ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その三十七)

「姐さん!?」

 

 驚き焦るロックスさんの声を聞きながら、突き飛ばされた僕はそのまま、石畳の上に倒される。

 

 ドスンッ──直後、僕の下腹部にメルネさんは腰を落とし、両の太腿で僕の腰を挟み込み。そうして彼女は流れるように、僕に馬乗りになるのだった。

 

 僕を押さえる為に全体重をかけながら、メルネさんは僕の胸倉を掴み上げると。互いの吐息が鼻先にかかり合う程の距離にまで、僕の顔を引き寄せ。

 

「遠回しに言ってもわかんない!?お前にラグナと会う資格なんか、ないんだよッ!!」

 

 そして鬼気迫る憤怒の形相で、こちらの鼓膜を破り裂かんまでの声量で、メルネさんは叫んだ。

 

「今更過ぎない?ねえ?どうしてこうなるまで会いに来れなかったの?どうしてこんなことになってからそれを言い出すの!?ねえッ!!」

 

「……」

 

 すみません────口から出かけたその言葉を飲み込む。僕にはもう、謝罪をする資格すらないのだから。

 

 ──だけど、これだけは譲れない。

 

「メルネさん。貴女に何を言われようと、僕の意思は変わらない。変えるつもりなんて、毛頭ない」

 

 濁して誤魔化すことなく、僕がそう言うと。僕の胸倉を掴むメルネさんの手に、更に力が込められた。

 

「それは大層御立派な意思表示ね。じゃあ私もそれに見倣(みなら)って、何度でも言ってあげる……お前にラグナと会う資格はないッ!!」

 

 

 

『資格なんているの?』

 

 

 

 メルネさんの言葉を聞き、脳裏でその言葉を過ぎらせて。僕は息を深く吸い込み、吐き出し────

 

 

 

 

 

「ラグナ先輩と会うのに資格なんて要らない!!僕は会いたいから、先輩に会うんだッ!!」

 

 

 

 

 

 ────躊躇わずに、そう言い切った。

 

 僕とメルネさんの間で静寂が流れる。彼女は愕然とした表情で、固まり。そして数秒が過ぎると、それは真顔になった。

 

「ナマ吐いてんじゃねえぞ、このクソガキ……」

 

 初めて耳にするその低い声音で、僕は認識させられる。今この瞬間、自分の目の前にいるのは『大翼の不死鳥(フェニシオン)』代表受付嬢ではなく。

 

 第三期『六険』序列二位の冒険者(ランカー)、メルネ=クリスタなのだと。

 

 ──っ……。

 

 あまりにも濃過ぎる怒りと殺意に、僕はたじろぎ怯んでしまいそうになる。が、ここで退く訳にはいかない。何がなんでも、絶対に退かない。

 

 互いを互いに無言で見据え合い────再び、先に口を開いたのはメルネさんの方だった。

 

「言いなさい」

 

 その声はもう、冒険者から受付嬢に戻っていた。

 

「何でラグナに、あんなことしたの。何を考えて、貴方はあんなことを言ったり、したの」

 

 今し方までの、激しさ極まる荒れようが、まるで嘘だったかのように。弱々しく、そして痛々しく震える声で、追い縋るように僕に訊ねるメルネさん。

 

「それは……」

 

 僕は答えようとした。けれど、やはり直前で言い淀んでしまう。口に出すことを、憚られてしまう。

 

「……怖かった、からです」

 

 だがしかし、それでも僕は意を決して口にした。そしてメルネさんとロックスさんに、全てを話した。

 

 二人は僕の話を静かに聞いていた。僕が話を終えても、二人は共に揃って口を噤んだままで、開こうとはしなかった。

 

「……色々」

 

 そうしてこの場にいる三人の沈黙による静寂は数分と続いて、先に再び口を開いたのは、メルネさんだった。彼女の声は、濡れていた。

 

