ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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RESTART(その六)

脱衣(ストリップ)だ。ラグナ=アルティ=ブレイズ」

 

 突然、いきなりもいきなり。何の脈絡もなくそう言い放ったエンディニグル・ネガに対して。ラグナは最初こそ不覚ながらに絶句したものの、すぐさま我に返って怒声を張り上げる。

 

「何ふざけやがったこと抜かしてんだッ!お前ッ!!」

 

「これから我が言うもの全て、例外一つとしてなく己が身から手放せ、ラグナ=アルティ=ブレイズ。もし逆らえば、こいつは即殺す」

 

 しかし、当然の如くエンディニグル・ネガはそれを無視して、更に続ける。

 

「そしてここからが重要だ。所詮ふざけたことだと聞き逃せば、後悔するのは確実であると、ひとまずは言っておこう。……さて、貴様が何かを手放す度、我はこいつを痛める。先程指を折ってやったように、な」

 

「は……!?お前……ッ!」

 

 ラグナの心の奥底から止め処なく溢れ出す怒りが、瞬く間に確かな殺意に置き換えられて。その全てを眼差しに乗せて、エンディニグル・ネガに突き刺す。

 

 が、その当人に気を害した様子はまるで見られず、それどころかラグナの殺意を愉しむかのような、気色の悪い笑みを浮かべる始末であった。

 

「だが殺しはしない。あくまでもただ、我は痛めつけるだけ。それだけに留めようじゃあないか。感謝してほしいものだよ、全く……では、早速」

 

 一体己はどれだけ慈悲深いのだろうか、とでも言いたげな声音でエンディニグル・ネガはそう宣い、そしてラグナの足元を指差した。

 

「その靴を脱げ。いいな?それと親切心でわざわざ教えてやるが……次はこいつの左手を握り砕こうかと、我は思っているぞ?」

 

 そう言って、エンディニグル・ネガは優越感に浸った、試すような眼差しをラグナへと送る。

 

 それに対してラグナは憤怒溢れて有り余る、凄絶極まった形相を向けていたが。やがて、悔しげな舌打ちをすると、その顔を俯かせてしまうのだった。

 

 ──……俺が言う通りにしなかったら、クラハは殺される。でも、だからって言う通りにしても、クラハは痛い目に遭わされる。

 

 要は、長いか短いか。違いはそのどちらかで、どちらにせよクラハが苦しむことには変わりない────それ故に、ラグナは悩む。懊悩に暮れる。

 

 ──俺は、どうすりゃぁ……っ。

 

 と、苦悶の声を心の中で漏らしながら。ラグナは徐に俯かせていた顔を上げ、クラハのことを見やる。

 

「…………」

 

 クラハの顔から、いつの間にかエンディニグル・ネガの操る黒い手は離れていた。彼は最初こそ何処か思い詰めたような表情を浮かべ、こちらのことを見下ろしていたが。それが不意に真剣なものへと変わって、覚悟を決めたように、徐に目を閉じるのだった。

 

「……クラハ」

 

 と、消え入りそうな声音でクラハの名を呟きながら、ラグナは己が胸の前で拳を作り、血が滲みそうな程にキツく、握り締める。

 

 ──俺は……俺は、俺は……ッ!

 

「なるほど。なるほど、なるほど」

 

 その時、不意にエンディニグル・ネガが口を開き。ラグナが咄嗟に顔を向けるのとほぼ同時に、クラハの首を掴んでいた黒い手の指先が、再び食い込んだ。

 

「こんな塵芥(ゴミ)屑滓(クズカス)など別に殺されても構わないという、貴様の考え。その思い、よくわかった。であれば、我はそれを尊重させてもらうこととしよう」

 

 と、エンディニグル・ネガが言い終えるや否や。黒い手の指先が更に沈み込み、皮膚が裂けて血が滲み、流れ出し。そしてクラハが堪らずその顔を苦しげに歪ませる────瞬間。

 

「ま、待て!わかった!言う通りにするっ!するから……っ!」

 

 ラグナが慌てて、必死になってそう叫んで懇願するが。しかし、そんなラグナのことをエンディニグル・ネガはただ見るだけで、黒い手を止めようとする素振りを見せない。そうしてクラハの首に指先が深く沈み、減り込み、遂には皮膚を突き破る────寸前。

 

「言う通りに、します……だから、止めて、ください……」

 

