ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
「あのー、すみませーーーん。『
突如として開かれた
その声の主が、返答も待たずに中にへと入ってくる。突然の来訪者に、その場の誰もが静止し、沈黙した。
「…………え?なんです、この空気」
押し黙ってしまった周囲の
——誰だ……?
グラス片手に、僕はその来訪者の姿を眺めた。
少女、である。
幼げ、ではなく幼い顔立ちで、遠目から見れば非常に精巧に作られた可愛らしい人形のように見える。
そして何よりも目を惹くのは————その瞳であった
あまりにも、特異性に溢れた瞳だった。一体どういう原理でそうなっているのか、こうして呆気に取られている間にもまた色が変わっている。
「んー………」
他に二つとないであろう瞳を有した少女は、困惑しながらも、周囲の冒険者たちの視線を集めながら歩き進む。
そして————
「そこのあなた、ちょっといいですか?」
————僕と先輩の前まで辿り着き、そして僕に向かって指を指しながらそう言ってきた。
「…………え?ぼ、僕ですか?」
「はい。あなたです」
「『大翼の不死鳥』は、この冒険者組合で合ってます?」
少女の
すると少女は
「なら良かったです……疲れた」
——……いやいや。
思わず呆気に取られてしまっていたが、僕は慌てて少女に訊き返す。
「えっと、君は一体「すまない。『大翼の不死鳥』という冒険者組合は、こちらで合っているのだろうか?」………はい?」
再度、突如としてまた別の、全く聞き覚えのない声が冒険者組合内で響いた。凛として、芯の通った声だ。
反射的に顔を向けると——そこには、一人の女性が立っていた。
「…………ふむ。見たところ、酒盛りの途中だったのか?」
少女も少女で珍しい身なりをしていたが、その女性もこの辺り——というかこの地方ではまず見かけない服装をしていた。
——あれは確か……キモノ、だったか?極東特有の衣服の。
周囲からは明らかに浮いた格好である。だが、息を呑むほどにそれはその女性に似合っていた。
濡羽色と形容するのに相応しい、さらりと伸びた黒髪。切れ長の、しかし不思議と威圧感を感じさせない黒曜石のような黒い瞳。
そして何より目立つ、腰に差した得物——確かあれも極東に伝わるというカタナ、と呼ばれる剣の一種だ。
あともう一点、その女性の特徴を付け加えるのなら、女性にしてはかなりの高身長ということである。少なくとも僕の身長は越している。
椅子に座って、テーブルに突っ伏している白ローブの少女同様、そのキモノ姿の女性は周囲を見回しながら、ゆっくりとこちらの方にまで歩いてきた。
「そこの君、ちょっと宜しいかな?」
——ま、また僕か…………。
心の中でそう呟きながら、僕は口を開く。
「は、はい……な、なんですか?」
「そう固くならないでくれ。少し訊きたいことがあるだけなんだ」
キモノ姿の女性が僕の顔を覗き込むようにしてそう言ってくる。
その女性は、綺麗だった。先輩とも、先ほどの少女とも全く違う。可愛らしさなど欠片もない、美麗さを突き詰めた顔立ち。
だがそれと同じくらいに——酷く、冷たい美貌でもある。まるで抜身の刃のような、女性のものにしてはあまりにも鋭過ぎる。
——ていうか、この人も近いな…………!
詰められた距離による圧迫感に、僕が顔を引き攣らせている中、その女性は言ってくる。
「実は『大翼の不死鳥』という冒険者組合を探しているのだが、ここでいいのだろうか?」
「そ、そうですね。ここです、よ……」
「ふむ、そうか。答えてくれてありがとう。助かっ……」
女性はそう礼を言いながら、僕に頭を下げようとした直前のことだった。
黒曜石のような瞳が、僕の隣に座る先輩を捉えて、時が止まったかのように彼女は硬直した。
「…………な、なんだよ?俺の顔になんか付いてんのか?」
流石の先輩もその眼差しに堪えられなかったのか、若干怯えつつもそう訊くと——何を思ったのか女性は即座に跪いた。
もう一度言う。先輩に対して、少しも躊躇うことなく、彼女は跪いた。
「…………うぇ?」
女性の奇行に、先輩がそんな珍妙な声を上げる。僕も無言ではあったが、内心先輩と同じような境地にいた。
「挨拶が遅れてすまない。私はサクラ=アザミヤと言う。……もし、差し支えなければ、貴女の御名前も聞かせて欲しい——可愛らしいお嬢さん?」
無駄にキリッとした凛々しい表情で、無駄にキリッとさせた凛々しい声でキモノ姿の女性——サクラ=アザミヤは先輩にそう尋ねる。
対して先輩は、女性の、女性でありながらその紳士然とした態度に完全に引いていた。
「え、えっと……俺、ラグナ………」
「ラグナ、ラグナか——ではラグナ嬢。宜しければ私とお茶でも如何かな?先ほどあちらに雰囲気の素晴らしい喫茶店を見つけてね、是非とも午後の時間を貴女と過ごしたい」
「は、はあ……?」
…………なんということだろう。あろうことか、先輩が口説かれている。今は女の子である先輩が、僕の目の前で。
しかも今だけなら一応は同性の、女性相手に。
想像もし得なかった光景に、唖然としながらも、僕はハッと我に返り、慌てて椅子から立ち上がった。
「ちょ、なにを言って「予想よりも少しお早い到着でしたね、お二人方」……グィンさん?」
僕の言葉を遮るようにして、奥から登場してきたのはこの
「………………」
グィンさんが、突如として現れた少女と女性を交互に見やる。
椅子に座ったかと思えば、目を離した隙にテーブルに突っ伏して寝ている少女と。
未だ熱い言葉を以て先輩を口説こうとしている女性を。
そんな二人を見やって、それから彼は僕の方にゆっくりと、困ったような笑顔を向けた。
「ウインドア君。これ一体どういう状況なのかな?」
「………どういう、状況なのかと訊かれても。そもそも、この人たちは一体誰ですか?貴方は知っているんですよね?グィンさん」
僕が逆にそう訊くと、グィンさんは少し困ったような笑顔を浮かべて、少し間を置いてから——
「『極剣聖』と『天魔王』——そう呼ばれている、《SS》
——そう、言ったのだった。
「……………………え?」
僕は、もう一度見やる。
未だテーブルに突っ伏して寝ている白ローブの少女と。
先輩が明らかに嫌がっているのにもかかわらず熱心にアプローチするキモノ姿の女性を。
見やって————数秒後、
「えええぇぇぇぇぇええええええッッッ!?!?」
死ぬほど驚くのだった。