ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その三十一)

珈琲(コーヒー)です。……ど、どうぞ」

 

 緊張の声音で言い終えたラグナは、ぷるぷると今にも震え出してしまいそうになるのをどうにか堪えながらも。ラグナは慎重な手つきで、まずはロデルトの前に。次いでグィンの前に、それぞれカップを置いた。

 

「頂こう」

 

 と、その場から一歩下がったラグナに対して。ロデルトはそう言うと、カップを持ち。縁を口につけ、そして少し傾ける。

 

「……さて、これが初めてという訳ではない。単刀直入に言わせてもらおう」

 

 再びカップをテーブルに置き、ロデルトはそう言うと。突如【次元箱(ディメンション)】を発動させたかと思えば、彼はそこから革製の衣装箱(ケース)を取り出すのであった。

 

 その衣装箱の鍵らしき部分に、ロデルトが指先を触れさせると。一瞬彼の魔力が瞬き、直後その部分から何かが外れるような音がした。

 

「ラグナ殿。これを見てはくれないか?」

 

「え?は、はい」

 

 ロデルトに言われ、ラグナが頷いた、その瞬間。衣装箱は勝手に、独りでに開く────中に収められていたのは、服。

 

 服はロデルトの手を()()()()()()()、まるで命を宿しているかのように箱から飛び出し。ラグナの目の前を遮るように、ぶわりと広がってみせる。

 

 服は、ドレスだった。それも夜会で着るような、所謂(いわゆる)イブニングドレスという種類のもの。

 

 黒を基調とし、所々に深い赤も使われている。見るからに上等な絹色(シルク)の生地は薄く、着用者の曲線美(ボディライン)を見事に演出できることだろう。

 

「……わ、綺麗」

 

 全体的に落ち着きのある、大人っぽい作りのドレスに対し。ラグナは無意識の内にそう溢し、見惚れてしまう。そんなラグナに、ロデルトは真剣な面持ちで、同じく真剣な声音で訊ねる。

 

「気に入ったかな?」

 

「っえ?……あ、はい。その、とても素敵なドレスだと……思います」

 

「それはよかった」

 

 何故ドレスの感想を求められたのか、そのことに対して疑問に思いながらも、ラグナは率直に答え。それを聞いたロデルトは何処か満足そうに頷き。

 

「『大翼の不死鳥(フェニシオン)GM(ギルドマスター)、グィン=アルドナテ。今一度、君に頼みたい……今回の『出品祭(オークションフェスタ)』を彩り飾る大役、やはり、是非ともラグナ殿に任せたい」

 

 そして今の今まで、ロデルトとラグナの会話の間でも黙り込んでいたグィンに、彼はそう言うのだった。

 

 ──……彩り、飾る、大役……?

 

 一体それはどういうことなのだろうかと、ラグナの頭の中で疑問符が浮かぶ。

 

 が、そんなラグナを他所に。黙り込んでいるグィンはロデルトの言葉に答えず、目の前のカップを手に取り。縁を口につけ、中身の珈琲(コーヒー)を啜り。

 

「ロデルト=ギーン=レヴォルツィ公爵。誠に恐縮ながら、以前にもお伝えした通り、その件に関する私の返答が変わることはありません。何卒、ご理解頂きたい」

 

 そうして、一切臆することなく真正面から、グィンはロデルトにそう言い切るのだった。

 

 ──ぐ、グィンさん……それはちょっと、駄目なんじゃ……!?

 

 公爵────それは貴族が持つ爵位の中でも、最も高い階級であり、国の王だとしても無碍に扱うことはできず、ましてや無視など以ての外である存在。ラグナとて知っていることを、無論グィンが知らぬ訳もない。

 

「……やはり、そうか。『出品祭』の大手支援者(スポンサー)である、私の頼みは聞き入れられない……と」

 

 しかも話やロデルトの言葉から察するに、何度も。彼の頼みを、グィンは断っているらしい。その事実をこうして思い知り、ラグナは戦々恐々としていた。

 

「申し訳ありませんが。……ロデルト公、貴方もご存知でしょう。ラグナの複雑な事情を」

 

「承知している。その上で、私は君に頼んでいる」

 

「……なるほど。でしたら、やはり。私の返答は変わらないでしょう」

 

 そう言って、グィンは。徐に、ラグナの方を見やった。見やって、そして彼はラグナに微笑んだ。

 

 ──グィンさん……?

 

 突如として微笑を送られ、ラグナは戸惑ってしまう。が、そんなラグナにグィンが何かを言うことはなく、彼は再びロデルトの方に向き直った。

 

「『大翼の不死鳥(フェニシオン)』を預かる身の上、()の尊厳を蔑ろにするような真似はしたくない」

 

 そして少しも躊躇うことなく、ロデルトに対して、グィンは言い切るのだった。彼の言葉を聞き、ラグナはハッと気づかされる。

 

 ──……そっか、私って……。

 

 ラグナ=アルティ=ブレイズという名前の、一人の男────自分が元は彼であることを、今更ながらにラグナは思い出した。思い出して、その顔に複雑な表情を浮かべた。

 

 自分(ラグナ)の為の言葉を、こんなラグナ(じぶん)が受け取ってもいいのだろうか、と。そう思わざるを得なかった。

 

「……そうか」

 

 グィンの言葉を受け、ロデルトは一言そう呟くと。カップを手に取り、まだ残っていた中身を一気に飲み干した。

 

「やはり君はあの『暴剣』だ。幾ら物腰柔らかに丸くなろうとも、誰を誰とも思わぬ大胆不敵なその無遠慮さは今も健在という訳なのだな」

 

