ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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終焉の始まり(その四十四)

 気がつけば、闇の中にいた。周囲に目を配っても、何も見えない────いや、何もない。自分以外、存在していない。

 

 沈んでいるのか、それとも揺蕩(たゆ)たっているのか。そんな曖昧な感覚に抱かれながら、俺は呆然する。

 

 

 

 

 

 ──お前は望んだ。お前は求めた。故に今、此処にいる──

 

 

 

 

 

 不意に、闇の中の、至るところから。その声が、息を呑まざるを得ない圧を伴って、響いた。

 

 ──言うのだ。力の為に。己が望み求めて止まない、その為に──

 

 実に奇妙で、不思議な感覚だった。声が響く度、声に揺さぶられる度に。頭の中で、文言が浮かび上がってくる。

 

 これを言えばいいのか────そう思った矢先。

 

 ──言え──

 

 そう、声に促され。そしていつの間にか、口を開いていた。

 

「我は、かの厄災の予言に記されし、滅びの一つ()り」

 

 開き、呟き────そうして俺の意識もまた、闇に溶ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「弱くなったな、ライザー」

 

 その言葉の意味を理解するのに、俺は数秒を要した。その数秒の間、不覚ながら間抜けにも、俺は動くことができず。

 

「……あぁ?」

 

 そうして結局、数秒を経て理解しても。口を開くことしかできないでいた。

 

 弱くなった────クラハの言葉が頭の中で何度も響き、繰り返し反芻させられる。次第に堪えられない怒りが込み上げ。

 

「誰が、どうなったって……?」

 

 気がついた時には、もう既に。クラハに対して、俺はそう言っていた。するとクラハは依然として変わらないその様子のまま、再度口を開く。

 

「お前は弱くなったんだ、ライザー。お望みなら、何度だってそう言ってやる」

 

 瞬間、俺の堪えられない怒りは瞬く間に己を焼き尽くす灼熱の業火へと変わり。五臓六腑、その全てが煮え繰り返るのを確かに感じながら、俺は裂けても構わない勢いで口を開いた。

 

「俺がッ!?弱くなったッ!?俺が弱くなったってぇッ!?その目ん玉はお飾りかこのドブカスがァアアッ!!」

 

 バキバキバキバキッッッ──俺の魔力に当てられた周囲の長椅子(ベンチ)が破砕音をけたたましく奏でる。それだけに止まらず、足元の床にも亀裂が縦横無尽に駆け抜けた。

 

「見ろよ見ろよよぉく見やがれクソッタレッ!こうやってほんのちょいと魔力で撫でてやっただけで!この有様だッ!!わかるか!?わかるよなあッ!!!」

 

 そしてすぐさま、俺は無造作に腕を振るい。それと同時に先程から無尽蔵に、無際限に溢れ出す魔力を、乱雑に放つ。

 

 ドガババババキャバキャバキャッ──無論【放出(バースト)】でもなければ、魔法ですらない。本当にただ魔力の塊を放っただけ。それだけで、その進行方向にあった全てが悉く破壊され、そして先にあった壁すらも突き抜け、吹き飛ばした。

 

「……ハッ」

 

 その光景を見やり、俺はほくそ笑みながら確信する。自分は決して、弱くなどなってはいないと。

 

「これでもまだ、俺が弱いって?」

 

 そして幾分かの心の余裕を取り戻した俺は、答えがわかり切っているその問いを、一体何を考えているのかどうにもわからないクラハに対してわざわざ投げかける。

 

「ライザー、僕の答えは変わらない。お前は、弱くなったよ」

 

 ……最初から、こちらの話が通じないとわかってはいたが。それでも、まさかここまでとは、流石に思っていなかった。

 

 いい加減埒が明かないと、遅いと言わざるを得ないその判断を下した俺は。思わずまた感情に突き動かされるままになりそうになるのを堪えながら、努めて冷静になり。

 

「などと意味不明なことを供述してるんですがねぇ……あなたは違いますよね?アンタなら、わかりますよね。そんなこと、アンタなら言いませんよねえ?」

 

 そうして、話の矛先を。クラハの背後で大人しく、しおらしくしているその人に、俺は向けるのだった。

 

「……」

 

 焦らすように数秒の沈黙を挟んで、薄らと口紅(リップ)が引かれたその唇が満を持して開き────

 

 

 

「クラハの言う通りだ。ライザー、お前は……弱くなった。弱く、なっちまった」

 

 

 ────そんな訳のわからない、正気の沙汰ではない世迷言を吐くのだった。

 

「…………アンタ、まで。そんなこと、を……」

 

 と、呟く俺の声は、自分でもわかる程に。情けなく、みっともなく震えていた。

 

 紅蓮の煌めきを灯すその瞳に、俺は見つめられる。もしそれが、侮蔑と敵意が込められた睥睨だったのならば、まだ辛うじて平静を保てていただろう。

 

 だが今、俺に向けられていたのは────悲哀を含んだ、憐れみの視線で。そしてそれは、俺の心の平静を(いと)も容易く、大いに揺さぶり、呆気なく打ち崩した。

 

「……ハ、ハハ」

 

