ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その四)

「いやー凄い!すっごいね、君!」

 

 遠慮容赦なく止めを刺された巨狼が、微動だにしなくなったことを確認し。少女は馬車の荷台から飛び降り、そう言いながら青年の元に駆け寄る。

 

「私びっくりしちゃった。その狼、最近討伐されたっていう特異個体(ユニーク)名持ち(ネームド)のデッドリーベア……あの『滅戮の暴威(キリング・タイラント)』よりもヤバかったからねー。それをこうもあっさりと、一方的に殺っちゃうなんて。しかも!素手で!」

 

 こちらは見ず知らずの赤の他人だというのに、まるで既知の友人に接するかのように、やたらと明るく話しかけてくる少女。普通であれば胡乱げな表情や不審な眼差しを彼女に向けたくなるところなのだが。

 

「……」

 

 少女に対する当人の青年はというと、感情の判別がし難い無表情を浮かべており。またそれと同じような眼差しで以て、彼はただ無言で、彼女を見つめるだけで。それはそれで、言い知れない不気味さを。否応にも覚えてしまうことだろう。

 

「それでさー、その強さを見込んでね。君にお願いしたいことがあるんだよね」

 

「……」

 

「別にそう身構えなくても大丈夫だよ。難しいことは言わないし」

 

「……」

 

 あっけらかんと底抜けに明るい少女と、依然として口を閉ざし黙り込む青年。二人はその場に、人と獣の肉塊(ざんがい)肉片(かけら)が、塵芥(ゴミ)屑滓(クズカス)のように。それぞれが地面に転がっている、死屍累々のその場に。

 

 気にもせず、構いもせず、留まる────その光景は傍目から見れば、常軌を遥かに逸しており。きっと、いや間違いなく、誰もが関わることを恐れ。見て見ぬ振りをすることだろう。

 

 そんなことはさておき。青年からの返事もないというのに、少女は意に介さず、一方的に話しかけ続ける。

 

「単刀直入に言うけど、護衛してほしいの。私訳あってこの森を抜けたくてさー。でもさっきみたいに魔物(モンスター)に襲われたら一溜まりもないんだー。私戦えないし。雇ってた護衛はあの通りだし」

 

 と、少女はまるで些細な世間話の如き軽さでそう言い、周辺に散らばる、変わり果てた『噛狗』の面々を指差す。

 

「ね?もちろん報酬は弾むよ。大盤振る舞いしちゃうよ。私金だけは持ってからね」

 

 言いながら、徐に宙に手を翳す少女。瞬間、【次元箱(ディメンション)】にも似た、しかし正確には違う、空間の穴が広がり。そこから十数枚の金貨が、少女の手に落下する。

 

「前金で百……いや三百。依頼(クエスト)達成で三千万Ors(オリス)。どう?」

 

 と、手元の金貨をこちらに見せつけながら。まるで試すかのような物言いで、訊ねる少女。

 

「……冒険者組合(ギルド)からの承認を得ていない非正規の依頼を、冒険者(ランカー)が引き受けるのは違法です」

 

 対する青年は少しの沈黙を挟んだ後、感情の抑揚が全く感じられない声でそう言う。それに対し、少女は平然と、その栗色の瞳で見つめながらこう言う。

 

「『世界冒険者組合』にバレなきゃ違法じゃないでしょ」

 

「……」

 

「あと君、冒険者()()()()()()()。なんとなくっていうか、これ女の勘なんだけど……正確には元、じゃないの?んで最近訳ありで辞めた的な?なーんて」

 

 少女の憶測は、単なる憶測とするには。些か具体的で、そして何処までも見透かしているように思えて、仕方がなかった。

 

「…………」

 

 そんな少女の言葉を、依然として黙り込んだまま、青年は聞き。数秒の沈黙を経て、その口を開かせる。

 

「すみません」

 

 そして踵を返し、少女に背を向け、青年がその場から歩き出す。そんな彼の対応と態度に、少女は慌てながらも声を上げる。

 

「ちょちょ、ちょっとちょっと!お願い!お願いだから!ねえ!ねえってば!!」

 

 と、必死で真に迫る少女の呼び止めを。しかし青年は無碍にも聞き入れず、立ち止まろうとはしない。が、それでも構わず少女は尚も彼を呼び止めようとする。

 

「私死んじゃうよ!?こんな森に一人で放置したらさあ!!見捨てるの、君!?」

 

 バッ──少女がそう叫ぶとほぼ同時に。彼女の背後の草陰から、何かが飛び出した。

 

「ギャギャギャッ!」

 

 その背丈からして、一見すると人間の子供のように思えるが。浅い緑色の肌に、濁った黄色の双眸。そして人間とは似ても似つかない、邪悪に歪んだその顔────それは歴とした魔物(モンスター)の一種、小魔鬼人(ゴブリン)であった。

 

 小魔鬼人は飛び出した勢いそのままに、腕を振り上げ、背後から少女に襲いかかる。人間の柔い皮膚を裂き、肉を切り、命を奪うには事足りるその爪が。少女の細い首を掻っ切る────直前。

 

「グブギャッ!?」

 

 小魔鬼人の首が、掴まれた。他の誰でもない、この場から立ち去ろうとしていた、青年の手によって。

 

 ゴキ──そして有無を言わさず、小魔鬼人の首が容易く()し折られた。

 

 瞬く間に絶命させられた小魔鬼人はそのまま、飛び出して来た草陰の方に、無体にも投げ捨てられ。

 

「アギャッ!?」

 

「ウゲア!」

 

 瞬間、恐らく仲間だったのだろう他の小魔鬼人たちが悲鳴を上げながら、一目散に逃げ出す。そんな光景を何をするでもなくただ眺める青年に対して、今し方彼に命を救われた少女が言う。

 

「だから言ったじゃん!死ぬって私!君馬鹿なの!?」

 

 命の恩人に対して、普通であればまず感謝の一言を述べるべきところを。さも当然の権利であるかのように、少女は青年に非難の言葉をぶつける。

 

 だが、そんな恩知らずな態度と言動に青年が憤りを見せることなく、その顔を不愉快そうに顰めさせることすらせずに。

 

「……引き受けますよ、護衛の件」

 

 そして先程の己の発言に対して、手の平を返し。青年は静かに、少女にそう告げる。

 

「え本当?やったありがとう!」

 

 先程死にかけたばかりだというのに、それをもう忘れたような勢いで。青年の了承を得た少女はその喜びを、全身を使って表し。

 

「そういえば自己紹介がまだだったよね。私は……ユア。ユアっていうんだ。それじゃあこれからよろしくね、君!」

 

 そうして意気揚々と、栗色の髪と瞳を持つその少女は、自分の名を青年────『大翼の不死鳥(フェニシオン)』に所属していた、元《S》ランクの冒険者(ランカー)、クラハ=ウインドアに明かすのだった。

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