ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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さようなら

「…………」

 

 夜明けの日差しを浴びながら、クラハ=ウインドアはその門の前に。彼はオールティアの街門の前に独り、突っ立っていた。

 

 早朝になってまだ幾何(いくばく)も経っていない為に、街は未だ静けさが漂い、包み込んでいるが。あと一時間もしない内にそれぞれの店を持つ者は皆、寝所の床からその身を起こし、開店の準備を始めるだろう。

 

 それに少し遅れて、街の住民らも起きて。宿に泊まる旅人たちも続くようにして起きて。そうして、またこの街の一日が始まる。

 

「……」

 

 が、もはやクラハにそれを見届ける気など毛頭なく。彼は最後に街を一瞥し、微塵の未練も残さず、その場から歩き出し。一切躊躇うことなく、街門を通り抜け────そして、彼はオールティアを後にした。

 

 眼前に続く整備された公道と、その先に広がる草原を。何の感情も感慨も感じられない、人形以上の無表情で、ただ眺めて。

 

 ──さようなら。

 

 と、凪いだ水面が如きその心の中で呟いたクラハが一歩、前へ踏み出す────その直後。

 

 

 

「別れの挨拶くらい済ましてけよ、クラハ」

 

 

 

 不意に、背後からそう声をかけられ。クラハは再びその場に立ち止まり、少しの間を挟んでから、ゆっくりと振り返る。

 

 そこにいたのは、ロックスだった。オールティアの街門に背を預けて立つ、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』所属の《S》冒険者(ランカー)にして。冒険隊(チーム)『夜明けの陽』の一員の男────ロックス=ガンヴィルであった。

 

「いつの間にそんな薄情な奴になっちまったんだ。それとも何か?別れを告げるに値しないってか、『大翼の不死鳥』(おれら)は。お前にとってはもうどうでもいいのか、そんなにも」

 

 ロックスは怒りとも嘆きとも取れるような、そんな曖昧で微妙な表情を浮かべ、振り返ったクラハにぶっきらぼうにそう言い。

 

「僕はもう『大翼の不死鳥』とは無関係ですから」

 

 対して、クラハは浮かべているその無表情を僅かに崩すことなく、そう返すのだった。

 

 普通(まとも)な人間性を持っているならば、口に出すことを躊躇い、言い淀むだろうその言葉を。しかし、クラハは平然と言ってのけ。

 

「だからこの街を出てくのか。そうやって、逃げ出すってのか。クラハよ」

 

 故にだからこそ、ロックスもまた歯に衣着せぬその言葉を口に出し、クラハにぶつけた。

 

 クラハとロックス、二人の間で沈黙が流れる。とてもではないが居た堪れない静寂が続き。

 

「そうかい。ああ、そうかいそうかい……」

 

 それを最初に破ったのはロックスで、それからふと思い出したように彼がクラハに訊ねる。

 

「そういや『大翼の不死鳥』の仮眠室で、ラグナが寝かされてたんだが……何か知ってるか」

 

「いいえ」

 

 質問に即答したクラハを、ロックスはまるで見定めるように眺め。やがて、彼は諦めるように嘆息した。

 

「ま、何をしようもするのもお前の勝手だ。好きにしろ。……けどな、これだけは言っておくぞ」

 

 そして今一度、真剣に。有無を言わせない雰囲気を放ちながら、ロックスはクラハにそう告げる。

 

「お前は()()()()()()()()。そのつもりなら勘違いも甚だしいこと極まりねえ。お前は()()()()()()。……そこんとこ、忘れんじゃねえぞ。クラハ=ウインドア」

 

 その言葉に対して、クラハが言葉を返すことはなく。彼はついぞ最後までその顔に浮かべている無表情を崩さず乱さず、踵を返し。ロックスに背を向け、歩き出す。彼の足が止まることは、もうない。

 

「……結局、こうなったか。こうなるしか、なかったのか」

 

 あと数分も経たない内にこちらの視界から消え失せるのだろう、遠去かって行くその背中を見つめながら。やがてロックスは独りそう呟き、苦々しく顔を歪める。それから彼は頭上を、夜明けの空を見上げ。そして、吐き捨てるかのように。

 

「こうなった。こうなったぞ、こうなっちまったよ。これで満足か。見たかった現実(モン)が見れて、満足したのかよ」

 

 そんな言葉を口に出したロックスだが、果たしてそれが一体誰に対して向けられた言葉なのかは、彼のみぞ知ることであり。

 

 再度街門の外、公道と草原の方をロックスは見やるが。やはり、彼の視界に誰かの姿が。ましてやその背中が映ることは、もう二度となかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「傑作だぁ!!こいつぁ傑作だあ!!ハハハハハ!ヒャアハハハハッ!!最高だ!完璧だ!実に、実に良い見せ物だった!」

