ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その三十六)

 今し方この街(オールティア)に響き渡り、全てを揺さぶった轟音を頼りに。誰もが我先に逃げ惑う人々と、そんな彼ら彼女らを懸命に避難誘導をする『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の冒険者(ランカー)たちを掻き分け、掻い潜りながら。

 

 自分に出せる最高速度で以て、騒動の中心地であり、そして恐らく先程の轟音────【撃鎚(げきつい)】の爆心地であろう広場へ。

 

 僕が────クラハ=ウインドアが駆けつけると。そこで真っ先に目にしたのは、地面に倒れ、それでもどうにか金槌を振り上げようとするメルネさんと。そんな彼女のことを見下ろしながら、長剣(ロングソード)を振り下ろすライザーの姿であった。

 

 ダンッ──石畳を蹴り砕き、僕は一気に加速する。しかし、それでも間に合うかどうかは、わからなかった。

 

 ──違う、間に合わせる……ッ!

 

 不安を掻き消し、とにかく僕は前を突き進む。ライザーの凶刃がメルネの脳天を断つことは、もはや一秒先の確実な未来で。

 

 そして一秒が過ぎる────直前。

 

 

 

 

 

 ガギキィィイイイインッ──二人の間に割って入った僕が、既のところでライザーの長剣を僕の長剣で以て、受け止めた。

 

 

 

 

 

 一瞬、時が止まった。そう錯覚する程に、この場が静まり返った。

 

「やっぱり、やっぱりなぁあ!!信じてたぜっ?お前が、お前は、お前なら絶対に来るってなぁ、ええッ!?」

 

 が、その静寂を真っ先に破ったのはライザーの狂喜した叫び声で。

 

「……何で、どうして、お前が……」

 

 それに少し遅れて、背後からメルネさんの呆然とした声が聞こえ。

 

 クラハ、と。僕の名前をライザーは叫び、メルネさんは呟くのだった。

 

「……」

 

 そんな二人の声を聞きながら、僕は目の前のライザーを見据える。彼はギリギリと刃同士を擦れさせながら、長剣をこちらに向かって押し出し。僕もまたそれに対抗して、長剣を押し出す。

 

 そうして互いに押し合う最中、ライザーが再び僕に向かって叫ぶ。

 

「長い長い休暇は存分に楽しめたかよお!?クラハァ!!」

 

 と、唾を遠慮なく飛ばすライザーに、僕は言葉を返すことはせず。一層力を込めて、長剣を一気に押し出す。

 

「っと……」

 

 保たれていた均衡が傾き、体勢を崩すライザー。透かさず僕は追撃をかけようと距離を詰める────前に。

 

 ザッ──先にライザーが僕から距離を取った。

 

 予想だにしないその動きに、僕は距離を詰めるのを止め、長剣を構えたまま、ライザーを静観する。彼は不敵な笑みを浮かべながら、まるで揶揄うような声音で言う。

 

「さっきも言ったが、時間がないんだ」

 

 ライザーがそう言った直後、彼の背後の空間に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 其処に広がっていたのは、夜よりも暗く、闇よりも昏い漆黒の空間。その得体の知れない空間に、其処から伸びる無数の()()()()()()()()に掴まれながら、ライザーは躊躇なく背中を倒す。

 

「お前の先輩ちゃんと教会で待ってるぜぇ!?ヒャハハァッ!」

 

 そう言い残し、空間に沈むライザー────気がつけば、その場は既に元通りとなっていた。

 

「……」

 

 数秒が過ぎて、僕は長剣(ロングソード)を鞘に収める。そして、ゆっくりと背後を振り返った。

 

 メルネさんはまだ石畳に座り込んでいた。顔は俯かせている為に、今彼女がどんな表情を浮かべているのかはわからない。

 

 しばらくの間、無言が織り成す静寂の最中────

 

「よお、クラハ」

 

 ────先に口を開いたのは、ロックスさんだった。僕は彼の方に顔を向ける。

 

「……お久しぶりです」

 

「ああ」

 

 僕とロックスさんの会話が続くことはなかった。僕と彼が黙るのとほぼ同時に、不意にメルネさんが口を開いた。

 

「何しに来たの」

 

 そう僕に訊ねるメルネさんの声音は、やけに。恐ろしく不気味な程に、落ち着いていた。それこそ、まるで嵐の前の静けさを彷彿とするくらいに。

 

「ラグナ先輩に会いに来ました」

 

 故に、僕はそう答えた。簡潔に、余計なことは一切挟まずに。

 

「……会いに。へえ、そう……会いにね」

 

 数秒の沈黙の後、静かに言うメルネさん。すると彼女はゆらり、と。ゆっくりとその場から立ち上がり、そして俯かせていた顔を上げる。

 

「だったら御生憎様。ここにはもういないわ。……いいえ、()()()()()()()の間違いかしらね」

 

 と、これ以上にない程の嫌悪感と共に、その言葉を吐き出したメルネさんの顔には。彼女には似つかわしくない邪悪さに歪んだ微笑みが携えられていた。

 

「……メルネさん。それは、どういう……」

 

 言葉の真意を探ろうと、そう訊ねた僕に対して。悪意に満ちた嗤いを微かに漏らして。

 

「失くしちゃった」

 

 そう、メルネさんは僕に言った。数秒の沈黙が挟まり、更に僕が訊こうとした、その瞬間。

 

「ラグナね、記憶失くしちゃったの。あの子皆のことも、私のことも……貴方のことも全部、忘れちゃってるのよ」

 

 メルネさんがそう言い。そして彼女は昏い影を落とすその瞳で、僕を睥睨した。

 

「今のあの子に会ったら驚くんじゃない?もう完全に女の子してるんだから。たぶん、好きになっちゃうかもね?」

 

「……そう、なんですね」

 

 記憶喪失。僕も話には聞いたことがある。後悔と罪悪感に駆られ、思わず死にたくなるのを必死に堪えながら、僕は続ける。

 

「構いません。僕は先輩に会いに行きます」

 

 直後、メルネさんの顔から微笑みが消え失せた。目にする者全てに対して、ゾッとするような恐怖を抱かせる無表情になって、彼女は言う。

 

「もしかして、自分が会えばラグナの記憶が戻る……とか。そんな頭のおめでたいこと、考えてる?」

 

 その問いかけに対して、僕は無言で返す。それが肯定の意であることを容易に察してくれたメルネさんは────鬱屈とした思いが詰まった、深いため息を吐いた。

 

「なら、無駄よ。貴方のこと話しても、ラグナは何も思い出さなかったから」

 

「構いません」

 

 即答した僕に、メルネさんが射殺すような眼差しを向ける。それから彼女は一瞬笑みを浮かべたかと思うと、徐にその場から歩き出し、僕のすぐ目の前に立つ。

 

「無駄だって、言ってんの」

 

 そう言うメルネさんの目は、完全に据わっていた。瞬き一つなく、こちらを真っ直ぐに見据える彼女から、僕は目も顔も逸らさずに。

 

「それでも、構いません」

 

 はっきりと、そう告げた。一瞬、メルネさんの目が見開かれ、しかし彼女は仕方なさそうに目を閉じ、明後日の方向に顔を向けた────()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 トッ──メルネさんは僕を突き飛ばした。

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