ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その三十八)

「よく殴りませんでしたね」

 

「……自分でも驚いてるわ」

 

 駆け出して、あっという間に遠く離れて行ってしまったその背中を眺めながら。この場に残ったメルネとロックスの二人がそう呟く。

 

「ねえ、ロックス」

 

 しばらくして、不意にメルネが口を開き、彼女はロックスに言う。

 

「わかってたでしょ」

 

「痛い目見なきゃ、駄目だと思ったんですよ」

 

「そう」

 

 言い終えるや否や、メルネはその場から歩き出し、ロックスの目の前に立つと。

 

 パァンッ──躊躇なく、彼女は彼の頬を張った。

 

「貴方()これくらいで勘弁してあげる」

 

 少し遅れて、真っ赤に腫れ上がったロックスの頬を尻目に、彼にそう告げ。振り返ったメルネは静かに呟く。

 

「帰って来たら一発殴ってやる……」

 

 そうしてメルネは背を向け前を向いたまま、ロックスに再び訊ねる。

 

「避難の方はどんな感じ?」

 

「『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の若い奴らが大方やってくれました」

 

「じゃあ、私たちの仕事は()()()()の片付けってことね」

 

 そうメルネが呟いた瞬間────()()()()

 

 街灯によって石畳や壁に映し出された影は、ゆらゆらと不気味に蠢いたかと思えば。そこから滲み出すようにして、四つの人影が現れた。

 

 遠目から見れば、全身黒ずくめの人間のように思える四つの人影は。身体の線や輪郭は大体同じだが、背丈はバラバラだった。そんな人影たちをメルネはそれぞれ睥睨し、ロックスは少し驚いたような表情で見る。

 

「おいおい。こりゃ、まさか……眷属か?」

 

「みたいね」

 

 至って平然としているメルネとは対照的に、ロックスはまるで信じられないとでも言いたげに。しかしすぐさま首を横に振り、諦めたように嘆息した。

 

「全く……魔人の再来ってことか?ライザーの野郎、一体どこで、こんな」

 

「ロックス。よく確認なさい」

 

「え?」

 

 メルネに言われ、ロックスは一瞬不可解そうな表情を浮かべるも、言われた通り人影改め眷属たちを少し見つめ────彼は、堪らず目を見開いた。

 

「……な、い、いや……まさか、嘘だろ。おい」

 

 少し遅れて、酷く狼狽した声を漏らすロックスだったが。やがてフッとした笑みをその顔に力なく浮かばせ、彼は呟く。

 

「そりゃどうりで、あんだけ捜し回っても見つからない訳だ」

 

 そしてロックスの表情に影が差し、彼の瞳に仄昏い光が灯る。四体の人影を見つめながら、彼が吐き捨てるように言う。

 

「そうかそうか……堕ちるところまで、堕ちちまったんだな、ライザー」

 

 それから一歩、ロックスが前に進み出る。それに続くようにして、四体の人影たちがそれぞれの動きを見せる。

 

 一体は右腕を(さなが)ら一振りの刺突剣(レイピア)の如く、鋭利に細めて。

 

 一体は己の両拳に禍々しい魔力を伝わせ、注ぎ込み。

 

 一体は全身に魔力を駆け巡らせ、瞬時に二回り程、巨大化し。

 

 一体はまるで腰に下げた得物を鞘から抜くような動作で自ら右腕を振り上げると、右手が反った剣身────否、刀身のように伸びる。

 

 人影らが臨戦態勢に入ったことは、火を見るよりも明らかなことで。それを目の当たりにしたメルネもまた、その場から一歩前に進み出る────直前。

 

「下がっていてください、姐さん。……俺がやります」

 

 そう、ロックスがメルネを制した。彼の声音は何処まで真剣で、そして苦渋の色が滲んでいた。

 

 ──ロックス……。

 

 案じながら、言われた通りその場に留まるメルネ。ロックスは今すぐにでも飛びかからんとしている眷属らを眺めながら、口を開く。

 

「確かにそいつらは(クズ)だ。暴力を振り回すことに何の躊躇もねえし、平気で女を食いモンにするような、そんな救いようのねえ屑の集まりだったよ」

 

