ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その二十四)

「……ん…………んんぅ、ぁ」

 

 意識の覚醒を自覚する間もなく、開かれる両の目蓋(まぶた)。不鮮明な視界に最初映り込んだのは、この寝室の天井であった。

 

 少し遅れて、身を捻り、捩らせ。そうして、間延びした呻き声を漏らしつつ。

 

「ふぁぁ……」

 

 寝惚けた意識そのままに、少女────ラグナは寝台(ベッド)からゆっくりと身体を起こした。

 

 寝癖で幾らか跳ねてしまっている赤髪を微かに揺らし、数秒の間寝台の上に座っていたラグナであったが、徐に今着ている寝衣(パジャマ)の上部分へと手を伸ばす。

 

「……きがえ、ないと」

 

 と、呟きながら。ラグナは一つずつ、上からボタンを外していき。そして四つ程外れた、その時。

 

 たゆん、と。寝衣の中に収められていたラグナの豊かな二つの膨らみが、何にも包み覆われていないありのままの状態で、柔らかに、外に踊り出た。

 

「……?」

 

 最初こそ別に何を思うでもなく、だが次の瞬間、ラグナは疑問を抱く────どうして、自分は下着(ブラジャー)を付けていないのだろうと。

 

 少し遅れて、ラグナの脳裏に昨夜の記憶が蘇る。

 

 

 

『まだまだ、夜はまだこれからよ……』

 

『脱がすわね』

 

『隠しちゃ、駄目』

 

『……ふふっ。悪い子』

 

『ええいいわ。今から遠慮なく、思う存分果てさせてあげるから』

 

 

 

「……ぁ」

 

 直後、ラグナの頬────どころか、顔全体が燃え上がるかのように真っ赤に染まる。今し方まで微睡んでいた意識は、すっかり目覚めてしまった。

 

 ──わ、私……メルネさんに、す、凄いこと……されちゃって……!!

 

 が、しかし。その羞恥の表情はすぐさま、複雑そうに曇る────理由は、()()()の記憶にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 犯してしまった自らの過ちに対して、もはや咽び泣き続けることしかできないでいるメルネ。底知れず、計り知ることも到底できはしない、果てしなく深い絶望に。溺れ沈んだ、昏く淀んだその瞳から、止め処なく零れ続ける、彼女の涙。

 

 ──……メルネ、さん……。

 

 その涙の温もりを肌に感じながら、ラグナは呆然と見上げる。未だ意識がはっきりしないというのもあったが、それを差し引いても。一体どうすればいいのか、ラグナにはわからないでいた。

 

「……ごめん、なさい。ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 やがて泣き続けるだけに留まらず、謝罪の言葉をひたすら漏らすようになるメルネ。そんな彼女の姿を目の当たりにしたラグナは、堪らず胸を痛める。

 

 そして咄嗟に、彼女に声をかけようとした。大丈夫だと、平気であると言おうとした。

 

 そう言わんとしたが、その直前でラグナは自ずと察する────メルネは、そんな言葉など求めていない。もはや今の彼女にとってその言葉が赦しにもならなければ、救いになることもない。

 

 それはただ、彼女を罪禍の深淵に突き落とすことになるだけだ。だからといって、このまま黙って見過ごすことなど────彼女を見捨てることなど、ラグナはできない。

 

 であれば、どうするべきなのか。自分は今、どうしたらいいのか────それを考え、少し思い悩んだ、その末に。徐に、ラグナは口を開かせた。

 

「……メルネ」

 

 そう呼びかけるも、反応はない。メルネは依然として、謝罪の言葉を垂れ流すだけで。しかし、負けじとラグナは語気を強めて、言葉を続ける。

 

「悪いと、思っているのなら。ごめんなさいって、私にそう言うんだったら」

 

 そして責めるような眼差しを無理に浮かべると共に、ラグナはメルネにこう告げた。

 

「顔、近づけてください」

 

 ラグナがそう言い、少し経った後。メルネは謝罪を垂れ流すことを止めた。そして依然として昏い瞳から涙を流し、虚ろな表情のまま、ラグナに言われた通り彼女は顔を近づけさせる為に、前へと屈む────その瞬間。

 

 

 

 

 

 ギュッ──メルネの頬、鼻、口。即ち彼女の顔全体が、柔らかで温かなものに、優しく包み込まれた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 要すること、数秒。その間で自分の身に置かれたこの状況を、メルネは理解する────突如として、己がラグナに。ラグナの胸元に今、抱かれているのだと。

 

 とてもではないが現実とは思えない、それこそまるで夢でしかないようなこの現実を。鼻腔に流れ込んでくる仄かに甘い匂いと共に、メルネは確と認識し。やがてぎこちなく、躊躇いながら、彼女はその口を開かせた。

 

「ラ、ラグナ……?これは、何……?な、なんで?いや、え……?」

 

 メルネの声は激しく、どうしようもなく震えており、それが彼女の動揺と困惑を如実に表す。

 

 そんなメルネの後頭部に、そっと、ラグナは手を置く。宛ら、我が子を愛でる母親のように。

 

 ──今、私にできるのはこんなことくらいしかないけれど……。

 

 と、メルネの頭部を抱き締めながら、ラグナは心の中でそう呟くのだった。

 

「………………」

 

 気がつけば、メルネは何も言わなくなっていた。もう何も、言えなかった。

 

 そうして無言になって黙り込んだ彼女は、ただ聴くのであった────静かで、穏やかなラグナの鼓動を。

 

 十数分、その間両者互いにそのままだったが。先に動いたのは、メルネの方であり。彼女は自ずと、徐にラグナの胸元から離れた。

 

「……おやすみ、なさい」

 

 ラグナから離れたメルネは踵を返し、扉の前にまで歩いて向かうと。ラグナに背を向けたまま、彼女はそう言うのだった。

 

「はい。おやすみなさい、メルネ」

 

 という、ラグナの返事を受けてから。扉を開き、この寝室を後にするメルネ。

 

 ──……シャワー、浴びてこなきゃ。

 

 それから少し経って、ラグナはそう思い、寝台(ベッド)から降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨夜の、全ての出来事を思い出した後。そそくさと着替え終えたラグナは一階のリビングへと向かった訳であるが。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 早朝のリビングには、既に先客────メルネがいた。彼女は何処か思い詰めたような、そんな神妙な面持ちで。一言も発することなく、椅子に座っていた。

 

 明らかに普通ではないその様子に、昨夜のこともあってラグナは思わず面食らってしまうものの、一生懸命に平静を装いながら、普段通りの声音で彼女に挨拶をする。

 

「おはようございます、メルネ」

 

「……おはよう。ラグナ」

 

 少しの沈黙を挟んでから、メルネは挨拶を返す。そして彼女が言葉を続ける。

 

「そこに座って頂戴。……私と向かう合うなんて、嫌でしょうけど」

 

「そんなことないです!……お、大声出しちゃってすみません。それじゃあ、失礼しますね」

 

 そのメルネの言葉に対して、堪らず語気を荒げて否定した後、謝罪を交えつつ、ラグナはおずおずと椅子に座るのだった。

 

 そうして向かい合わせたラグナとメルネ。リビングに再び静寂が流れ、漂い。

 

 

 

 

 

「全てを話すわ」

 

 

 

 

 

 また先に口を開いたのは、メルネの方であった。

 

「こんな強姦魔となんて、あなたは一秒だって一緒の空間にはいたくないでしょうけど」

 

「だ、だからそんなことないですよっ!あと私別にメルネのことそんな風に思ってなんかないですからね!?」

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