ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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DESIRE————それでも、頼みたい

「ギルザ=ヴェディス……という名を知っているかい?」

 

 僕たちの顔を一瞥、グィンさんはそう言ったのだった。

 

 ——ギルザ、ヴェディス……?

 

 恐らく人名だろうそれを、僕は今まで聞いたことがなかった。そしてそれは先輩やサクラさん、フィーリアさんも同様だったらしく、揃って首を傾げていた。

 

 一瞬の沈黙を挟んで、不意にグィンさんは懐に手を入れ、そこから一枚の写真を取り出した。そしてそれを僕たちに見えるようにテーブルの上にへと置く。

 

 お世辞にもあまり鮮明度が高いとは言えないその写真に写っていたのは、一人の男の横顔だった。

 

 短く切り揃えた黒髪に、燻んだ浅緑色の瞳。それと口から少し覗かせるギザついた歯が特徴的な、スーツ姿の男。

 

「ギルザ=ヴェディス。その男の名前だよ」

 

 写真を眺める僕たちに、グィンさんが説明する。

 

「年齢及び経歴等一切不明、唯一わかっている情報は、その居場所だけ」

 

「……それはまた、色々と訳ありですね」

 

 グィンさんの言葉に、興味深そうに頷きながらフィーリアさんがそう返す。そして、彼に尋ねる。

 

「となると、この人は先ほどの依頼(クエスト)になにか、関係があるので?」

 

「……その通りだよ」

 

 そこでグィンさんは僕たちに背を向け、窓の外を見やった。そこにあるのは何処までも澄み渡る青空と、それを飾る白い雲。

 

 そんな景色を眺めながら、背を向けたまま彼は続ける。

 

「実はね、この男を一ヶ月ほど前から追っていた冒険者(ランカー)チームがいたんだ」

 

 …………グィンさんのその言葉には、哀しむような、そんな感情が込められていた。

 

「そして一週間前くらいに、その冒険者チームが所属する冒険者組合(ギルド)に、この男の写真と、現在の居場所を掴んだという、そのチームからの情報が入った。……けど、それから二日後、消息を絶ってしまった」

 

 グィンさんの言葉に、誰も答えることができなかった。重苦しい静寂に包まれる中——ただ一人、サクラさんが言う。

 

「消された、か」

 

 彼女のその発言に、グィンさんはなにも返さなかった。……いや、その沈黙こそが、それに対する返答だったのかもしれない。

 

 それからまた少しの静寂がその場に訪れて——こちらに背中を向けていたグィンさんが、再び振り向いた。

 

「この依頼には、闇がある」

 

 そう呟く彼の顔は、やはり今までにないほどの真剣さに満ち溢れていて、普段ならば絶対に見せないような——凄みがあった。

 

「ここ数年の間、とある街で失踪事件が度々発生しててね。その被害者の数は……今では数百人にも及ぶと言われているんだ」

 

「す、数百人…!?」

 

 驚愕する僕の呟きに、グィンさんは依然真剣な表情のまま、続ける。

 

「もうただの事件では片付けられない被害状況だ。……だけど、未だにこの事件は明るみに出ていない」

 

 ——そ、そんな馬鹿な……。

 

 グィンさんのその話は、とてもじゃないが到底信じられないものだった。一人や二人だけならまだわかるが、もし本当に数百人も失踪しているなら、大事件もいいところだ。

 

 それにその規模だと、もはや失踪なんかではなく————

 

「誘拐されているんじゃないか——そう、思っているね?ウインドア君」

 

「えっ…」

 

 ものの見事に、グィンさんの言葉は僕の意中を貫き当てていた。驚いていると、グィンさんは真剣な表情から、また普段浮かべているあの困ったような笑顔になった。

 

「そう、その通りだよ。……失踪したんじゃない、全員誘拐されたんだ」

 

 だが、それは一瞬にしてグィンさんの顔から消え去ってしまった。

 

「ギルザ=ヴェディス——その筋では名の知れた、俗に言う裏社会の住人。数々の違法取引に手を染め、中でも人身売買に力を入れている。そうして稼いだ資金は……約百億Ors(オリス)にも上るらしいね」

 

「百……っ!?」

 

 グィンさんのその言葉に、僕は情けなくも素っ頓狂な声を上げずにいられなかった。

 

 当然だ。百億Orsなどという大金……僕には、想像もつかない。

 

「百億ですか……まあ、普通じゃないですか?」

 

「うむ。百億程度ならば、普通だな」

 

 …………まあ、この人たちについては放っておくことにしよう。そもそも僕たち一般人とは生きる世界が違うのだから。

 

「ひゃく……おく……?」

 

 ちなみに先輩は僕と同じで上手く想像できていないようで、不思議そうにその首を傾げさせていた。……余談ではあるが、以前の記憶が確かならば、まだ男の時だった先輩の貯金はそれ以上はあった気がする。

 

「……だけど、あくまでもそれらはまだ噂の範疇を出ない。それらの噂を、事実として実証する術は——ない。けどこのままだと、行方知れずの失踪者は際限なく増えてしまうだろうね。……私としては、決して見過ごすことはできない」

 

 そう呟くグィンさんの瞳には、静かで、だが確かな怒りが揺らめいていた。

 

 そして、彼は——僕たちに、その頭を下げた。

 

「この依頼に、失敗は許されない。冒険者チームの件で、今ギルザ=ヴェディスはこちらの動きに警戒しているからね……恐らく、この一週間以内には、再びその行方を晦ますだろう。それだけは、絶対に阻止しなくてはならない」

 

 その言葉に込められているのは、僅かな焦燥と、僕たちに対する申し訳なさ。そして、確固たる意志。

 

 こちらに頭を下げながら、我らがGM(ギルドマスター)が告げる。

 

「本当に身勝手で、無責任ですまないのだけど……それでも、一冒険者組合(ギルド)のGMとしても頼みたいんだ——どうか、この依頼(クエスト)を受けてほしい」

 

大翼の不死鳥(フェニシオン)』GM——グィン=アルドナテ。彼のその言葉に、僕たちは—————


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