ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その四十)

 其処は晴天突き抜ける、白い雲点々と浮かぶ青空と。地平線の彼方から何処までも続く、広大な大草原。微風(そよかぜ)に吹かれ、細やかに揺れ動く青々しい草の最中────彼の者はそこに立っていた。立って、空を見上げ、独り眺めていた。

 

「いつまでそうしてるつもりなの?」

 

 不意に背後から声をかけられ、彼の者は────汚れが一つとしてない純白のワンピースに身を包む、燃え盛る炎をそのまま流し入れたような、紅蓮の赤髪の少女は。

 

「……さあな」

 

 静かに、ただそう返して。こちらに顔を向けず背を向けたまま、点々と雲が浮かぶ空を見上げ続ける。

 

 もうこちらの知ったことではないとでも主張するかのようなその態度に、彼女に声をかけた者は────燃え盛る炎をそのまま流し入れたような、もう一人の紅蓮の赤髪の少女は。仕方なさげな声音で、こう言う。

 

「だから言ったでしょ、来るって」

 

 しかし、ワンピースの少女は何も言わず、口を閉ざしたままで。だがそれでも挫けることなく、もう一人の少女は更に続ける。

 

「会って。それでちゃんと、向き合って」

 

「お前が会えばいいだろ」

 

 空を見上げたまま、苛立たし気にそう吐き捨てるワンピースの少女。そんな彼女に、負けじと語気を強めてもう一人の少女が言い放つ。

 

「逃げないでよ」

 

 短く、それ故に力強い、その一言。少し遅れて、ワンピースの少女が口を開く。

 

「逃げちゃ、駄目なのかよ」

 

 僅かに、微かに。心して慎重に聞き取らなければ、そうとはわからない程に震える声音で、ワンピースの少女は続ける。

 

「傷、つけられて。あんだけ傷つけられて、突き放されて。そんで、勝手に、離れられてんだぞ」

 

 苦しそうに、辛そうにそう言葉を吐き続けるワンピースの少女は、いつの間にかその顔を俯かせていた。

 

「なのに、会わなきゃ駄目なのか?逃げちゃ、駄目なのかよ……!」

 

 そんなワンピースの少女に対して、もう一人の少女は。煌めきを灯す紅玉が如き瞳を、輝かせ────否、燃やして、ワンピースの少女にはっきりと言う。

 

自分(わたし)じゃなくて、自分(あなた)が向き合わなきゃ駄目。これだけは絶対に自分(あなた)じゃなきゃ駄目なんだよ」

 

「……」

 

 ワンピースの少女は俯いたまま、もう何も言わない。沈黙が流れ、少しして。もう一人の少女は肩を竦めさせ、呆れたように嘆息した後、ぽつりと呟く。

 

「本当は凄い嬉しい癖に」

 

 瞬間、ワンピースの少女の肩が一瞬だけ跳ねた。だが、それだけだった。

 

「本当は会いたい癖に」

 

 と、更に続けるもう一人の少女。今度は何の反応を見せない────否、見せないよう堪えるワンピースの少女に対して、もう一人の少女が切り出す。

 

「じゃあ逃げる?あなたはそれで、本当にいいの?」

 

 また沈黙が流れて、続いて。そして先に口を開くのは。

 

「……いん、だよ」

 

 ワンピースの少女の方で。先程と違って、その声音ははっきりと、確かに震えていた。痛々しい程に悲しく、淋しそうに────

 

 

 

 

 

「会うのが、怖いんだよッ!!」

 

 

 

 

 

 ────そして切なく、叫んで。ようやく振り上げられたワンピースの少女────ラグナの顔は、崩れていた。その瞳からは涙が止め処なく溢れて流れて、頬を伝っていた。

 

「そりゃ会いてえよこっちだって!でも、それと同じくらい、怖い……っ!」

 

 泣き崩したその表情のまま、ラグナは悲痛に続ける。

 

「会って、それでまたあんなこと言われたらって、また突き離されたらって考えちまって、もうどうしようもなくて!どうにか、なっちまいそうでッ!!」

 

 と、胸に手を当て握り締めながら、ぽろぽろと涙を零しながら。己が抱え込むその恐怖を曝け出すラグナのことを、もう一人の少女────もう一人のラグナは黙って、見つめていた。

 

「だから会いたくない!もしそうなるんだったら、会わない方がマシだ。ずっとずっと、マシだ……っ」

 

 そこまで言って、ラグナは止まった。息を切らし、肩を上下させ、そうして再び、黙り込んだ。

 

 そんなラグナを見守るように眺めていたもう一人のラグナは、徐にその場から歩き出すと、ラグナの元まで歩み寄り────そっと、優しく抱き締めた。

 

「たぶん、彼も怖かったと思う」

 

 そして静かに、ラグナに語りかけ始める。

 

「それでも、こうして自分(あなた)に会いに来てくれた。自分(わたし)たちには想像もできないような恐怖を乗り越えて、戻って来てくれた」

 

 だから、と。ラグナと目線を合わせ、顔を真っ直ぐに見据えながら。もう一人のラグナは優しく、真剣な声音で言う。

 

「今度は自分(あなた)がそれに応えてあげて」

 

 ラグナは、何も答えなかった。けれど、今し方までその瞳から絶えず溢れて零れて落ちていた涙は、もう止まっていた。

 

「……そう、だな」

 

 数分が過ぎた後、不意にラグナが口を開きそう言うと。もう一人のラグナは一瞬顔を綻ばせ────直後、思い切りラグナを振り放した。

 

「それじゃあ、行ってらっしゃい」

 

 突然のことで驚きの表情を浮かべるラグナを、()()()()()()()姿()となったもう一人のラグナはそう言って、まるで咲き誇る花の如き満面の笑顔で送り出す。

 

「……ああ、行ってくる」

 

 最初こそ呆然とする()()()()()()()()ラグナであったが、迷いを振り払った、清々しい表情でそう返し。そうして、その場から歩き出す。

 

「……これで自分(わたし)は皆とお別れ、か」

 

 徐々に遠去かって行くその背中を見つめ、もう一人のラグナは少し淋しげな声音でそう呟くが、すぐさま首を横に振るう。

 

「ううん。これでいいの。だって自分(わたし)はきっと、自分(あなた)がほんの少しの間だけ見ていた、夢なんだと思うから」

 

 そうして先程のラグナと同じように、もう一人のラグナも空を見上げる。

 

 相変わらず、空は青く広く、何処までも澄み渡っていて。微風(そよかぜ)に吹かれながら、もう一人のラグナは独り、空を見上げ続けた。

 

 ずっと、いつまでも。

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