が過ぎるのも構わず、(いと)わずに。そうして、彼は眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラハ」

 

 唐突に、その声が頭の中に響く。残響する声に続いて、その光景もまた脳裏に()ぎる。

 

『その……何だ。ひ、久しぶりだな。元気してたか?────クラハ』

 

 響くその声と、過ぎる光景に対して。ただ一言、クラハが呟く。

 

「違う」

 

 

 

 

 

『祝福なんかじゃねえっての』

 

 

 

 

 

 直後、響く声は同じだが。過ぎる光景は変わった。そしてそれも、クラハは否定する。

 

「違う」

 

 

 

『服は百歩いや千歩譲って着てやるけどっ』

 

 

 

 それもまた、クラハは否定する。

 

「違う」

 

『ちょっと、お前に訊きたいことがあってさ』

 

「違う」

 

『本当に、そう思ってんのか?()()俺が……先輩だって、お前は本気で思えんのか?』

 

「違う」

 

『すまん。鍵すんの、忘れてた。……ん』

 

「違う」

 

『なんだって、おれがおんななんかになんなきゃいけねえんだよぉ……ひっく』

 

「違う」

 

『……これが、大丈夫に見えんのか?』

 

「違う」

 

『俺はお前の先輩なんだよ。なのに、なのに……っ』

 

「違う」

 

『助けに来てくれて、あんがと。……じゃあな』

 

「違う」

 

『お前がそう思ってるんなら、俺は……それで……』

 

「違う」

 

『義理、とか……道理とかじゃあ、なくて。俺はただ、お前が心配で……だから、その』

 

「違う」

 

『受付嬢じゃ、駄目なのか。先輩じゃなきゃ不安になるのも心配すんのも死ぬなって思うのも……駄目なのか』

 

 何度否定しても。幾度否定しても。その度に、言葉が響く。光景が過ぎる。響いては過って、過っては響いて。それを何度も、幾度も、永遠と繰り返す。

 

 堪え難い苦痛。度し難い心労。御し難い狂気。それらが滅茶苦茶に混ぜ合わされ、無茶苦茶に()い交ぜにされて。見るも恐ろしく悍ましい極彩色の、名状し難いナニかと化して。

 

 クラハを苛烈に責め立て、非情に苛み続け、酷薄に追い詰め────ただひたすらに、彼を正気の沙汰から追い出す。

 

 一時(いっとき)か、一瞬か。何時(いつ)己という、確固たる自我が。揺らぎ薄らぎ、消え失せてしまうのか。そもそも、今こうしている自分は、果たして()()()()()()()()────そんな、拭い去れない言い知れぬ不安が。胸中に広がり、あっという間に侵食し尽くし。

 

 その傍らで、クラハは呼ばれる。彼はその声に、呼ばれている。

 

 クラハの頭の中で聞こえているはずのその声が、彼のすぐ耳元で聞こえてくる。

 

「クラハ」

 

 何度も。

 

「クラハ」

 

 幾度も。

 

「クラハ」

 

 そして、永遠に。

 

 

 

 

 

「クラハ!」

 

「クラハ?」

 

「クラハ……」

 

「クラハッ!!」

 

「クラハ!?」

 

「…………クラ、ハ」

 

 

 

 

 

「違う、違う、違う……」

 

 顔を俯かせ、耳を塞ぎ、目を見開かせ。恐れと怯えに震える声音で、弱々しく呟くクラハを────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、俺を殺したんだ?……クラハ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────その、胸を血で染め上げた、赤髪の少女が。正気の沙汰から、突き飛ばした。

 

「違うッ!違うッ!!違うだろぉ!?」

 

 耳を塞いでいたその手で頭を掻き毟り。頭皮を引っ掻き、爪の間に(こそ)いだ肉を詰め、赤く染めながら。半狂乱になって、クラハは独りその場で叫ぶ。叫んで、取り憑かれたようにそう呟き続ける。

 

「君はお前はあなたはこいつはそいつは違う違う違う違う君は違うお前は違うあなたは違うこいつは違うそいつは違う」

 

 そして不意に、クラハは寝台(ベッド)の少女を睨みつけ、再度叫んだ。

 

「この子は、先輩じゃない!!この子は先輩なんかじゃないッ!!先輩じゃあないんだあッ!!!だから、だから……っ」

 

 顔を歪め、表情を悲痛に歪ませて。そうして、クラハは心底苦しみ痛みに喘ぎながら、吐き捨てるように呟いた。

 

「僕は、ラグナ先輩を、殺してなんか……ないんだ…………」

 

 そう呟いたクラハの視界に、少女の姿が映り込む。ありありと、()りの(まま)、その全てが。

 

「……君は、違う」

 

 見るに堪えない、あまりにも酷い表情をしながら。それに見合った声音で、クラハが言う。

 

「なのに、どうして……どうすれば……僕はどうすれば、いいんだよ……」

 

 そう言って、クラハはまた黙り込み。が、すぐさま彼は自嘲の笑みを、その酷過ぎる表情に貼り付けた。

 

「わかってる。わかっているんだ。一体どうしたらいいのか……一体どうすればいいのか。そんなこと、もうとっくのとうにわかり切ってる」

 

 と、まるで何もかもを諦めたような声音と何もかもを放り出すような口調で。何処か開き直るようにクラハはそう言うと、徐に────己の腰に下げた、長剣(ロングソード)の柄に手をやった。手をやり、握り込んだ。

 

「大したことじゃない。別にこれが二度目や三度目でも、ましてや初めてでもない。今更、本当に大したことじゃないんだ」

 

 そして誰かに言い訳でもするかのようにそう言って、クラハは。長剣を、鞘から引き抜くのだった。

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