ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その十二)

「よっ」

 

 今日はどの依頼(クエスト)を受けようかと、数分の間依頼表(クエストボード)と対面していたその時。不意に横から声が。今や耳に馴染んだ、小鳥の囀りを彷彿とさせる、可愛らしいその声がかけられて。思わず、声がした方向に顔を向ける。

 

「珍しく悩んでるみたいだな。そんなに良い依頼並んでたっけか?」

 

 燃え盛る炎をそのまま流し入れたかのような、紅蓮の赤髪。燦々とした煌めきを灯す、紅玉の双眸。

 

 肌理(きめ)細かな肌。僅かに朱が差す、弾力のある頬。手で触れずとも目で見てわかる、仄かに赤い唇。

 

 それら全ての要素から成り立っているのは、まるで一流を超えた最高峰の人形作家(ドールメイカー)の手による人形(ドール)のような。或いは現世《げんせ》の存在(モノ)とは思えない、人間から隔絶されているような。可憐にして流麗なる、絶世の美貌。

 

 性別も、そして年齢も問わず。老若男女誰しもを魅了し、虜にし、囚えて放さない。万人から()でられ(あい)される、正真正銘最高最強の、一人の美少女が。気がつけば、そこに立っていたのだった。

 

 この冒険者組合(ギルド)の受付嬢の証である制服に身を包むその少女は、そう言いながらこちらと一緒になって依頼表(クエストボード)を見上げる。

 

「おはようございます。無難に討伐系か、それとも気分転換に採取系にしようかと、少し思い悩んで」

 

「ふーん……あ、じゃあさ」

 

 挨拶を済ませると共に迷っている理由を打ち明けると、少女は相槌を打ち、それから妙案を閃いたように声を上げ、一枚の依頼(クエスト)を。その華奢で細い指で指し示す。

 

「それなんかどうだ?」

 

「え?ええっと……」

 

 花が咲いたような笑顔で少女にそう言われて、彼女が指差すその依頼に目を通す。

 

 それは討伐系でもなければ採取系でもない、護衛系の依頼であった。

 

「薬草採取の為、魔物(モンスター)からの護衛求む……なるほど」

 

 第三(サドヴァ)大陸の極東地(イザナ)から伝わる(ことわざ)の一つ────一石二鳥、とはまた違うが。しかし、それは状況によっては討伐も採取も同時に達成できる依頼であった。

 

「良いですね」

 

「だろ」

 

 と、短な言葉を交わした後。件の依頼(クエスト)書を手に取ると、流れるように少女がそれを掴み。数瞬、少女の意を汲み依頼書を手離す。

 

「んじゃ受付台(カウンター)までな」

 

 ひらひらと依頼書を振りながら、そう言って少女はこちらに先程の笑顔とは比べ物にならない、晴天に浮かぶ太陽と瓜二つの。そんな、眩く輝く笑顔を贈るのだった。

 

「……はい」

 

 くらり、と。大いに精神が揺さぶられる感覚を味わいながら、それを顔に出さぬようにして返事し。そうして、受付台に向かうその小さな背中を追いかけるように、こちらも歩き出す。

 

 ──一体、どれくらいの人が信じて、そして受け入れるのだろう。

 

 受付台までの道中、呆然とする意識の最中にて、内心独り()ちる。そう、きっと大半の人々は信じられない。そして受け入れられないでいる者が、少なくとも一人ここにいる。

 

 今目の前を歩くその少女が。(かつ)ては世界(オヴィーリス)最強と謳われた、未だ世界に三人しか確認されていない《SS》冒険者(ランカー)の一人。

 

『炎鬼神』の通り名で畏れ敬われる男、その名を──────────

 

 

 

 

 

「……………」

 

 思い出した────否、()()()()()()()、全ての記憶を見せつけられながら、腰に下げた長剣(ロングソード)の柄に手を伸ばす。

 

「それじゃあ気をつけてな」

 

 そして透かさず鞘から抜いたその得物の刃で以て、笑顔の少女の首を。

 

 一切迷わず躊躇うことなく、クラハ=ウインドアは斬り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさてっと。とっぷり日も良い頃落ちてきたし、今日はこの辺りでいいんじゃない?」

 

 と、馬車から外を覗き見ながら、帽子を被る栗毛の少女────ユアは訊ねる。

 

「……僕もそれで問題ないと思います」

 

 そしてユアに訊ねられた、彼女の前に座るその青年────クラハ=ウインドアがそう返事をする。

 

「それじゃあ決まりだね」

 

 クラハの賛同を受けたユアがそう言うと同時に、滞りなく順調に進んでいた馬車が、徐々にその速度を落とし始め。そうしてその場に止まるのだった。

 

「周囲を見回ります。貴女はいつも通り、休んでてください」

 

「はーい。よろしくねー」

 

 ユアの二つ返事を受け取って、クラハは立ち上がり、足早に馬車から出て行く────これは既にもう、何度か繰り返したやり取りである。

 