 ここにはいない誰かに話しかけるような口調でそう言いながら。徐に懐に手を伸ばし、そこから一粒の丸薬を取り出すと、ロックスは口元にやる。

 

「言っちゃ悪いが、死んで当然さ。こんな奴ら」

 

 言い終えたロックスが丸薬を口にし、噛み砕くと。まるで蓋を開けたように。或いは(たが)が外れたように。彼の全身から膨大な魔力が溢れ、噴出する。

 

 その最中、宙に手を翳すロックス。瞬間、【次元箱(ディメンション)】が開かれ、彼は無造作に手を突っ込む。

 

「けどな」

 

 そうして【次元箱】から引き抜かれたロックスの手には────一振りの剣が握られていた。

 

 剣を得物とする者が見れば、それが大量生産の安物などではなく。一人の為に打たれた、この世に二振りとない名剣であることが容易に察せられる────()()()()()()()()()()()

 

「流石に死んだ後でこんな扱いされる程じゃあなかった」

 

 今ロックスが手にしている剣から目を離せず、固まっているメルネを他所に。ロックスは依然止め処なく放出される己の魔力の全てを余さずに、握るその剣へと伝わせる。

 

 途方もない魔力を帯びた剣身が、数度瞬いたかと思えば。次第に確かな光となって、徐々に勢いが増していく。

 

 瞬間、絶対的な危機を感じたのだろう眷属たちはその場を蹴りつけ、一斉にロックスに襲いかかった────直後。

 

 ロックスの魔力を宿した剣が激しく眩い、強い輝きを放ち。そして彼の身の丈を遥かに越す、大剣が如き巨大な魔力の刃となって。彼はそれを、無造作に振るった。

 

 宙を魔力の刃が滑る。満を持して放たれた光の奔流が、瞬く間に四体の眷属らを飲み込み。それだけに止まらず、光はそのまま夜空を駆け上がり、炸裂し。一瞬、その場を太陽の如く照らした。

 

「【超絶強化・剛刃大斬撃】」

 

 と、ロックスが呟く最中。役目を終えた彼の魔力は粒子となって散り、消失していく。その様を見上げるメルネの顔には驚愕と呆然が入り混じっており、彼女はゆっくりとロックスの方に顔を戻す。

 

 あれだけの魔力に晒されたというのに、何ともないその剣を手にしたまま、ロックスはその場に立ち尽くしていた。こちらに背を向けている為に、今彼がどんな表情を浮かべているのかはわからなかった。

 

 何処か物悲しさを感じさせる静寂の後。最初に口を開いたのは、メルネであった。

 

「ロックス、その剣……」

 

 メルネの言葉に、少しの沈黙を挟んでから、ロックスもその口を開く。

 

「今すぐにでも貴女に渡す……いえ、返すのが道理だとは重々理解しています。ですが、もう少しだけ待っていてもらえませんか」

 

 そして、と。ロックスは背中を向けたまま、メルネに対してこう続ける。

 

「手を引いてください、姐さん。今ならまだ間に合う」

 

「……いきなり何の話?」

 

 唐突なロックスからの忠告に、平静にそう返すメルネだが。その表情には、僅かな動揺が見て取れた。

 

「貴女が思っている以上に、この(ヤマ)はデカく、深い。……いくら姐さんでも、無事じゃ済まない」

 

 メルネはもう、何も返せないでいる。そんな彼女に対して、ロックスは更に続けた。

 

「一体いつになるか、いつまでかかるのか。それはわかりませんし、断言もできない」

 

 けど、と。そう言って、ようやっとロックスはメルネの方に振り返った。

 

「いつの日か、必ず。俺はこの剣を、あいつの胸に突き立てる。だからその日まで、姐さんは大人しく待っていてください」

 

 そう言うロックスの表情は────昏かった。淀んだ彼の瞳には、憎悪と怨恨が渦巻いていた。

 

「自分の周りの人間が死ぬことに、俺はもう堪えられない」

 

 と、復讐者の表情で吐き捨てるロックスに。もはや、メルネは何も返せなくなっていた。

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