 

 オールティアの時計塔。この街で一番高いその建造物の、天辺に立ち。その男は今すぐにでも転げ回りそうな程に大笑いする。

 

「それで、満足?満足したかって?ああ、満足満足、満足…………できる訳ねえだろうがよぉおおお!!!これでよおおおおお!!!こんなんでよぉぉおぉおおおぉぉぉっっっ!!!!」

 

 そしてすぐさま、男は激昂して叫ぶ。

 

「まだだまだだまだだまだまだまだまだまだまだまだまだァ……まだ!まだ!!まだだあッ!!!こんなんじゃ、満足なんてできねえッ!!!」

 

 血走った目を爛々と輝かせ、轟々と燃やしながら。その顔に酷く凶々しく邪悪な、底なしの狂気を現しながら。早朝の街中に響かせんと、男が叫び続ける。

 

「最低最悪の同類同族ッ!それにはまだ遠いッ!まだ程遠いッ!けど俺ぁ、信じてるぜ!?あげゃげゃげゃッ!なあ……クラハァァァアッヒャッヒャッヒャハハハハッ!!!」

 

 男────ライザー=アシュヴァツグフは、いつまでも叫び続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、全ては崩壊した。

 

 

 

 

 

「…………貴方はどうして、ラグナを助けてくれなかったの?貴方はどうして、ラグナを救ってくれなかったの?」

 

 

 

 

 

 或る者は遺恨に抱かれ。

 

 

 

 

 

「こうなった。こうなったぞ、こうなっちまったよ。これで満足か。見たかった現実(モン)が見れて、満足したのかよ」

 

 

 

 

 

 或る者は後悔に囚われ。

 

 

 

 

 

「どうしてこうなったんだろうねえ……」

 

 

 

 

 

 或る者は途方に暮れ。

 

 

 

 

 

「やってみろ?なあ、おい……遠慮!容赦なく!やってみせろよ!?なあッ!!おいッ!!クラハ=ウインドアァァァァッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 或る者は憎悪に掴まれ。

 

 

 

 

「最低最悪の同類同族ッ!それにはまだ遠いッ!まだ程遠いッ!けど俺ぁ、信じてるぜ!?あげゃげゃげゃッ!なあ……クラハァァァアッヒャッヒャッヒャハハハハッ!!!」

 

 

 

 或る者は狂気に駆られ。

 

 

 

 

 

 

 そうして、全ては崩れた。そうして、全ては壊れた。

 

 棄てた存在(モノ)と諦めた存在────その二人(ふたつ)が、この結末を(もたら)し。

 

 そして今、(いよいよ)以て。終焉(おわり)が、遂に始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロンベルにガロー、それとクライド、ヴェッチャ。あいつらがいきなり消息を絶ってから早三日、依然として居場所や目撃はおろか些細な情報ですらからっきしです、ええ。捜索のしがいがあるってもんですよ全く」

 

 と、気を憚らず遠慮することなく愚痴と皮肉を溢して、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の《S》冒険者(ランカー)────ロックス=ガンヴィルは参ったようにため息を吐く。

 

「まあまあ。極東(イザナ)に『果報は寝て待て』という、良い知らせは自ずと向こうから来てくれるという意味の言葉があるんだ。焦って急いでも仕方がない」

 

 そんなロックスを宥め労うかのように、山の如く積み重なった大量の書類や資料が乗る執務机と向かい合うように、椅子に座る『大翼の不死鳥』GM(ギルドマスター)────グィン=アルドナテがそう言う。

 

「そりゃあそうなんですがねぇ……有数の《A》冒険者がこうも消えたとなると、焦って急ぎたくもなりますって。というか、俺はともかく貴方は少しくらい慌てるべきなのでは?GM」

 

「そうしたところで無事、彼らがここに帰ってくるのならね」

 

「……すみません。口が過ぎました」

 

 そこで一旦、ロックスとグィンの会話は途切れ。少しの間、インクが滲むペン先が、紙に擦れる音だけが執務室に響くが。不意にそれも止むと同時に、グィンが再度口を開かせた。

 

()の行方も未だわからず終い、か」

 

 という、グィンの呟きに対して。ロックスが何かを言うことはなく。そんな彼を責めず、グィンは続けて呟く。

 

「それはそうと、メルネは相変わらずなのかい?」

 

「……付きっきりですよ。今だって」

 

 その問いかけに対しては、少しの沈黙を挟んだとはいえ、ロックスは苦々しく、やるせない声音でそう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、三日よ。もう三日、過ぎちゃったのよ……?」

 

大翼の不死鳥(フェニシオン)』の仮眠室で、そんな声が。悲しさに揺れ、寂しさに震え、切なさに濡れた声が静かに響く。

 

