ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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VSスライム

「とまあ、剣の扱い方は一通りこんな感じですね」

 

 僕による先輩に対しての剣の指南は、およそ一時間をかけて終わった。

 

「……剣って、面倒だな」

 

 長い沈黙の後、ため息混じりに先輩がそう呟く。まあ、先輩がそう思ってしまうのは無理もない事だろう。

 

 何せ今日、先輩は初めて剣を己の得物として握って、振るったのだ。慣れないその運動は、僕の予想以上に先輩の体力を奪った事だろう。

 

 しかし、だからといって先輩を甘やかす訳にはいかない。……何しろ、ここからが本番なのだから。

 

「そう言わないでくださいよ先輩。これから長い間お世話になるものなんですから」

 

「むう……」

 

 渋々としながらも、先輩は頷き手の中の得物を弄ぶ。正直危なっかしい事この上ないので、後で止めさせよう。

 

 それはともかく、さっきも言った通りここからが本番。今から先輩にはその剣を使って、魔物と戦ってもらおう。

 

 意識を研ぎ澄まし、僕は辺りを見渡す。するとここから少し離れた場所に、何やらプルプルと蠢いている物体を発見した。

 

「先輩。あそこ、見てください」

 

「ん?……何かいんな。プルプルしてんぞ」

 

「スライムですよスライム。丁度良かったです。まず手始めにあのスライムを倒す事にしましょう」

 

「スライムかぁ。……別にスライムくらいなら、今の俺にだって素手でもいけんじゃねえか?」

 

「駄目です。正直に言いますけど、今の先輩では貧弱過ぎて、たぶん素手だとまともにダメージが入らない可能性が高いです」

 

「……わぁったよ。……別にそんなはっきり言う事、ねえじゃねえか」

 

 そんなにも武器の使用に抵抗があるのか。諦めたように頷き、不服そうな呟きを残して先輩はスライムの方に身体を向けた。

 

 僕に教わった通りに、先輩が得物を構える。……若干切先が震えているのが少し不安だが、僕も最初の内は黙って見守ると決めたので、手は出さない。

 

 それから数秒の間を置いて────満を持して、先輩は地面を蹴り、その場から駆け出した。

 

「せぇっ」

 

 

 

 ゴッ──そして同時に頭から突っ込むようにして、派手にすっ転んだ。

 

 

 

「…………せ、先輩!?大丈夫ですか!?先輩っ!?」

 

 先輩は転んだ。足元に石などはなかったというのに、転んだ。それはもう、見事な転び様だった。

 

 己の命の次に大事である得物を手から放って、まともに受け身も取れず。駆け出した勢いそのままに、そうして先輩は転んだのだ。

 

 僕は慌てて先輩の元へと駆け寄る。……ちなみにスライムはというと、転んだ先輩に意識すら向けていないらしく、未だプルプルと、その場で呑気に震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違ぇから。さっきのは、違ぇから」

 

「わかりました。わかりましたから先輩。とりあえず今はあのスライムに集中しましょう?ね?」

 

 気を取り直し、先輩は再びスライムと対峙していた。まあ、その相手であるスライムに、先輩はまだ敵として認識されていないどころか、下手したら気づかれていない恐れがあるが。

 

 得物を構え、先輩はスライムを睨みつける。……さっき転んで打ちつけた額の痛みが引いていないらしく。その所為で涙目となっているので、迫力なんて毛程も感じられないのは、黙って僕の心の奥に留めておこう。

 

 スライムを睨みつけ、数秒後────

 

「せぇやあっ!」

 

 ────という威勢良く、それでいて可愛らしい気合いのかけ声と共に、先程と同じように先輩が駆け出す。流石にまた転ぶ事はなく、そのまま順調にスライムとの距離が縮まっていく。

 

 こちらに迫ってきた事で、ようやくスライムも先輩に対して意識を向ける事にしたらしい。プルルンと一際激しく震えて、その場から動き出す。

 

 しかし、所詮はスライム。その動きはまるで遅く、僕からすれば蝸牛が這っているような遅さだ。

 

 対し先輩はまるで猫のような機敏さで、スライムとの距離を縮めていく。文字通り絶望的なまでに弱体化したとは思えない俊敏さだ。

 

 そしてスライムを得物の間合いに捉え、先輩は剣を大きく振り上げた。

 

「とおおっ!」

 

 ……傍から見ると、隙だらけな上段からの振り下ろし。お世辞にも見事な一撃とは到底言えないが、まあ相手はスライムだ。幾ら弱体化したとはいえ、それはほぼ誤差の範囲だろう。

 

 ……そうであってほしい。

 

 それに何も素手で殴りつける訳ではないのだ。武器を使えば流石に少しくらいの傷は与えられるはず────そう、僕は思っていた。

 

 しかし。現実というものは、そんなに甘いものではなかった。

 

 

 

 

 

 すぽっ、と。まだ振り下ろしている最中だった先輩の得物が、手からすっぽ抜けた。

 

 

 

 

 

「……うぇ?」

 

 クルクルと剣は宙を舞って、先輩の背後に落下し突き刺さる。その光景を、僕は何もできずにただ見ていた。

 

「…………」

 

 先輩と、スライムが互いを見合う。……まあ、スライムに目などないのだが。

 

 そんな一人と一匹の間で奇妙な沈黙が流れ────それを最初に破ったのは。

 

 

 

 ドッ──ガラ空きであまりにも無防備だった先輩の腹部に、体当たりをぶちかましたスライムだった。

 

 

 

「ぎゃんっ?!」

 

 先輩が悲鳴を上げ、予想外の距離にまで吹っ飛ばされる。先輩はそのまま地面に倒れて────起き上がらなかった。

 

 この間、僅か数分の出来事である。目撃者である僕は、真っ白な頭の中で。気がつけば、いつの間にか叫んでいた。

 

「先輩!?大丈夫ですか、先輩ッ!?」

 

 慌てて先輩の元に駆け寄る。近づこうとしていたスライムを追い払って、先輩を地面から抱き起す。

 

「きゅぅ………」

 

 ……先輩はスライムの、それもたった一発の体当たりで、気絶してしまっていた。

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