ストーリー・フェイト──最強の《SS》冒険者(ランカー)な僕の先輩がただのクソ雑魚美少女になった話──   作:白糖黒鍵

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先輩の『あの』日——伝説のスライムの噂

「『ヴィブロ平原』に潜む、伝説のスライムの噂だよ」

 

 笑顔を携え、グィンさんはそう僕に言った。

 

 ——伝説の、スライム……?

 

 そんな噂、全く以て耳にした覚えはない。僕が首を傾げていると、グィンさんがそのままの笑顔を保ったまま、その伝説のスライムの噂とやらの内容を話し始めるのだった。

 

「いつだったかなあ……ウインドア君も、ブレイズ君もまだ『大翼の不死鳥(フェニシオン)』に所属していない頃の時かな」

 

「そ、それはまた、だいぶ前ですね……」

 

 僕が知る限り、先輩は十代前半から既に『大翼の不死鳥』所属の冒険者(ランカー)になっていて、当の僕は十六歳の時に『大翼の不死鳥』の冒険者となった。

 

 それよりも前となると……本当に、随分と古い噂だ。

 

「私が執務室で山のような仕事を片付けていた時にね、突然こんな興味深い報告が入ったのさ」

 

「報告、ですか?」

 

 頷きながら、グィンさんは続ける。

 

「なんでも、『ヴィブロ平原』でね——虹色に輝くスライムのような、謎の魔物(モンスター)を『大翼の不死鳥』の一人の冒険者が目撃したらしいんだ」

 

「に、虹色に輝く……?」

 

 確かに、そんなスライム見たことも聞いたこともない。

 

「当然その冒険者は捕まえようとしたらしいんだけど、尋常じゃない速さでその場から一瞬で逃げ去ってしまったらしいんだ。……それで、まだ仕事の途中だったんだけど、どうしてもそれが気になっちゃって……こっそり、個人的に調べてみたんだよね」

 

 言いながら、僕に向けて軽くウィンクするグィンさん。取り敢えず僕は苦笑いを返すが、内心ではなにやってんだこの人、と呆れていた。

 

 そんな僕の内心に気づかないまま、少し興奮するようにグィンは話を続ける。

 

「すると面白いことにね、そのスライムらしき謎の魔物について記された文献があったんだ。……まあ、文献といってもほとんど御伽噺みたいな内容だったけど」

 

「へえ……一体どんな風に書かれてたんですか?」

 

 僕がそう訊くと、グィンさんはこう語った。

 

 

 

 ————太古の時代、この世全ての叡智をその身に蓄えた、賢者の如き魔物が存在していた。七色に光り輝く不定の身体を持ち、ある時には鳥、ある時には獣の姿となりて、古に生きた人々を、その膨大なる叡智を以て、導いた————

 

 

 

「……とまあ、こんな感じの内容だったよ」

 

「…………」

 

 確かに、御伽噺というか伝説のような内容だった。それにその賢者の如き魔物というのが、スライムであるとも明言されていない。

 

 されてはないが、しかし……その特徴——七色に輝く、不定の身体——を聞く限り、概ね一致してはいる。

 

 後半の鳥や獣の姿になる、というのは少しアレだが……。

 

 ——この世全ての叡智……か。

 

「この世全ての叡智、ということはそれを得るために、その魔物は恐らく凄まじい経験を積んだことだろうねえ……それはもう、気が遠くなるような経験値(・・・)を、ね?」

 

 そんな言葉と共に、再度ウィンクを送ってくるグィンさん。何故彼がこんな噂を引き合いに出してきたのか、その発言でわかった。

 

「ありがとうございます。面白い噂でした」

 

「だろう?だけどまあ、あくまでも噂の範疇だからね。そこだけはよろしくね?」

 

「わかってますよ」

 

 グィンさんにそう言って、僕は椅子から立ち上がった。

 

「先輩。話が終わったのでそろそろ行きま……しょう?」

 

 先輩は、椅子に座りながら、やはり何処か気怠そうにしていた。心なしか、その表情も固いというか、なにかを堪えているというか……。

 

 数秒遅れて、先輩が僕の声に反応する。

 

「うぇ?あ、お、おうそうか。んじゃ行こうぜ」

 

「……あの、先輩」

 

 流石にこれには、僕も無視できなかった。

 

「やっぱり、朝から変ですよ……先輩。身体の調子が悪いんじゃ「へっ、平気だってさっきからずっと言ってるだろ?あれだよ、あれ。ちょっとぼーっとしてただけ。だから大丈夫だ」………わかり、ました」

 

 そう、笑顔で言ってくる先輩に、胸の中に苦い棘が刺さりつつも、僕はそれ以上はなにも言えなくなってしまった。

 

 

 

 …………本当に、この時踏み込まなかった自分をぶっ飛ばしたい。


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