「私やロックス、GM(ギルドマスター)に言わなかったとか、とにかく色々言いたいことは山程ある、けど……今一番言いたい、のは」

 

 瞳から溢れ出す涙を零しながら、僕から顔を逸らさず、はっきりと────

 

 

 

 

 

「どうしてそれをラグナに言わなかったの……っ」

 

 

 

 

 

 ────そう、言うのだった。その言葉に対して、僕はすぐには答えられず。一呼吸して、ようやっと答える。

 

「知られたくなかった」

 

 その時、一体僕はどんな表情をしていたのだろうか。きっと、声と同じで。情けないものだったに違いないだろう。

 

「あの女の子がラグナ先輩だって、先輩は女の子になってしまったって、認めたくない自分がいるくせに……知られたくなかったんです。あの子には……ラグナ先輩にだけは、絶対に」

 

 自己矛盾だらけの言葉に、我ながら反吐が出そうになる。が、それを無視して僕は続ける。

 

「夢の中でクラハに殺されたんだ、夢の中でクラハは殺したんだ。……そう、先輩には思われたくなくて。だから、僕は「それでも」

 

 僕の見苦しくて、身勝手な言い訳を遮って。メルネさんが、僕に言う。

 

「それでも、貴方はラグナに言うべきだった」

 

 メルネさんの声の震えは、もう止まっていた。

 

「ええ、そうね。知られたくないわよね。私だって、そんなこと知られたくない」

 

 依然として涙を流しながら、メルネさんは僕に訊ねる。

 

「それを聞いて、ラグナが貴方のことを嫌いになると思う?」

 

 その問いかけに、僕が答える間もなく。

 

「ならないわよッ!ましてや、貴方なのよ!?クラハ!!」

 

 胸倉を掴む手に一層力を込めながら、メルネさんが悲痛にそう泣き叫ぶのだった。

 

「ラグナならきっと、それがどうしたんだって、そう言って。笑って、流してくれた……そして貴方のことを心の底から心配したはずよ」

 

 ……僕はもう、何も言えないでいた。言える気がしなかった。

 

「なのに、貴方は何をやってるの?守りたいって言っておいて、殺すよりも酷い仕打ち、ラグナにしちゃってるじゃない……っ!」

 

 ただ、メルネさんの瞳から絶え間なく流れるその涙を、見つめることしかできなかった。

 

 もはや何度目かの沈黙。今までと違う点を強いて挙げるとするなら、メルネさんの咽ぶ声が僅かに聞こえること。

 

 今まで一番重苦しい、辛い沈黙の最中。徐に、メルネさんが腰を浮かし。そのまま、立ち上がった。

 

「責任」

 

 と、至極真剣な表情と声音で。涙を流し過ぎてすっかり赤く腫れた目で、僕を見下ろしながら。一言、メルネさんはそう呟く。

 

 その呟きに対して僕が困惑の声を上げる前に、メルネさんが言う。

 

「一人の男として、責任を取りなさい」

 

 メルネさんの言葉は、僕にとっては寝耳に水なことで。思わず呆気に取られて固まってしまっていると。

 

「聞こえねえのかッ!?クラハ=ウインドアッ!!」

 

「は、はいっ!聞こえてます!」

 

 メルネさんが叫び、僕は慌てて返事をして立ち上がる。彼女は相変わらず僕のことを睨みつけていたが、やがて仕方なさに目を閉じ、僕に告げる。

 

「任せたから」

 

 それを聞いて、僕は思わず安堵しかけてしまいそうになった。何故ならば、その声音は────耳に馴染んだ、日常(いつも)通りの。優しく、穏やかなものに戻っていたのだから。

 

「……はい!!」

 

 もうこれ以上の会話は必要なかった。その場を振り返り、僕は駆け出す。

 

『お前の先輩ちゃんと教会で待ってるぜぇ!?ヒャハハァッ!』

 

 目指す先は教会。そこで今夜、決着をつける────全部、終わらせる。

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