 酷く乾き、掠れた笑い声が。勝手に、自分の喉奥から漏れ出してくる。

 

「ハハハハ、ハハッハ……」

 

 自分の意思では、止められなかった。止められないまま、俺の笑い声は次第に勢いを増し、教会内に響き渡る。

 

 そうして、数分────

 

 

 

「そんな訳ねぇだろうがあよぉおおおおおおおおおおッッッッ?!!!!!」

 

 

 

 ────気がついた時には、俺はまたしても勝手に、自分の意思とは裏腹に、爆発していた。

 

「俺ぁ!!力を、力をッ!手に入れたんだッ!そんな俺が弱くなったはずがないッ!そんな訳がないんだッ!!!」

 

 勝手に次々と、俺の口から我先にと、唾と共に飛び出していくそれらの言葉。自制することなどできなかった。そんなことを考える余裕すら、俺は失ってしまっていた。

 

 力、力と。馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返し喚き散らす、そんな俺を。二人は至って冷静に、そしてやはり憐れむように見つめる。それが更に、俺を暴走させる。

 

「そうか、怖いのか?怖いんだろうッ?こんな力を手にした俺が恐ろしいんだろうッ!?だからそんな寝惚けたことほざきやがるだろッ!!」

 

 と、まるで────いや、駄々を捏ねる子供(ガキ)の如く、そう吐き捨てる俺に。憐憫の眼差しそのままに、クラハは徐に口を開き、至極平静な声音で言う。

 

「なら、かかって来い」

 

「ああ!?……あぁ、確かに。なるほど確かに、ハハハ!名案だな、その方が手っ取り早いなあ!!」

 

 もはや思考を挟まず、反射的にその言葉に、(さなが)ら駄犬のように噛みつきかけた俺だったが。しかし、その誘いはまさに渡りに船であることに、あわや既のところで気がつき。何の躊躇いもなく、そのように同意する。

 

 すると同時に、俺は右腕を振り上げ、魔力を集中させる────俺の右腕が瞬く間に、漆黒に染め尽くされた。

 

「武器なんざ要らねえ。これで、その気に食わねえ顔面に風穴ぶち空けて、証明してやるよ……俺は、弱くなってなんかねえってことをなぁあ!!」

 

 と、俺は叫び。宣言通り、魔力を帯びた己の右腕の切先をクラハの顔に定める。

 

「抜けよ。てか抜けや、剣。この力を手にした俺相手に、素手で挑ませるつもりなんざ、さらさらねえ。てな訳で、そうやって間抜けに立ち尽くしてないでさっさと剣抜きやがれクラハァアアア!」

 

 ──一瞬だ。お前が剣を抜いて、構えてから。その後一瞬で、背後(うしろ)でお目目キラキラにしてる、お前の大事で大切な、お前が先輩だと思い込んでるその人の目の前で……お前を殺してやる。

 

 

 

 

 

 ──殺すことが、俺の望みなのか?──

 

 

 

 

 

 唐突に頭の奥で響いた気がした言葉を忘れ去って、俺は心の中でそう吐き捨て。クラハを見据える。

 

 数秒、十数秒────痺れを切らした俺は、再度口を開いた。

 

「どうしたいつまで待たせるつもりだ!?お前が剣を抜いて構えるまで、こっちはわざわざ進んで待ってんだぞ鈍間(ノロマ)がぁ!!」

 

「……」

 

 俺の言葉に対して、クラハが返事をすることはなく。それがただでさえ限界を超えて燃え上がる俺の憤怒に、過剰な程の燃料を注ぎ込み。顳顬に浮かび上がっているのだろう何本もの青筋が膨張し、弾け千切れ飛ぼうとも構わないつもりで、俺はがなろうとした────

 

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

 

 ────寸前で、徐に閉ざしていたその口を開いたかと思えば、クラハはそう言った。

 

「僕は何もしない。殺したければ、好きに殺せばいい」

 

 俺が理解する間もなく、間髪入れずにそう続けるクラハ。遅れて、ようやっとそれらの言葉を飲み込み、理解した途端。

 

「ふッッッッざっけんじゃあねええええええええ!!!!!」

 

 やはりというべきか、自覚する前に俺はそう叫び散らしていた。

 

「一体!!一体どれだけ、どれだけ俺を!俺を俺を俺を!!虚仮にしたら気、気が済むんだぁあッ!?お(めえ)はよおおおおおお!!!!!」

 

 そして自覚しても、俺は止まれなかった。激情のままに叫び続け、四方八方に魔力を飛び散らせ、手当たり次第に破壊を振り撒く。

 

「戦えッッッ!!!戦えって、言ってんだあああああああ!!!アアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」

 

 ドガンッッッ──そしてその時、これまでで一番の魔力が俺から解き放たれ。俺の足元は爆ぜ、周囲の床は忽ち捲れて宙で塵と化し、教会全体からひっきりなしに軋んだ音が何重にも重なりながら響き渡った。

 

 そこまでして、俺は止まった。ようやく、止まることができた。荒い呼吸を何度か繰り返した後、改めてクラハの顔を見据えながら、俺は言う。

 

