ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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殺すつもりはなかったのに

「そう怯えるな、少女よ。安心するがいい——一瞬の苦痛を感じることなく、貴様は昇天を迎えられるのだから」

 

『輝闇堕神』フォールンダウンが天高く舞い上がる。

 

 対して、白ローブの少女は逃げる素振りすら見せず、頭上に浮遊する堕天使を呑気に見上げる。

 

「………ふむ。恐怖のあまり、感情が死んでしまったようだな。哀れ、哀れなり」

 

 まるで彫刻のような、完璧なる美貌を、堕天使は憐憫に染める。だがそれは所詮上っ面だけの、偽りのものだ。

 

 腕を振り上げ、フォールンダウンが高々と少女に向けて言い放つ。

 

「嘆くな、少女よ。これは終焉(おわり)ではない——次代への、開始(はじまり)である」

 

 瞬間、フォールンダウンの腕に魔力が、爆発的に集中する。そして秒が過ぎるごとに、純白の輝きが溢れていく。

 

「さあ受け入れよ。これは、新しき来世(せかい)の、洗礼だ————」

 

 輝きが、フォールンダウンの腕から離れる——直前、少女がその口を開いた。

 

 

 

「想像以上です」

 

 

 

 それは、聞き様によっては、フォールンダウンへの賞賛の言葉に聞こえただろう。少なくとも、フォールンダウン自身はそう捉えた。

 

 ——だが、その認識は誤っていた。

 

「想像以上、想像以上に——期待外れ」

 

 酷く、酷く落胆するように。少女はわざとらしく肩を竦めてみせる。

 

「なんですか、その姿?無駄にキラキラしてるだけじゃないですか。後ろの翼も安っぽいし、大した魔力もないし。仰々しいにも程がありますよ——『輝闇堕神』様」

 

 そう言って最後に、小馬鹿にしたような表情を少女はフォールンダウンに向けた。

 

「………………ハハ、ハハハハハ……」

 

 嗤う。上空の堕天使(フォールンダウン)が、嗤う。

 

 それと同時に今すぐにでも放たれようとしていた腕の輝きが、一瞬にして消え失せた。

 

「面白い、面白いぞ少女——いや小娘よ」

 

 その代わりに、今度はその背から差していた七つの後光が、急激にその輝きを強めていく。

 

「面白くて面白くて………………腹が立つ」

 

 その呟きは、非常に低く殺意に満ち溢れていた。

 

「撤回しよう小娘。貴様は不幸でも薄幸でもない、その身に余るほど、幸運だ」

 

 全くそうとは思っていない声で、フォールンダウンは少女を指差す。

 

 すると、眩く輝いていた七つの後光全てが少女に飛来し、取り囲むようにその周囲を回りながら浮遊する。

 

「感謝しろ。盛大に、その生命全てを使って、感謝するがいい」

 

 フォールンダウンの言葉が響く。荒野に響き渡る。それに比例して、少女を囲む後光の輝きが増していく。

 

「なにせこれから貴様は、我らが偉大なる御方により、直々に贈られた奇跡によって、魂の一片も残さず消滅できるのだから」

 

 不意に、少女の足元から数十本の光り輝く鎖が伸び、瞬く間に少女の身体に巻きつき、拘束してしまう。

 

「さあ、受け入れろ。奇跡を、我らが偉大なる御方の奇跡を。さあ、さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあぁぁぁぁ……!!」

 

 七つの後光全てが輝く。強く、強く。そして放たれる光と光が、互いに互いと結びつき、絡み、やがて一本の柱にへと変化していく。

 

 それは、奇跡などという代物ではない。一度解放されたのならば、その周りにある全ての存在(モノ)をただ一方的に消去する、神代の魔法。

 

「受け入れろ、小娘ェェェェエエエエエエッッッ!!!!」

 

『輝闇堕神』が叫ぶと同時に、後光は—————

 

 

 

 

 

「……はあ、雑っっっ魚」

 

 

 

 

 

 —————その力を発揮することなく、容易く呆気なく、少女を縛っていた光の鎖とともに七つ全てが粒子となって消え失せた。

 

