ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

216 / 399
DESIRE────Prologue〜壊れた思い出。響く嗤声〜

 鼓膜を突く騒音。鼻腔を掻く臭い。視界を塞ぐ暗澹。

 

 人気のしない裏路地に、駆ける足音一つ。酷く調子の乱れた、足音一つ。

 

 はあはあと漏れる吐息は必死で。足音は死に物狂いに鳴り響く。

 

 そして、やがて喧しく鳴っていたそれは、ピタリと止まった。

 

「…………行き、止まり」

 

 滲む、焦燥。隠された、絶望。

 

「チッ……」

 

 そんな苛立ちと共に吐き出された舌打ちの音に続いて、

 

 カツン──また、足音がした。

 

「ッ!!」

 

 わざとらしいほどに、ゆっくりとした歩調で。ゆったりとした間隔で。その足音がだんだん近づいてくる。

 

 はあはあと、息が漏れる。動悸が激しくなり、不規則に乱れていく。

 

 そうして──────

 

 

 

 

 

「これで、鬼ごっこは終いだな……ええ?」

 

 

 

 

 

 ──────足音は、目前にまで迫ってきた。

 

「運が悪かったなぁ。けど同情はしないぜ」

 

 足音の主は、男だった。短く切り揃えた黒髪に、にたりと歪ませた口から覗かせる、ギザついた歯が特徴的な、男だった。

 

 点々と赤く濡らしたスーツ姿の男が、まるで馬鹿にするような声で続ける。

 

「そもそも、そもそもの話だ。この件に首突っ込まなきゃ、お前はこんな目に遭わなかった。そして大して価値もないその余生を、浪費して無事平穏に死ねたはずだった」

 

 言いながら、男が近づいてくる。不快さしか伝えられない、笑みを浮かべて。

 

「だから、こうなったのは全部お前の責任だ。全部お前が原因だ。俺は悪くねえ」

 

 近づいてくる。ゆっくりと、距離を詰めてくる。

 

「そうだ。俺は悪くない。悪いのはお前だお前。お仲間が死んだのも、全部お前のせいだ。逆恨みとか絶対にすんじゃねえぞ?御門違いってモンだろ?」

 

 仲間——その単語に、どくんと心臓が疼いた。

 

「…………あん、たは、人間(ひと)じゃない……ッ」

 

 絶望と恐怖とありったけの嫌悪を込めた呟きと共に、得物を抜き放つ——それと同時に、スーツ姿の男はすぐ目の前にまでやってきていた。

 

「俺は人間さ。誰よりも、人間らしいさ」

 

「黙れぇえッ!」

 

 路地裏に、怒号が響き渡る。

 

「エミリア……エミリアはどこだ!?どこにいるんだ!?答えろッ!!!」

 

「…………エミリアぁ?なんだそりゃ」

 

 スーツ姿の男は、首を傾げる。傾げて、数秒後。ああと思い出したように手を叩いた。

 

「もしかしてお前の女か?まあそうだよなぁ、だから、首突っ込んだんだもんなぁ、お前らはよ……!」

 

 この上ない敵意の眼差しに貫かれながら、戯《おど》けるように男は言う。

 

「ちょっと待ってなぁ……」

 

 瞬間、男のすぐ近くで、宙に亀裂が走った。その亀裂に男は躊躇なく手を突っ込み、掻き回すようにして腕をしばらく動かしていたかと思えば、そこから一個のケースを引き摺り出した。

 

 そのケースは木製のようで、しかしだいぶ頑丈そうな印象を受ける。そのケースを男は掲げる。

 

「これにはな、あるモンが詰まってる。冥土の土産だ──特別に見せてやるよ」

 

 そう言うや否や、

 

 ガパッ──スーツ姿の男の手にあった、木製のケースが開いた。

 

「…………なん、だ……それは……?」

 

 呆然と、呟く。ケースの中にあったのは──燦然と煌びやかに輝く、数々の装飾品(アクセサリー)だった。

 

「俺の蒐集品《コレクション》さ。全部売りに出す前の商品《おんな》から、ちょいと拝借させてもらった」

 

「売りに、出す前……?」

 

 愕然とする瞳が、無意識にもその装飾品を眺めていく──そして、

 

 

 

「……ッ?!」

 

 

 

 その中の、一つに、視線が囚われた。

 

「で、だ。エミリアだったか?もう何百個も出荷してるからなぁ……それに売りモンなんかにゃ興味ねえし、まるで覚えてないんだが」

 

 スーツ姿の男が、そのケースをこちらに突きつける。

 

「こん中にその女の装飾品があるんなら──悪いな、もう売りに出しちまった。今頃豚かなんかに犯されて見世物にされてるか、ろくでなしの貴族(ばか)共の慰み者(おもちゃ)にされてるだろうよ」

 

「……あ、ああ……ああああ……」

 

 手の中の得物が、震える。瞬く間に、視界がぐにゃりと歪んで滲んでいく。

 

 

 

 ──私、ずっと大切にするね──

 

 脳裏を過ぎる、いつかの残景。

 

 ──ねえ、貴方のこと、好きになっちゃった──

 

 脳裏に浮かぶ、いつかの言葉。

 

 ──いつまでも、一緒にいようね。……愛してるわ、クラウド──

 

 

 

 それら全てが、粉々に砕け散った。

 

「あアあああアアアぁァァぁぁぁアアアアアッッッ!!!!」

 

 涙を流して。絶叫を上げて。スーツ姿の男に向かって──クラウドは突撃する。

 

 得物を振り上げて、そして──────

 

 

 

 

 

「馬鹿が」

 

 

 

 

 

 ザグッ──首筋に三箇所の、引き千切ったような斬撃の痕を走らせて、立ち止まった。

 

 一瞬遅れて、噴水のように鮮血をそこから噴き出させて、糸の切れた人形のようにクラウドは倒れる。

 

 広がる血溜まりを眺めながら、スーツ姿の男は吐き捨てる。

 

「馬鹿だ。どうしようもない、救いようがねえ屑の馬鹿だ」

 

 吐き捨てて、嗤った。

 

「ハハハッ……ヒヒャハハハハハッッッ!!!」

 

 路地裏に響き渡る嗤い声────果たして、それは人間か。または、悪魔か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処は金色の街(ラディウス)──野望(ゆめ)渦巻く、最高と最低の坩堝。

 

 数週間後、この街に訪れることを、クラハたちはまだ知らない。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。