「私としては別に昔と変わったつもりはないのですが」

 

 と、困ったように言うグィンを見て。堪らず、ロデルトは苦笑した。

 

「であれば今の君を『暴剣』に見せてやりたいものだ。……さて、ではこれで失礼するとしよう。これから代理の者に明日の手筈を伝えねばならんのでな」

 

 ロデルトがそう言い終えると、今の今までラグナの目の前に浮かんでいたドレスが再び独りでに動き出し、開いていた衣装箱(ケース)に、勝手に畳まれながら収納され、そうして閉じた。

 

「すまなかった、ラグナ殿。『出品祭(オークションフェスタ)』を支援する者の一人として、盛り上げようとするあまり、そちらの尊厳を踏み躙るところであった。本当に申し訳ない」

 

「……っうぇ?だ、だだ大丈夫です平気です気にしてませんですから私っ」

 

 鍵がかかった衣装箱を【次元箱(ディメンション)】に戻すと、ロデルトは呆然と立ち尽くしていたラグナに身体ごと向け、謝罪し。対するラグナは慌てて、少しも動揺を隠せていない言葉で以て返す。

 

「ならば良かった。……では」

 

 そうしてロデルトは踵を返し、立ち去ろうと扉の方へ歩き出す────直前。

 

「あ、ぁあ……あのっ!」

 

 緊張で震えるラグナの声が、ロデルトをその場に踏み止まらせた。

 

「ふむ?どうしたのかね、ラグナ殿」

 

 こちらに振り返り、何事かと訊ねるロデルトに。ラグナは強張った表情のままに、彼に言う。

 

「その、わ、私がやった方がいいんですか?『出品祭』を彩り、飾る、大役……!」

 

 そのラグナの発言は予想外だったらしく、ロデルトは少し驚いたように目を丸くしていた。

 

「ら、ラグナ?」

 

 そしてそれはグィンもまた同じで、彼にしては珍しい素っ頓狂な声が部屋に響いた。

 

「……ああ。決して代理を貶めるつもりはないが、今回ばかるはな。ラグナ殿、君を()いて他にはいないと私は考えている」

 

 多少憚るように沈黙を挟んで、ロデルトははっきりと言い切る。そんな彼の言葉を聞いたラグナは、心の中で呟く。

 

 ──ロデルト公爵との関係や自分の立場も危なくなる、グィンさんの決断。それを台無しにしちゃうことはわかってる……でも、それでも、私は。

 

 そうしてラグナは目を閉じ、息を静かに吸い、ゆっくりと吐き出し。そして、閉ざした目を開き、こちらの言葉を待ってくれているロデルトに。

 

「でしたら、やってみます。私、やります」

 

 そう、先程とは打って変わった毅然とした声音で、ラグナは言うのだった。

 

「……すみません。グィンさん」

 

 少しの静寂の後、グィンの方に振り向いたラグナは、申し訳なそうに彼に謝り、続ける。

 

「でも私、やってみたいんです。こんな私でも……ラグナ(じぶん)のことを何も知らない私にでも、できることがあるのなら。誰かの為になるのなら、やりたいんです。……それが私の、正直な気持ちです」

 

 という、ラグナの言葉を。グィンは黙って聞き。そうして彼もまた、閉じていたその口を開かせた。

 

「どうやら私がしていたことは余計なお世話だったみたいです、ロデルト公」

 

 そう言って、グィンはロデルトの方を見やった。それが彼なりの暗黙の了解であることは、誰の目から見ても明白であり。ロデルトは軽く頷き、ラグナに手を差し伸べた。

 

「恩に着る。ありがとう、ラグナ殿」

 

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 そしてラグナもまたおずおずとおっかなびっくりに手を差し出し、そうしてロデルトと握手を交わすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──似合ってるって、メルネは言ってくれたけど……うぅ、まさかあんな大胆なドレスだったなんて。ちょっと見ただけじゃわかんなかったよ。

 

 次から次へと、息つく間もなく交錯を激しく、幾度も何度も繰り返す人々を。上手く躱し、避けながら。心の中でそう呟きつつ、ラグナは普段の様子から一変した街道を歩き進む。

 

 ──それに時間もあるし、折角だから日常(いつも)とは違う街並みを楽しんでごらんって、グィンさんに言われて来てみたけど。変わり過ぎでしょ、これ……。

 

 行き交う人に衝突しないよう気をつけながらも、知っているのに知らない、まるで初めて目にする様相のオールティアの街並みを眺める。グィンに言われた通り、できることなら落ち着いて眺めたかったものだが、この状況下でそれは酷な話というものだ────と、その時。

 

「ふあっ?」

 

 人に意識を割き過ぎて、足元への注意が御座(おざ)なりになってしまっていたラグナは。案の定、街道に転がっていた小石に足を取られてしまう。

 

 そうしてそのまま、ラグナは転んで街道上に倒れてしまう────

 

 

 

「おっと」

 

 

 

 ────かに思われた、あわやその寸前。その声と共に、ラグナの身体は()()()()()()()

 

「……っあ!?すみ、すみませんっ!」

 

 少し遅れて、自分が抱き留められていることに気がついて。慌てて謝りながら、ラグナは顔を上げる。

 

「いえ、お気になさらず。お嬢さん」

 

 そんなラグナに対して、その者は────僅かに燻んだ金髪が印象的なその青年は。優しげな声音で以てそう言い、柔和な笑みを浮かべるのだった。

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