ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
夜とはまた違った忙しさがあるラディウスの朝。皆それぞれの仕事へと向かう人々でごった返す街中を、僕と先輩は数時間ほど歩き回った。
やや非効率的だとは自覚していたが、その間聞き込みを行なっていた。……しかし、軽く数十回と繰り返したが、残念ながらこれといった有力な手がかりはなに一つ、掴めないでいた。
そのことに焦燥を覚えるも、かといって僕にはこれ以外に情報を集める手立てがない。
そうして碌な情報を集められないまま、現時刻は正午を回ってしまった。
「…………はあ」
ラディウスの中央広場にて、ベンチに腰かけながら僕は深いため息を吐いた。
──結局、なにもないな……情報。
ギルザ=ヴェディスの横顔が写る写真を眺めながら、心の中で独り言つ。
……まあ、よくよく考えれば、ラディウスの住民たちがこの男について知らないというのも当然と言えば当然だろう。
なにせこの男は裏社会の住人で、そんな者が周囲の人物においそれと自身に関する情報を教えている訳があるはずないし、そもそも表立って行動していることもないと思われるから、目撃情報がないのも当たり前だろう。
──フィーリアさんとサクラさんはどういう方法で情報収集しているんだろうな……。
気ままに浮かんでいる空の雲を見上げて、そんなことを思う。恐らくサクラさんは僕たちと一緒で聴き込んでいるのだろうが、フィーリアさんは違うだろう。彼女が聞き込みというのは、少し想像がつかない。
と、そこで。
「少しは休めたか?クラハ」
その声に僕は顔を向けると、いつの間にか目の前には先輩が立っていた。
「お疲れ様です、先輩。……すみません。先に休ませてもらってしまって」
「気にすんな。お前に休めって言ったのは俺なんだし」
言いながら、自然な動作で僕の隣に腰かける先輩。ほぼ
──ちょ、ちょ…っ…。
揺れた先輩の髪から、ふわりと漂ってくる仄かな甘い匂い。それが僕の鼻腔を悪戯に擽って、思わずクラリと理性が揺さぶられてしまう。
普通であれば、ほんの少しの隙間を設けるものなのだろうが……僕という人間に対して、全くと言っていいほどに先輩は警戒心を抱いていない。
そも八年の付き合いだし、警戒されないのは当然のことなのだが、今の状況だとまずい。非常にまずい。
──というか何度目だこんな状況……。
そしていい加減慣れろ自分。
「先輩近い。近いです」
「別にいいだろ減るもんじゃないし……って、何回目だよこのやり取り」
僕と同じような思いに至った先輩がそう返して——なにを考えたのか、グイッと身体を寄せて、顔を近づけてきた。
──せ、先輩……!?
鼻と目の先に、先輩の顔がある。琥珀色の瞳に、情けなく動揺している僕の顔が映り込んでいる。
慌てる僕に、何故か少し不愉快そうに先輩が言う。
「それともなんだ?俺に、近づいて欲しくないってのか?」
……どうやら、僕はまたなにか下手を踏んでしまったらしい。折角戻ったと思っていた先輩の機嫌が、また悪化してしまった。今日の先輩、扱いが難しいというかなんというか……まるで猫みたいだ。
「そ、そういう訳じゃ……」
頬を膨らませて、少し瞳を細ませこちらを睨むように見つめる先輩に、これ以上その機嫌を損なわせないよう慎重に僕は言葉を選びながら返す──
「……まあ、いいや」
──前に、先輩がそう言って僕から離れ、ベンチから立ち上がった。
「喉渇いた」
「え?」
困惑の声を上げる僕に、先輩はそれだけ言うと、小悪魔のように悪戯めいた、可愛らしい笑みを浮かべた。