ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その九)

「記憶喪失……だって?」

 

 と、今初めて耳にしたその単語を鸚鵡(おうむ)返しに呟くロックスに対して、彼と対面する女医────ミザリア=エスターは頷き、それから口を開く。

 

「ええ。まあ知らないのも無理はないでしょうね。何せ確認された症例が少な過ぎるから。その所為で病名もまだ付けられてなくて、記憶を失うからとりあえず記憶喪失って、私たち医者は便宜上そう呼んでるだけだし」

 

 ミザリアは机上に広げた数枚の資料と、今し方終えたばかりの検査の報告書を見やりながら。ロックス────と、『大翼の不死鳥(フェニシオン)GM(ギルドマスター)、グィン=アルドナテの二人へそう説明するのだった。

 

「病名……病気ということは、治る余地はあるのかい?治療薬もあったりするのかな?」

 

 ミザリアの説明を受け、グィンが彼女にそう訊ねる。が、彼の質問に対し、彼女は静かにその首を横に振り、言う。

 

「病気なのはそう。そうなんだけど……心の病気なのよ」

 

「……心の病気」

 

 と、そう呟くロックスはいまいちピンと来ていないようだったが。グィンの方はそうではなく、彼はその表情を複雑なものへと変えるのだった。

 

「当然だけど心……精神は肉体のように単純でわかりやすくない。肉体のように目で見てわかるものじゃないし、治そうにも手術や薬と違って一筋縄じゃいかない。それに一番の問題は……()()()()()()()()()

 

 そう言うミザリアの顔は、何処か苦々しく。だがそれを声に出すことなく、あくまでも感情に左右されない、傍観者の立場と声音で以て二人に話す。

 

「知られてないから一般人はしょうがないとして、医者であってもそうなのよ。胸糞悪いことにね。そしてそれを専門にしている医者も、世界(オヴィーリス)中含めて数えるのに片手、指の二、三本で足りるくらいしかいない。現に私も精神(そっち)方面ははっきり言ってお手上げ。……だから、これといった治し方がいつまで経っても確立されない」

 

 感情的にはならず、あくまでも淡々とそう言い終えたミザリアだったが。その最後の方だけはやるせなさと情けなさが入り混じった、彼女のそんな感情がとてもよく表れていた。

 

「……なるほど、よくわかったよ。ありがとう」

 

「礼なんて要らないわ。別に解決した訳じゃないもの」

 

 ギィィ──と、そこで不意に部屋の扉が開かれ。女性が一人、この部屋に足を踏み入れる。

 

「大方のところは話し終えたわ」

 

 扉を開き、部屋に入ってきたその女性────『大翼の不死鳥』代表受付嬢、メルネ=クリスタがそう言い、彼女は続ける。

 

「やっぱり私たちのことや『大翼の不死鳥(フェニシオン)』こと、それどころかこの街(オールティア)のことも」

 

 そこまで言って、メルネは目を伏せ。少しの無言を挟み、彼女は言った。

 

「そして自分自身のことについても。全部、何も憶えてないみたい」

 

「……そうか」

 

 メルネからの報告を聞き、数秒の沈黙の後に短くそう呟くグィン。ロックスは何も言わず、ただ物憂げな表情を浮かべた。

 

 グィンの呟きを最後に、この部屋にいる誰もがその口を閉ざし。その沈黙は何とも形容のし難い静寂となって、部屋に満ちる。

 

「不幸中の幸い、とは違うけど。これまでに確認された症例(ケース)はどれも一過性。遅かれ早かれ、時間によって解決されてきた。……だから今回もそうであると、思いたいところね」

 

「一つ、訊きたいのだけど」

 

 静かに言い終えたミザリアに、神妙な面持ちでメルネが質問の是非を問い。彼女はそれを黙って頷き、続きを促し。

 

 そうしてメルネはその質問とやらを、ミザリアに投げかけた。

 

「記憶喪失になった人たちの、自分の性別に対する認識はどうなるのかしら」

 

「……興味深い質問ね」

 

 メルネからの質問を受け、一旦はそう返すミザリア。それから彼女は机上の資料────数少ない知り合いの、そのまた更に少ない精神方面の専門医である一人の知り合いに送付させた、診療録(カルテ)に。視線をやりながら、返答を待つメルネにミザリアはこう告げる。

 

「そこの二人にはもう話したけど、私は心に関しては門外漢。そんな私が言えるのは、ただの結果だけ。それでも構わないのなら」

 

 そしてミザリアはそう言って、メルネに確認を取り。対してメルネは依然として無言のまま、その薄い水色の瞳で以て、ミザリアを静かに見つめるのだった。

 

「変わらない。……はずよ。男は男、女は女。そこに対して何らかの疑問を持った患者はいなかったわ。記録上、今のところは」

 

 メルネの沈黙と眼差しを肯定の意と捉え、ミザリアは彼女の質問に対する答えを口にする。

 

 ミザリアの答えを受けて、メルネはようやっと彼女から瞳を逸らし、呟く。

 

「そう。そういう、ものなのね」

 

 それから数秒、メルネは再びその口を閉ざし。不意に、彼女が溢すように、静かに言った。

 

「女の子()()()()()()()()()()()。あの子」

 

「は?」

 

 メルネの言葉に対して真っ先に反応したロックスが、そんな間の抜けた素っ頓狂な声を上げる。それから不思議そうに、不可解そうに彼は続ける。

 

「いや、それはおかしいだろ。そりゃあ確かにあいつは今、女になっちまってるが……」

 

「『私、女の子です』……って言われちゃったのよ。いくら説明しても、写真を見せても。全く信じてもらえなかったし、そこだけは譲らなかった」

 

 と、胡乱げなロックスの言葉に返事をしながら。メルネは懐から一枚の写真を取り出す。

 

 その写真に写っていたのは────一人の青年。燃え盛る炎をそのまま流し入れたかのような赤髪に、燦々とした煌めきを溢す紅玉が如き双眸。まるでこちらに牙を剥く猛獣のような凶暴さと、それに見え隠れする中性的な美貌。

 

 その青年こそ、その存在(モノ)こそ。世界(オヴィーリス)最強と謳われる三人の《SS》冒険者(ランカー)の一人────ラグナ=アルティ=ブレイズである。

 

「……こいつはまた、面倒な話になってきたな……」

 

 と、堪らず愚痴の如くそうぼやくロックス。グィンといえば、相も変わらず複雑そうな表情を浮かべたままで。そしてメルネはラグナの写真を見つめていた。

 

 俄然、益々(ますます)混迷を極める現状の最中。もはやどうしたらいいのか、どうするべきなのか。それが全く以てわからないでしまっている三人に、多少躊躇う風に、ミザリアが言う。

 

「さっきも言った通り、これまでに確認されてきた記憶喪失は一過性。時間が解決してきたわ。……今回もそうであるという保証はどこにもないけれど」

 

 一縷の希望と現実の絶望。まずはその両方を提示してから、ミザリアは続ける。

 

「時間に頼る以外に、もう一つだけ。方法があるといえば、あるわ」

 

 瞬間、グィンとロックスの顔がミザリアの方へと向けられ。遅れて、メルネは視線だけを彼女に、ゆっくりと向ける。

 

「……医者としては、あまり勧めたくない方法だけどね」

 

 と、念を押してから。ミザリアはそのもう一つの方法とやらを、三人に伝えるのだった。

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