「皆待ってるの。『大翼の不死鳥』の皆も……クーネリアもフィルエットもシシリーも。ロックスもGM(ギルドマスター)も、私だって……皆、待ってるから。だから、ね……?」

 

 声の主────『大翼の不死鳥』の代表受付嬢たる彼女、メルネ=クリスタは。その声と全く同じ表情を顔に浮かべながら、今すぐにでも泣き崩れそうになりながら、彼女が言う。

 

「お願い、目を覚まして。目を開けて、今すぐにでも起きて…………ラグナ」

 

 言って、メルネはその手で。寝台(ベッド)の上で静かに眠る、燃え盛る紅蓮の赤髪の少女────ラグナの顔を。そっと、割れ物に────軽く触れただけで崩れて壊れて、消えて失くなってしまいそうな。そんな酷く脆く、そして儚い存在(モノ)に、そうするように。彼女はその可愛らしい無警戒で無防備なラグナの寝顔を、撫でやった。

 

「ラグナ……!」

 

 ただ、聞きたかった。また、聴きたかった。ラグナの言葉を、ラグナの声音を。他の誰でもないラグナの口から、もう一度。たったの一度だけでも構わないから。そんな切実な想いと願いを、その胸に抱くメルネ。

 

 しかし、理解している。このような理想(ゆめ)に対して、現実は殊更に厳しく、酷薄であることを。三日前から今に至るまでの、この自らの行いが徒労でしかなく、無駄に終わるのだということを。とっくのとうに────否、最初からメルネは理解し切っている。

 

 だがそれでも、想わずにはいられず。願わずにはいられず。故にだからこそ、わかっていても、理解していても。メルネはそうし続けてきた。目を覚そうとも、瞳を開こうともしないラグナを撫でてきた。

 

 この想いと願いが、決して叶わぬものであると認め、諦めながらも──────────

 

 

 

 

 

「……ラグナ。私、そろそろ戻らなくちゃいけないから。ごめんね、また後で来るから、待ってて頂戴ね」

 

 数分、そうしてラグナを傍で見守っていたメルネであったが。『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の代表受付嬢という立場上、それ以上こうして見守り続けるのは難しく。メルネは心苦しい表情で眠るラグナに、憚られながらもそう伝えると、椅子から立ち上がって踵を返し。

 

 そしてこの仮眠室から立ち去ろうと、メルネは歩き出した────その、数歩目。

 

 

 

 

 

「……ん……ぁ、ぅ……」

 

 

 

 

 

 そんな声が。この静寂の最中でなければ聴き落としてしまうだろう、その小さな呻き声を。はっきりと、確かにメルネは聴き取った。

 

 ──……え……?

 

 確かに聴き取りはしたものの、しかしそれでも信じられないように、メルネは心の中でそう漏らし。否応に無意識にも心臓を高鳴らせながら、恐る恐ると彼女は振り返る。

 

 そしてメルネは、あれ程までに切望した、その理想(ゆめ)を目の当たりにした。

 

「ラグナ……ッ!?ラグナ!ラグナ!!」

 

 もうこの部屋から立ち去ろうなどとは考えもせず、その場に突っ立っていることもできず。メルネは堪らずその名前を叫んで、寝台(ベッド)の元まで────否、ゆっくりと()()()()()()()()()ラグナの元まで、駆け寄る。

 

「っ?」

 

 対する寝台のラグナといえば、寝起き直後でまだ微睡んでいるところに、不意打ちの如く部屋に響き渡ったメルネの声に驚き。肩を跳ねさせると同時に、咄嗟にメルネの方へと顔を向け。

 

 ギュッ──それとほぼ同時に、メルネがラグナを抱き締めたのだった。

 

「やっと、やっとっ……目を覚ましてくれた……っ!この三日間、ずっと心配で、不安で、堪らなくて、私、私は……!」

 

 と、吐露するメルネの声には。その言葉にある通りの、極度の不安と。それと同等の安堵が入り混じっており。その声音のままに、彼女は続ける。

 

「でも本当に、よかった……目を覚ましてくれて、本当にありがとう……ラグナ」

 

 そうして、ラグナの身体を抱き締めたまま、決して離そうとはしないメルネ。そんな彼女に対し、当のラグナは────

 

 

 

「…………あの、ラグナって……()()()()()()()()()()

 

 

 

 ────と、困惑した、ひたすらに戸惑った、けれど落ち着き払った(たお)やか声音で。そんな、あり得ない、あるべくもない、あってはならない質問を、メルネに投げかけ。その質問を彼女が理解する、その前に。

 

 

 

 

 

「それと、その……貴女は一体、()()()()()()……?」

 

 

 

 

 

 知己の関係であるはずのメルネに対して、ラグナはそう訊ねるのだった。

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