「……」

 

 馬車を出て、夜の闇へと沈もうとしているクラハの背中を眺めながら。一体何を考えているのかわからない、こちらにその真意を掴ませない、年齢(とし)にそぐわない不敵な微笑を浮かべながら。

 

「あともう少しって、ところかなぁ」

 

 と、ユアは静かにそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲキャアッ!!」

 

 人喰いの森の夜は騒がしく、忙しい。こちらの様子を窺い、機会(チャンス)が訪れたと()()した小悪鬼(ゴブリン)が茂みから飛び出し。その鉤爪をこちらに突き立てんと振り翳す────瞬間。

 

 ザンッ──小悪鬼の胴体を銀光が斜めに駆け抜け。遅れて、紫色の鮮血を迸らせながら、その身体が斜めに分たれる。

 

「ガアゥ!」

 

「バウワッ!」

 

 斜めに半分、二つに分かれた小悪鬼の死骸が地面に投げ出され。直後、間髪入れずに現れた二匹の魔狼がそれを踏みつけながら、牙を剥き出しに飛びかかり。

 

 ザシュッ──そして流れるように一匹の首が刎ね飛ばされ。

 

「ギャッ」

 

 魔狼の首が血の尾を引きながら宙を舞う傍ら、残ったもう一匹の魔狼の下顎に貫手が突き入れられ、一瞬の悲鳴を上げたのも束の間────その魔狼の脳天から、血と肉で赤黒く染まった四指が突き出す。

 

 瞬間、全身を震え跳ねさせ。すぐさまぐったりと沈黙する魔狼。半開きとなった口の隙間から舌を垂らし、光を失ったその双眸を見れば。死んでいることなど、もはや火を見るよりも明らかだろう。

 

 斬首した魔狼が地面に落下すると同時に、腕を振るい刺殺した魔狼を放り捨て。赤と紫、二色の血で刃を汚した剣を気怠げにぶら下げ。独り、その場に突っ立つクラハ=ウインドア。

 

「……」

 

 クラハの顔は昏かった。影よりも夜よりも闇よりも、彼の顔は昏く。暗澹とした昏闇が広がるその瞳で、彼は目下の死骸を睥睨し。やがて、彼は頭上を仰ぎ見る。

 

「…………」

 

 綺羅びやかな星々が散りばめられた夜空、そこに浮かび上がる青白い満月。

 

 クラハにはそれがまるで、決して赦されざる罪を背負う、穢れた咎人を。遥か悠遠なる天空から見下ろす、断罪の神の瞳に思えて仕方がなかった。

 

 糾弾の眼差しを彷彿とさせる月光を浴びながら、クラハは目を逸らし。その先で、彼は見た。

 

 数多く立ち並ぶ木々の中でも、とりわけ一際巨大なその木に。背を預け、そこに佇む一人の────女性。

 

 辛うじて服に見えるだけの、純白の一枚布をその身に包んだ、真白の髪と右目。が、左目は薄い灰色に塗られており、まだ幼い少女にも妙齢の女性にも思える、見た目からはその正しい年齢が判断できない、一人の女性が。確かに、そこに存在している。

 

 何も言わずに色素の薄い唇を閉ざしたまま、こちらのことをじっと見つめ。不意に、女性は口元を歪ませ。何処か不気味で、そして挑発的な笑みを浮かべ。

 

 

 

 

 

 ズドッ────瞬間、女性の顔面に長剣(ロングソード)の刃が突き立った。

 

 

 

 

 

「……………」

 

 投擲の姿勢のまま、その場に固まるクラハを。長剣が半ばまで突き刺さっているにも関わらず、まるで気にすることなく女性はその笑みを浮かべながらに見つめ────()()()

 

 今やクラハが見ているのは、長剣の剣身が深々と埋まった大木だけで。女性はおろか、人間など一人も見当たらない。

 

 普通であれば取り乱すであろうこの不可解な状況────しかし、クラハは平然としており。彼は振り上げていた腕を下ろし、そして静かに呟く。

 

「わかってる」

 

 決してそれは独り言などではない。その言葉は、クラハの背後に聳え立つ、()()()に対して送られたもの。

 

 クラハの背後にいたのは、一匹の魔物(モンスター)。彼の身長を優に容易く越し、そして彼が以前対峙した魔物────『滅戮の暴意(キリング・タイラント)』やあの魔狼の特異個体(ユニーク)の数倍はあろうかという、その巨躯。

 

 ゆっくりと、実に落ち着いた様子でクラハは振り返る。魔物はデッドリーベア────のように見える。しかし夜闇に紛れるその黒毛を、彼は初めて目にするもので。また、その全身から発せられる圧力はデッドリーベアの、どころか『滅戮の暴意』のそれとは比較にならない。

 

 こちらを見下すように睥睨するそのデッドリーベアと同種らしい魔物を。逃げも隠れもせず、クラハはただ見上げていた。

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