「………………な、な」

 

 そこで初めて、フォールンダウンの余裕が崩れ始めた。

 

「ば、馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!?きさ、貴様ァ!!一体、今一体なにをしたッ!?」

 

 みっともなく取り乱して、喚くフォールンダウンに、侮蔑の眼差しを向けながら少女が言う。

 

「なにをって、別にただあなたの魔法を無効化(ディスペル)しただけですけど……なにか?」

 

「ふざけるなぁあぁあぁぁぁあああぁぁッッッ!!!」

 

 頭を掻き毟り、一心不乱に八枚の翼を出鱈目に羽ばたかせながら、フォールンダウンは狂乱する。

 

「奇跡だぞ!?全てを創造せし主の、全てを生みし我らが御方の、崇高なる奇跡——神代の大魔法、【七冠の神裁(セブンス・オブ・ジャッジメント)】だぞッ!?たかだか人族の小娘風情が、無効化などできるはずがないッッ!!!」

 

「知ってますよ。私も使えますし、それ」

 

「なにぃぃいっ!?」

 

 ふあぁ、と。あくびを漏らしながら、心底どうでもよさそうに少女は続ける。

 

「でもそれ魔力の消費量の割に威力がイマイチなんですよねー。発動も遅いし、まあざっくり言っちゃうと使えない魔法ですね」

 

「あ、あり得ない。あり得ない、あり得ないあり得ないこんなことあってはならない……偉大なる御方の恩恵も受けず、そんなことあるはずが…………!」

 

「………んー。なんか、可哀想になってきたなぁ——あ、そうだ」

 

 なにか思いついたように少女はそう呟いて——次の瞬間、その場から消えた(・・・)

 

「!?」

 

 フォールンダウンは驚愕する。何故なら、さっきまで地上にいたはずの少女が、気がつけば目の前にいたのだから。

 

 己と同じく浮遊する少女が、ぴっと小さな人差し指をこちらに突きつける。

 

「ちょいっとな」

 

 その指先から放たれたのは、極小の球だった。それは宙を真っ直ぐ飛び、スッとフォールンダウンの胸にへと沈み込んだ。

 

「…………?な、なん——

 

 異変は、すぐに訪れた。

 

 ——ぉ、ご……ぐ、ぃっ、ぎぁああ……!??!!」

 

 ボゴボゴ、と。そんな異音を鳴らしながらフォールンダウンの身体が膨れ上がる。背中の翼が、次々と腐り落ちていく。頭上にあった銀の輪が、錆びて朽ち、崩れ去っていく。

 

「げぇべばああああああッ?だ、だぢゅ、ぶごぉっ??」

 

「………………あれ?」

 

 醜く膨れ上がっていくフォールンダウンの姿を見て、まるで予想外というように少女が顎に指を当て、首を傾げる。

 

「いだいいだいいだぃぃぃいいいぃっからっからだっふくれっだずげ、べばあああっ」

 

 ぶくぶく。ぶくぶく。フォールンダウンだったナニかは、膨れ上がっていく。顔が、首が、胴が、四肢が、全てが醜く悍ましく、際限なく膨れ上がっていく。

 

「もぐぎぉ、ぎぼぼ、ぼごごごっ」

 

 その様は、まるで風船人形のようだった。しかし風船というのは空気を入れれば入れるほど膨らむが——限度というものがある。

 

 いつしか素材の強度が膨張する力に耐えれなくなった時、一気に破裂する。そしてそれは、目の前の風船人形(フォールンダウン)とて同じであった。

 

「や、やばっ…」

 

 結末を予測した少女が、再び消える。その瞬間————

 

 

 

「びぎゅっ」

 

 

 

 ボバンッッ——膨張する力に、とうとう耐え切れなくなったフォールンダウンの身体が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………別に、殺すつもりはなかったのに」

 

 荒野をゆっくりと進みながら、少女は呟く。

 

「まさか私の魔力をほんのちょっぴり分けただけで、ああなるとは…………本当に、期待外れだった」

 

 少女が先を見据える。

 

「まだ、目的地(オールティア)は遠いですねー」


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