ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その十六)

 この街(オールティア)の一日はどこもかしこも騒がしく、誰も彼もが忙しい。第一(ファース)大陸の中でも特に貿易が盛んで、随一の商業街である為に。

 

 それ故にこの街の一日は、あっという間に。誰もが皆、気づかない内に。今朝方昇ったばかりだと思っていた太陽は傾き、沈み。見渡す限り一面の青空が、今や無数の星々で飾られた夜空へと変わって。そして静謐なる輝きを零す月が、太陽と代わって夜空に浮かぶ。

 

 そうして今日もまた、この街の一日が終わろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではこれで、私は先に上がらせてもらいますね」

 

「ああ。いつもこんな時間まで付き合わせてすまない、メルネ。充分用心して、何事もなく帰ってくれ。……まあ君のことだから、大丈夫だろうけどね」

 

「ええ、GM(ギルドマスター)のおかげで、夜道には慣れてますから」

 

「ははは……耳が痛いね」

 

 と、今日最後の会話をそんな軽いもので締め。帰りの身支度を済ませたメルネは荷物を手に持って、踵を返し、この執務室から去ろうと扉の方へと向かう。

 

「……」

 

 ゆっくりと遠去かるメルネの背中を、椅子に座るグィンは静かに見つめ。そして扉の前に立ち、開こうと彼女がノブに、空いている手を伸ばした────その直後。

 

「メルネ」

 

 不意に、グィンはメルネを呼び止めた。ノブを掴んだまま、彼女が振り返る。

 

「はい?どうしました、GM(ギルドマスター)?」

 

「……いや」

 

 と、疑問の声を上げてそう訊ねるメルネに。彼女を呼び止めた当人たるグィンは何故か、どういう訳か一瞬言い淀み、濁そうとしたが。しかし、彼は神妙な面持ちとなって続けた。

 

「メルネ。あの時、私はどんな言葉をかけるべきだったのかな」

 

 そのグィンの言葉に、彼の声に込められていたのは、苦悩と後悔。その二つが執務室の雰囲気を、(たちま)ち重く暗い、陰鬱としたものへと変えてしまう。恐らく、そうなることが目に見えて、わかり切っていたからこそ。先程、グィンはそれを口に出すことを躊躇ったのだろう。

 

 けれど、それでもグィンは口にした。それは(ひとえ)に今この場で己が対面しているのが、他の誰でもない彼女────メルネ=クリスタだったからに違いない。

 

「……GM。それはもう」

 

 そしてメルネもまた、グィンと同じように口を開くことを躊躇い。だが流石は『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の代表受付嬢、言うことを憚られながらも。

 

「過ぎたことです。過ぎて、終わったことです」

 

 しかし、はっきりと最後まで。そう、メルネは言い切るのだった。彼女のこういうところが、何よりもグィンの言葉を引き摺り出させたのだ。

 

 歯に衣着せぬメルネの返事を受け、グィンはその顔に穏やかで、やるせない微笑を浮かべた。

 

「そうだねメルネ。君の言う通りだ。だというのに、私は……」

 

 グィンは最後まで言わなかった。彼は己の言葉を途中で止め、少しの沈黙を挟んだ後。改まった様子で、メルネに言う。

 

「時間を取らせて悪かった。ラグナをよろしくね、メルネ」

 

 と、真摯な眼差しと共に、グィンからそう言われたメルネは────

 

 

 

「任せてください」

 

 

 

 ────曇り一つとない満面の笑顔で、グィンにそう返して。そうして、メルネは扉を開き、この執務室から立ち去るのだった。

 

「……」

 

 独り、執務室に残されたグィン。彼はそのまま椅子に座り続け、数分。一つ、唐突に嘆息する。それは重く、深いものであった。

 

「もう過ぎたこと、もう終わってしまったこと……か。全く以て、その通りだ」

 

 と、悔恨が募る声色で呟き。徐に、グィンは執務机の引き出しを開ける。

 

 その引き出しの中にあったのは一枚の────冒険者証明書(ランカーパス)。それを手に取ったグィンの脳裏に、声と言葉が響く。

 

『僕は今日を以て』

 

 グィンの脳裏で、執拗に────

 

 

 

『『大翼の不死鳥(フェニシオン)』から脱退し、冒険者(ランカー)を辞めます』

 

 

 

 ────しつこく、残響するのだった。

 

「……だというのに、どうして私はこれを捨てられてないのかな」

 

 そして独り言ちるグィンの顔には、自嘲の笑みが力なく浮かんでいた。

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