「二度は言わない。俺と戦え、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』所属《S》冒険者(ランカー)……クラハ=ウインドア」

 

 今頃になって冷静を気取っても、馬鹿らしいお笑いでしかない。無論、そんなことは承知の上だ。その上で、俺はそう言ったのだ。

 

「僕の答えは変わらない。ライザー=アシュヴァツグフ……僕はもう、君とは戦わない」

 

 そしてそう返されるのも、承知の上だった。少し黙って、俺は鼻で笑い。それからクラハの背後(うしろ)に向かって、声をかけた。

 

「どうにかしてくれませんか?ねえ……ブレイズさん」

 

 女々しく、散々躊躇っていたその名前を口にして、俺はクラハの背後に立つその人────(かつ)てこの世界(オヴィーリス)で最強と謳われていた三人の内一人である《SS》冒険者にして、俺の憧れであった人。けれど今やその面影は何処にもなく、ただの非力で無力な、何もできやしない少女に成り下がってしまった人────ラグナ=アルティ=ブレイズさんに話しかけ、請願する。

 

「このままだとあなた、目の前で失うことになりますよ?大事で大切な、このクソッタレな世界でただ一人しかいない後輩を、むざむざ見殺しになんかしませんよね?」

 

 ブレイズさんは、何も言わなかった。強張らせた顔のまま、口を閉ざし。少し遅れて、堪えかねた俺は再度口を開いた。

 

「聞いてますか?聞こえてますか、俺の言葉。もしそうならさっさと「やれよ」

 

 俺の声を遮るように。その表情と同じく強張った声で、ブレイズさんがそう言った。

 

「お前がやりたいようにやればいい。俺はお前を止めない……やってみせろよ、ライザー」

 

 似合わない()()()だ。痛ましい()()()。それくらいのこと、俺にだってわかる。わからない訳がない。

 

 それ故に、理解できなかった。心底、到底、理解ができそうになかった。

 

「……狂ってるのか?お前ら、狂ってるやがるのか……ッ!?」

 

 認めざるを得なかった────この時、俺は恐怖していた。理解が及ばない存在(モノ)を前に、慄き震えていたのだ。

 

 ──力を手に入れた俺が、恐怖……?恐怖、するだと?

 

 だが、それはあってはならないことだ。そんなことは決して、絶対にあってはならないことだった。

 

「ふざけるなあああああああああ゛あ゛あ゛あ゛ッハハハハハハ!!!」

 

 己の内にこびり巣食うその恐怖を振り払い、怒声を張り上げ、そして嗤い。それから改めてクラハに腕の狙いを定める。

 

「上等だこの度し難い狂人共が!だったらお望み通り、ぶっ殺すッ!!手前(てめえ)で吐いた唾だ!後悔すんじゃあねえぞ!?」

 

「……後悔か」

 

 そう、意味ありげに呟くと。俺に対してクラハは何処か達観したように────

 

 

 

「後悔することになるのは、どっちだろうな」

 

 

 

 ────こちらの全てを見透かしているように、そう言った。

 

 瞬間、俺はその場を蹴り。一気に、クラハとの距離を詰める────それでも、()()()()()()

 

 

 

 

 

『その才能を使って、その才能を利用して私欲を満たしてはならん。決して自分の為に振るってはならんぞ。何故ならば、お前の凄まじい才能はそんなことを成す為の力ではないからだ。……いいな?』

 

 

 

 

 

 刹那にも満たないその一瞬の間で、俺は()()()()()()()

 

 

 

 

 

『おう。なぁに安心しな。この坊主ボウズは稀に見る逸材って奴よ。この俺が保証してやるよ』

 

 

 

 

 

 考えないようにしていた。考えてはいけなかった────何故ならば、俺にその()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

『名はライザー、ライザー=アシュヴァツグフ!『大翼の不死鳥(フェニシオン)』の新しき────《S》冒険者(ランカー)だ!』

 

 

 

 

 

 後悔する資格と、想起する資格さえも。その全てを、俺は自ら捨てた。

 

 

 

 

 

『この決闘はもう終わったの、ライザー。……貴方は、負けたのよ』

 

 

 

 

 

 故にもう、俺は考えてはいけなかった。俺のような、人間は。

 

 

 

 

 

『この、最低最悪の……同類、どう……ぞ……』

 

 

 

 

 

 こんな最低最悪の、人間は。だがそれでも、よりにもよってこいつの言葉で、ほんの一瞬だけ考えた。その一瞬だけで、今の今までを振り返るには充分だった。

 

 抜かないというその言葉通り、その腰に下げた長剣(ロングソード)を鞘から抜かず、どころかその場から動こうとしない。そんな奴を殺すことなど、造作もない。

 

 ──ああ、そうだ。俺はクラハを殺したかった。たとえ殺しててでも……俺はこいつに勝ちたかった。

 

 そうして今、何もかもを投げ捨ててまで追い求めた勝利が、目前に迫る。もうすぐ、この手に届く。

 

 クラハの顔面めがけて、俺は腕を突き出す────────その寸前で、考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ライザー様!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──こんな勝ち方をしたところで、君は絶対に褒めてくれないだろうな……シャロ。

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