ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その十九)

 刺激(ショック)療法────読んで文字の如く、刺激を与えることで治療を試みる方法。そして伝えた当人たる女医のミザリー=エスター曰く、治療法と呼ぶのも烏滸がましい方法。

 

 けれど、この刺激療法の具体的な内容を聞けば、きっと誰しもがそう思うことだろう。そう思わざるを得ないだろう。

 

 何せ刺激を与えるといっても、それは誤魔化した言い方であり。その実態は────()()()()()()ということ。肉体的、或いは精神的のどちらかに。

 

 そして今回(ラグナ)の場合は、後者であった。

 

「確かに、今のラグナ=アルティ=ブレイズは一般的な知識や常識以外の……そうね。これまでの人生で見て触れて、出会って接してきた全ての記憶を失っている。無論、自分のことも含めてね。それはきっと、間違いないはず」

 

 と、今までにない程の真剣な声音でミザリーはそう言って。そこで言葉を区切り、陰鬱としたやるせない表情を浮かべ、彼女が再度その口を開かせ────

 

 

 

「でも、私が考えるに……()()()()()()と、思うわ」

 

 

 

 ────と、この度し難い現状と今し方述べた己の意見を、ミザリーは真っ向から否定するのだった。

 

人間(ひと)ってのはね、辛い苦しみからそんな簡単には逃げられないの」

 

 依然として浮かべているそのやるせない表情に憐憫の色を混ぜながら、ミザリーが言う。

 

「例え本人にその覚えがなくとも、そんな自覚がなくたって。きっと心には……そうなった人物(げんいん)傷痕(きおく)自体は確かに残っているはずよ」

 

 そして彼女は更にこう続ける。

 

()()()のか、それとも()()()()のか……まあ、最終的にどういうやり方を選ぶのかはそっちにお任せするわ」

 

 そこで具体的な方法をはっきりとは言わず、言葉足らずに留めたのは。恐らく、ミザリーなりの気遣いだったのだろう。或いは、憚られたのか。どちらにせよその真意は、彼女のみぞ知ることである。

 

「教えたからには当然、私も責任の一端は担うつもり。だからこそ、これだけは言っておくけど」

 

 改まった様子でそう言い、まるで試すような眼差しをこちらに向けながら。

 

「刺激を与える、なんて取り繕った言い方でしかない。正直なところこれは傷痕を……抉って穿(ほじく)り返すようなもの。とてもじゃないけど褒められた手段ではないし、それであの子の記憶が戻るのか、それとも取り返しのつかないことになるのか……医者として情けない話だけど、それは私にも全くわからないし、予想もできない」

 

 と、ミザリーはそう言うのだった。

 

「……重々、それだけは留意しておいて頂戴ね」

 

 そして少しの沈黙を挟んでから、彼女はそんな忠告を最後に残した。

 

 

 

 

 

「伏せましょう。もうこれ以上、ラグナには負担なんてかけさせたくない。少しでも、絶対に」

 

 

 

 

 

 そうして、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』にて緘口(かんこう)令が敷かれ。

 

 その日から話題にすることはもちろん、その名を口にすることすらも、固く禁じられるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラハのことも、憶えていないの?」

 

 全てはこの為だった。

 

『伏せましょう。もうこれ以上、ラグナには負担なんてかけさせたくない。少しでも、絶対に』

 

 そう、何もかも、全てはこの為に。この日この時の、この瞬間の為だけに。その為だけに。

 

 こちらの真意を見透かそうと訝しむロックスと、見透かした上で試そうとしたのだろうグィンの二人に、伏せることを提案し。

 

大翼の不死鳥(フェニシオン)』の面々たる冒険者(ランカー)やクーリネアを始めとする受付嬢たちに対して、話題にすることは当然として口に出すことも、徹底的に禁じ。

 

 GM(ギルドマスター)のグィンを通した上での緘口令を敷き終えた次は、できる限りラグナの傍を離れることなく、共にすることを心がけ。不確定要素の塊である、この街(オールティア)の住人から偶然(ふうん)にも耳にしてしまうということも、未然に防ぎ。

 

 終ぞ最後まで、ラグナが自分から言わなかったことを踏まえて。

 

 そこまでしてようやっと、ミザリー=エスターから刺激(ショック)療法について教えられたあの日から今日までを経て。

 

 遂に、メルネは口にした。誰よりも気をつけ、誰よりも気をかけ。

 

 そして誰しもを制していた、他ならぬ彼女自ら。

 

 

 

『それであの子の記憶が戻るのか、それとも取り返しのつかないことになるのか……医者として情けない話だけど、それは私にも全くわからないし、予想もできない』

 

 

 

 という、ミザリーの案じた言葉を一言一句違わず、如実に覚えている上で。

 

 

 

『……重々、それだけは留意しておいて頂戴ね』

 

 

 

 という、ミザリーの忠告を覚えておきながら──────────メルネはラグナの前で、その名前を口にした。

 

 ──お願い……。

 

 正直に白状してしまえば、生きた心地がしなかった。どうしようもない不安と恐怖に絶えず駆られ、堪らず顔が引き攣りそうになってしまうのを、必死に抑えて平常を装うことに心血を注ぎながら。

 

 ──お願い……!

 

 メルネは待つ。クラハの名前を聞いた、ラグナからの返答を。その名前を聞いてから、呆然とした表情を浮かべ固まるラグナからの言葉を。

 

 ──お願い……ッ!

 

 

 

 

 

「…………ごめん、なさい。私、やっぱり、何も……」

 

 

 

 

 

 そうして数秒の沈黙を経てから、呆然としていたその表情を申し訳なさそうに変化させたラグナが、そう言葉を零すのだった。

 

 ──……やった……?やった…………!?

 

 途端、メルネの胸中から不安や恐怖が吹き飛び。それにより生じた穴と隙間を埋めるかのように、底知れない歓喜の感情が際限なく噴き出し、彼女の中で狂わんばかりに暴れ回る。先程まで引き攣りそうになっていた顔が、今度は綻び緩みそうになってしまう。

 

 ──嗚呼(ああ)、これで遂に……私はあなたを救える……!やっと、やっと…………ッ!

 

 喉から手が出る程までに激しく欲していたその()()を、こうして今得られたことを実感しながら確かめ、別に気にすることなど何もないと、意気揚々とした言葉をかける為にメルネは再び口を開く────

 

「本当に……本当に嫌になっちゃいますね。でも、一体どうしてなんでしょう」

 

 ────寸前、ラグナが。自己嫌悪に陥りながらも、何故か、何処か不思議そうな声を先に出し。

 

 

 

 

 

「その名前、()()()()()()()。本当に、不思議……」

 

 

 

 

 

 続けて、そう言うのだった。

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