ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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DESIRE────白いリボンと赤い髪

「そうですね。あれもお店の一種ですよ、先輩」

 

「へえ……」

 

 僕に言われて、先輩はその露店に視線を向けたまま、小さく呟く。そんな先輩の姿……というよりは様子を、僕は少し意外に思った。

 

 ──まさか、この人が露店(あれ)に興味を引かれるなんて。

 

 ただでさえ、全ての物事に対してほぼ無関心である先輩が、だ。珍しいこともあるものだ。

 

 こちらの服の裾を掴んだまま、露店を見つめる先輩に、試しに僕は提案してみた。

 

「先輩。時間も少しありますし……折角だから、見ていきますか?」

 

「え?…あー……そう、だな。お前がそう言うんなら」

 

 この提案に対して、何故かほんの微かに恥ずかしがるように、だが首を小さく縦に振って、先輩は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………いらっしゃい」

 

 露店にまで近づくと、店主であろう男に僕たちはそう声をかけられた。初老の、浅黒い肌と蒼く澄んだ瞳が特徴的な男性である。

 

 僕らも軽く挨拶を返して、早速麻に近い質感の赤布の上に乗せられた、数々の品物を眺める。

 

 恐らく手作り(ハンドメイド)かと思われるそれらの品々は、遠目から見て取れた通り、様々な動物や魔物(モンスター)を象った装飾品(アクセサリー)や、簡単なオブジェであり、中々に精巧に作られている。これが手作りだとすれば、この店主はだいぶ手先が器用なのだろう。

 

 ──これは灰水牛(ヴァロン)……こっちは金華鳥(ピニシア)かな?どれも随分と出来が良いな。

 

 素人目から見てもそう思えるのだから、相当なものだろう。昨今、進歩した技術と魔法の融合により、このような装飾品や置物、食器や家具に、果ては僕の得物である長剣(ロングソード)のような武器も、全く同じものであるなら簡単に作れるようになり、大量生産が可能になったこの時代。

 

 そんな時代の中でも、まだこのようなものがある。世界中に名が知れた大手ブランドならまだしも、こんな露店に、である。

 

 ──凄い、ことなんだろうな。……まあ、素人である僕がこう言うのも、おこがましいことなんだろうけど。

 

 と、僕はそこで気づいた。

 

「…………」

 

 僕と同じように、先輩も布の上の品物を眺めており、その中の一つに対して視線を注いでいる。

 

 一体先輩がどんな品物を見ているのか、僕も少し気になって見てみると──

 

 ──リボン……?

 

 そう、それはリボンであった。それも手作りであろう、白いリボン。特段上質な素材を使っている訳ではなく、花を象った赤の刺繍が施されている。

 

 ──この花は確か……カラシャ、だったか?

 

 カラシャ——ザドヴァ大陸の極東地方に多く分布する、その鮮やかな赤い色が特徴的な花である。僕自身詳しくは知らないが、極東地方では『彼岸』という言葉を象徴している花らしい。

 

 それを、先輩は眺めていた。他の品物には目をくれず、まるで取り憑かれたようにそのリボンを見つめている。

 

 ──………………。

 

 こんな先輩を見るのは、初めてだった。元々こういった装飾品などに欠片ほどの興味を示さないような人なのだが……あのようなリボンに──女の子が(・・・・)惹かれるような装飾品に、こんな風になって視線を注ぐとは。

 

 僕は少しだけ考え込んで、それから店主に言った。

 

「すみません。その白のリボンを売って頂けますか?」

 

「え?」

 

 僕の言葉に、先輩が少し驚いたように声を上げた。それに続くようにして、店主が低く、しかし実に聞き取りやすい声で言う。

 

「六百Ors(オリス)……と言いたいところだが、そこの嬢ちゃんの熱い眼差しに免じて、三百Orsにまけてやるよ」

 

「は、はあっ?俺そんなの「ありがとうございます」

 

 先輩の声を遮って、太っ腹な店主に礼を言いながら、代金を手渡す。そうして、先輩が熱心に見つめていた白いリボンを手に取った。

 

「先輩。ちょっとこっちに頭向けてもらえませんか?」

 

 リボンの手触りを確かめながら、そう先輩にお願いする。先輩は唖然としていて、それから数秒遅れて、

 

「や、やだ」

 

 と、慌てて拒否した。恐らくこのリボンを僕がどのようにして使うのか、先輩といえど流石にわかっているのだろう。全く、素直じゃないなあ。

 

「俺男だし。そんなの女がつけるようなモン「僕の三百Ors、無駄にするつもりですか?」……ひ、卑怯だぞクラハ!」

 

 笑顔を浮かべる僕に、先輩はそう怒鳴ってみせるが、琥珀色の瞳をしばし泳がせて──やはり僕の言葉が効いたのか、観念したように僕の方へとその頭を近づけてくれた。

 

「ほ、ほら!これでいいんだろこれで!?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 言いながら、僕は先輩の髪にリボンを近づけ、

 

「……これでよし、と」

 

 少々手間取ってしまったが、なんとか結びつけた。結びつけて──思わず、心の中で唸ってしまった。

 

 ──に、似合ってる……。

 

 所謂(いわゆる)蝶結びというものだが、当然と言うべきかそのリボンは実に大変、非常に先輩に似合っていた。

 

 思わず見惚れてしまっていると、顔を赤らめた先輩がブツブツと小さく文句を呟き始める。

 

「か、買って欲しいなんて言ってねえのに……こんな、女が好きそうな、もの……」

 

 ……そう言う先輩だが、無意識でそうしているのか、指先を髪をクルクルと弄んでいるその姿は、何処からどう見ても女の子にしか見えない。それに、確かに「欲しい」とは口には出していなかったが………。

 

 ──思い切り顔に出てたしなぁ……まあ、まさか先輩がこういったものを欲しがるとは、夢にも思っていなかったけど。

 

 そんな先輩を見やって、僕は苦笑いを浮かべた。それから先輩は文句を垂れていたが、やがて小さく。本当に小さく──最後にポツリと零した。

 

「…………でも、まあ…あ、あんがと……」


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