ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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消えた先輩。現れた謎の女の子

 全ての始まりとなるその日、僕はこの街(オールティア)にある喫茶店にて、新聞を片手に珈琲(コーヒー)を飲んでいた。

 

 ……断っておくが、日常の午後を喫茶店で独り過ごす程、僕は優雅な人間ではない。この場所で、とある人物を待っていたのだ。

 

『ファース大陸を救った英雄〜街に降り立った魔神を討ちし男〜』という、全面全てを使い書かれた記事に目を通し、それからテーブルへと置いて、代わりと言わんばかりに一通の手紙(今朝自宅に届いていた)を僕は手に取る。

 

 

『今日、ヴィヴェレーシェで待ってろ』

 

 

 ……それが、この手紙の内容だ。ちなみにヴィヴェレーシェというのはこの喫茶店の名前である。

 

 差出人等は一切不明という、怪し過ぎる手紙だが、普通の人であればこんなもの無視するか即座に破り捨てるか近くの憲兵にでも知らせるだろう。

 

 当然僕だってそんな行動を取る。……取るのだが、今回はそうしなかった。何故なら、恐らく手書きだろうその手紙の筆跡が、僕の知るとある人物の筆跡と、非常によく似通っていたからだ。

 

 そのとある人物というのが────以前この街を救った冒険者《ランカー》にして僕の先輩である、ラグナ=アルティ=ブレイズであった。先輩の筆跡の癖などが、この手紙に幾つか見られたのだ。

 

 筆跡というのは、似せようとして似せられるものではなし、ましてや本人特有の癖なんて真似できる訳がない。

 

 なので、こうして喫茶店(ヴィヴェレーシェ)に訪れ、恐らく先輩なのだろう手紙の差出人を待っていたのだ。

 

 まあ……これがちょっとした悪戯だったとしても僕は気にしないし、先輩が来るなら来るでそれに越したことはない。何せ今先輩は────この街からその行方を晦ましていたのだから。

 

 『魔焉崩神』エンディニグルを連れて、ラグナ先輩は遥か空の向こうに消えた。消えて、数日が経ってもあの人がこの街に帰って来ることはなかった────そう、世界最強の一人と謳われる《SS》冒険者は、忽然と姿を消してしまったのだ。

 

 普通ならば、『魔焉崩神』エンディニグルと相討ちになってしまったと考えるのが妥当だろうが、それはないと僕は断言する。あの日、あの場にいた冒険者たちは勿論として。恐らくこの世界で生きる全ての冒険者たちでさえも、きっと断言するはずだ。

 

 先輩はエンディニグルを圧倒していた。それも完膚なきまでに。だからこそ先輩が相討ちになったとは考え難い。……無理矢理可能性を考えるなら、あの時エンディニグルはまだ全力を発揮していなかったと、そう仮定することくらいだ。

 

 それに、こういったことは別に珍しいことではない。先輩は自由で、とにかく自由奔放で。唐突に消えるのは今に始まったことじゃない。

 

 あの人はふらっと急にこの街からいなくなったかと思えば、ふらっと急にこの街に帰ってくる。なのでそれに関して僕が今さら特に思うことはなく。まあ強いて言うのならば────ああ、またか。……そんなところだ。

 

 だがしかし、今回の場合は少し珍しかった。そもそも先輩は手紙など、滅多には書かないのだ。そんな先輩が、わざわざこちらに手紙を寄越してこの喫茶店に来いと言ってきた。

 

 まあ、さっきも言った通りあの人に限って何かあったとか、そういうのは考え難い。それにこの手紙の差出人が本当に先輩ならば、これを無視する訳にはいかない。そんなことすれば……恐らく僕は死ぬことよりも酷い目に遭わされてしまう。

 

 とまあ、そんなこんなで待っていたのだが。未だに先輩らしき人物は来ていない。

 

 ──時間を指定してない時点でなあ……。

 

 手紙には来いとは書かれてあったが、肝心の時間は書かれてなかった。一応早朝からこうして待って、もう時刻は午後に差し掛かるところだ。いい加減、新聞を読んでいるのも珈琲を飲んでいるのも軽食を摘むのも飽きてきた。

 

 もう、このままいっそ帰ってしまおうかなと。その後に待つ己の未来など顧みずにそう思った、時だった。

 

 チリンチリン──本日何度目かは忘れたが、来客を知らせる鈴の音が喫茶店内に鳴り響いた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 それに続いて、落ち着いた店主(マスター)の声と、足音。

 

 小さく、そして軽やかな足音は店内を少し歩き回ったかと思えば、次にこちらに近づいてきた。思わず無意識に新聞紙から顔を上げて見れば────『それ』は視界に映り込んできた。

 

 ──な、何だ……?

 

 無論、それは人であった。人ではあったが、些かその格好に問題があった。

 

 麻布のローブ。その者は決して新しいとは言えない、少々古めかしさが目立つ麻布のローブに身を包んでいた。

 

 ようやっと僕の胸辺りに届くか、届かない程度の、少し低めな身長。顔はローブを目深に被っているためよく見えず、わからなかった。

 

 そんな見るからに怪しい麻布のローブの者は、フラフラとやや危なげな足取りでこちらの方にまで歩き、そして何故か僕の目の前にまでやって来た。

 

「…………」

 

 僕と、そのローブの間で奇妙な沈黙が流れる。新聞紙から顔を上げてしまったことを少し後悔して、とりあえず知らん振りをして、新聞紙を読む素振りで無視しようと顔を下げる────直前だった。

 

「おい」

 

 不意に、ローブが口を開いた。

 

 

 

「その……何だ。ひ、久しぶりだな。元気してたか?────クラハ」

 

 

 

 僕の名前を言いながら、ローブは顔を晒す────女の子、だった。


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