ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
『厄災の予言』——数ヶ月前、
まあ、書物と言っても一枚の紙でしかなく、しかもこの世界に既に存在するどの紙でもなく、全く新しい材質である。
そして驚くことに、いかに力を込めて引っ張ろうが千切れもせず、火にかけても燃えず、水に浸けてもふやけることがない。
もはや紙なのかすら疑わしくなるが、その質感は確かに紙のそれなのだ。
そして、この『厄災の予言』には、その名の通り予言と思わしき文が書かれており、五つの名前が記されていた。
一の滅び——『
二の滅び——『
三の滅び——『
四の滅び——『
五の滅び——『
この五つの滅びこそが厄災であり、世界に
まず、一の滅びである『魔焉崩神』は既に降臨したが、ある一人の冒険者に討ち取られた。
そして残りの四つの内二つ。二の滅び『剣戟極神』と三の滅び『輝闇堕神』。それぞれ百年ごとにこの世界に降臨し、同じく終焉を齎すだろうと言われていた。
だが、何処か狂ったのか——百年どころか『魔焉崩神』襲来から一ヶ月も経たずに、あろうことか同時に現れたのだ。
今度こそ、もう終焉だろうと。この世界に生きる全ての
だが、その二つの滅びすらも、二人の
「………………」
独り椅子に座り僕——クラハ=ウインドアは、テーブルに置いたグラス、そこに注がれた
——また、救われたのか……。
『魔焉崩神』の時と同じように、絶体絶命、絶望的な窮地から。
そのことには、感謝している。だがそれと同時に——己の情けなさを痛感していた。
——なにもできてない……なにも、してないじゃないか。僕。
そう、僕はなにもしていない。なにも、できていない。
『魔焉崩神』の時も、今回も。ただ、自分の死を恐れて惨めに震えていただけだ。
立ち向かう振りだけを見せて、助けを待っていただけだ。
僕みたいな凡人など、とっくのとうに死んでいる。死んでいるはずだった。だが現にこうして僕はまだ生きている。生きて、しまっている。
戦って勝って生きているのならいい。戦って負けて死ぬのも構わない。
しかし僕は——戦わずして生きている。勝ちも負けもしないで、ただただのうのうと生きている。
——なにやってんだろうなあ僕……。
葡萄酒に映る自分の顔が、酷く情けない。本当に、どうしようもなく、情けない。できることならこのまま溶けて消えてしまいたい。
——なにが《S》冒険者だ。僕みたいな臆病者でどうしようもない奴なんかに、相応しくない肩書きだ畜生。
際限なく膨れ上がる自己嫌悪に押しつぶされそうになっている、その時だった。
「おーい。クーラーハー」
蜜柑酒が注がれたグラスを片手に、向こうから僕の先輩——ラグナ=アルティ=ブレイズが僕の方にへと歩いてきた。
「先輩…」
「お前なにしけた顔でいんだよ。折角の酒が不味くなるぞー?」
「いや……えっと……その」
燃え盛る炎のように鮮やかな赤髪。幼さが残る可憐さと、発展途上ではあるが充分な魅力を伝えさせる美麗さを綯い交ぜにした顔立ち。
街中で歩けば、十人の男が全員振り返るだろう、誰もが認める美少女だ————
かつて、
その冒険者は、公にでは三人しか確認されていない世界最強の《SS》冒険者——人でありながら、人の範疇を外れた、規格外の存在。その内の、一人。
《SS》
————そう、『男』だ。…………だったんだ。
「ん?どした?」
「……………………」
まあ、詳しい説明は省くが……とある事情によってラグナ=アルティ=ブレイズ——僕の先輩は男から『女の子』になってしまい、その上100であったはずのLvも、1になってしまっていたのだった。
「なんだよ~?言いたいことあんならはっきり言えよ~?」
「で、ですから……って先輩近い。近いですって」
気がつけば、先輩は僕の隣に座っており、面白可笑しそうに顔を綻ばせながら、自らの身体をこちらに寄せてきていた。
改めて言おう。ラグナ先輩は元男である。そして今は女の子である。それも誰もが認めるだろう美が前に付く少女である。
だが——先輩にはその自覚がない。今自分は女なのだという、自覚が全くない全くしていない。
——ああもう…………!
心臓が嫌でも早鐘を打つ。鼻腔を擽る甘い匂いに理性をぐらりと揺さぶられる。
先輩は全然気づいてくれない。全然察してくれない。ここ最近、一体どれだけ僕が
「別に近くても良いだろ?
「そ、それは以前までの話です。今は良くないんです」
こうして先輩と会話していると、無意識にも頭の片隅でここ最近あった出来事を思い出す。
——僕も、もっと前に進まなきゃ駄目だな……。
でなければ、先輩のLvを元の100にすることなど、夢のまた夢。
……自己嫌悪など、している場合じゃなかった。
テーブルのグラスを持って、葡萄酒を一気に飲み干す。そして少し先輩に離れてもらおうとした——直前だった。
「あのー、すみませーーーん。『