ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
鼓膜を突く騒音。鼻腔を掻く臭い。視界を塞ぐ暗澹。
人気のしない裏路地に、駆ける足音一つ。酷く調子の乱れた、足音一つ。
はあはあと漏れる吐息は必死で。足音は死に物狂いに鳴り響く。
そして、やがて喧しく鳴っていたそれは、ピタリと止まった。
「…………行き、止まり」
滲む、焦燥。隠された、絶望。
「チッ……」
そんな苛立ちと共に吐き出された舌打ちの音に続いて、
カツン──また、足音がした。
「ッ!!」
わざとらしいほどに、ゆっくりとした歩調で。ゆったりとした間隔で。その足音がだんだん近づいてくる。
はあはあと、息が漏れる。動悸が激しくなり、不規則に乱れていく。
そうして──────
「これで、鬼ごっこは終いだな……ええ?」
──────足音は、目前にまで迫ってきた。
「運が悪かったなぁ。けど同情はしないぜ」
足音の主は、男だった。短く切り揃えた黒髪に、にたりと歪ませた口から覗かせる、ギザついた歯が特徴的な、男だった。
点々と赤く濡らしたスーツ姿の男が、まるで馬鹿にするような声で続ける。
「そもそも、そもそもの話だ。この件に首突っ込まなきゃ、お前はこんな目に遭わなかった。そして大して価値もないその余生を、浪費して無事平穏に死ねたはずだった」
言いながら、男が近づいてくる。不快さしか伝えられない、笑みを浮かべて。
「だから、こうなったのは全部お前の責任だ。全部お前が原因だ。俺は悪くねえ」
近づいてくる。ゆっくりと、距離を詰めてくる。
「そうだ。俺は悪くない。悪いのはお前だお前。お仲間が死んだのも、全部お前のせいだ。逆恨みとか絶対にすんじゃねえぞ?御門違いってモンだろ?」
仲間——その単語に、どくんと心臓が疼いた。
「…………あん、たは、
絶望と恐怖とありったけの嫌悪を込めた呟きと共に、得物を抜き放つ——それと同時に、スーツ姿の男はすぐ目の前にまでやってきていた。
「俺は人間さ。誰よりも、人間らしいさ」
「黙れぇえッ!」
路地裏に、怒号が響き渡る。
「エミリア……エミリアはどこだ!?どこにいるんだ!?答えろッ!!!」
「…………エミリアぁ?なんだそりゃ」
スーツ姿の男は、首を傾げる。傾げて、数秒後。ああと思い出したように手を叩いた。
「もしかしてお前の女か?まあそうだよなぁ、だから、首突っ込んだんだもんなぁ、お前らはよ……!」
この上ない敵意の眼差しに貫かれながら、戯《おど》けるように男は言う。
「ちょっと待ってなぁ……」
瞬間、男のすぐ近くで、宙に亀裂が走った。その亀裂に男は躊躇なく手を突っ込み、掻き回すようにして腕をしばらく動かしていたかと思えば、そこから一個のケースを引き摺り出した。
そのケースは木製のようで、しかしだいぶ頑丈そうな印象を受ける。そのケースを男は掲げる。
「これにはな、あるモンが詰まってる。冥土の土産だ──特別に見せてやるよ」
そう言うや否や、
ガパッ──スーツ姿の男の手にあった、木製のケースが開いた。
「…………なん、だ……それは……?」
呆然と、呟く。ケースの中にあったのは──燦然と煌びやかに輝く、数々の
「俺の蒐集品《コレクション》さ。全部売りに出す前の商品《おんな》から、ちょいと拝借させてもらった」
「売りに、出す前……?」
愕然とする瞳が、無意識にもその装飾品を眺めていく──そして、
「……ッ?!」
その中の、一つに、視線が囚われた。
「で、だ。エミリアだったか?もう何百個も出荷してるからなぁ……それに売りモンなんかにゃ興味ねえし、まるで覚えてないんだが」
スーツ姿の男が、そのケースをこちらに突きつける。
「こん中にその女の装飾品があるんなら──悪いな、もう売りに出しちまった。今頃豚かなんかに犯されて見世物にされてるか、ろくでなしの
「……あ、ああ……ああああ……」
手の中の得物が、震える。瞬く間に、視界がぐにゃりと歪んで滲んでいく。
──私、ずっと大切にするね──
脳裏を過ぎる、いつかの残景。
──ねえ、貴方のこと、好きになっちゃった──
脳裏に浮かぶ、いつかの言葉。
──いつまでも、一緒にいようね。……愛してるわ、クラウド──
それら全てが、粉々に砕け散った。
「あアあああアアアぁァァぁぁぁアアアアアッッッ!!!!」
涙を流して。絶叫を上げて。スーツ姿の男に向かって──クラウドは突撃する。
得物を振り上げて、そして──────
「馬鹿が」
ザグッ──首筋に三箇所の、引き千切ったような斬撃の痕を走らせて、立ち止まった。
一瞬遅れて、噴水のように鮮血をそこから噴き出させて、糸の切れた人形のようにクラウドは倒れる。
広がる血溜まりを眺めながら、スーツ姿の男は吐き捨てる。
「馬鹿だ。どうしようもない、救いようがねえ屑の馬鹿だ」
吐き捨てて、嗤った。
「ハハハッ……ヒヒャハハハハハッッッ!!!」
路地裏に響き渡る嗤い声────果たして、それは人間か。または、悪魔か。
此処は
数週間後、この街に訪れることを、クラハたちはまだ知らない。