 こちらの身と心が腐り落ちるような屈辱を、無理矢理に飲み込んで。ラグナは改めて、エンディニグル・ネガに対してそう懇願するのだった。

 

「……ならば最初から大人しく従っていればいいものを。しかし、我は寛大で、そして慈悲深い。それらに感謝することだ。それこそ咽び泣くまでに、な」

 

 と、満足そうな下卑た薄ら笑みを浮かべて、エンディニグル・ネガはそう言うと。クラハの首を今にでも()ぎ取ろうとしていた黒い手の力が緩み、その指先が離れた。

 

 皮膚が裂け、少し抉れたような傷口を目の当たりにして。堪らず、ラグナは胸が締めつけられ、上手く息をすることができなくなるような錯覚に陥りながらも。恐る恐る、足元に手を伸ばす。

 

 ──死ぬ、よりマシ。死んだら元も子も、ない……。

 

 と、まるで自己暗示かの如く、自分に何度もそう言い聞かせながら。そうしてラグナの指先が遂に、自分が今履いているハイヒールの踵の(ふち)に触れ、引っかかる。

 

 ラグナは天秤にかけた。苦しませる恐怖と、失う恐怖────その二つを、かけざるを得なかった。

 

「……言う通りにすれば、本当に殺さないんだな……?」

 

 弱々しく震える声で訊ねるラグナに対して、エンディニグル・ネガは勿体振るように間を置いて、ようやっと答える。

 

「ああ、殺さんよ。殺さんとも」

 

 ……本当なら、どちらだって嫌だった。心底、嫌に決まっている。こうしている今だって、こうして未だに迷っている。

 

 けれど、そのエンディニグル・ネガの一言が、ラグナの天秤を傾けさせた。

 

 ──死ぬよりマシだろ?死んだら元も子もないだろ?だから、俺は、こうするしか……っ!

 

 そんな最中、そんな体の良い、自分の都合しか眼中にない言い訳を最後に。

 

 今にも吐いてしまいそうな苦渋の表情になりながら、ラグナは縁にかけていた指先に力を込め、そしてとうとう────そのハイヒールを脱いでしまった。

 

「…………脱いだぞ」

 

 そうして流れるようにもう片方も脱ぎ去り、裸足となったラグナは。今にも死んでしまいたいとでも主張するような、そんな悔恨と罪悪感に塗れた声音で呟く。そんな様子のラグナに対して、エンディニグル・ネガは歓喜と愉悦に満ち溢れた声で返事をした。

 

「それがお前の選択という訳だな?ラグナ=アルティ=ブレイズ。なに、そう気に病むことはないし、必要もない。何故ならばこの方がマシだからな。そう……死ぬよりマシだ。ずっとずっと、マシだとも」

 

 エンディニグル・ネガは見逃さない。自らの言葉に対して、ラグナが僅かながらに肩を跳ねさせ、反応したことを。

 

「さて。では早速、砕くぞ?ボキボキと、ゴキゴキと、我は砕くぞ?こいつの左手を……握り砕くぞぉ〜〜〜?」

 

 面白可笑しく茶化すようにエンディニグル・ネガが言う傍らで、黒い手がクラハの左手に忍び寄り、そして包み込むように握り込む。

 

「ああそうだラグナ=アルティ=ブレイズ。貴様は目を逸らすな。こいつに対する仕打ちの全てを、見届けるんだ。何せこれは貴様が選択した結果だ。他の誰でもない貴様が、自ら選んだ結果の末だ。故にそれを見届けるは当然にして必然……道理だろう?」

 

「……」

 

 エンディニグル・ネガの物言いに、ラグナは噛みつこうとはしなかった。ラグナ自身、決して認めたくはなかったが……それだけエンディニグル・ネガの言い分が正しいと、ラグナも心の底では思ってしまって、そして諦観(こうてい)してしまっていた。

 

 まるで放心しているように大人しく、けれど何処か怯えているようなラグナが見ている目の前で。クラハの手を握り掴む黒い手に、遂に力が込められる。

 

 徐々に、ゆっくりと。圧迫され、次第に変色していくクラハの手。耳を澄ませなければ聴き取れない程の、しかし聴くことが憚れるような、肉が潰れ骨が軋む、嫌悪を催す生々しい音────そして。

 

 

 

 

 

 メキョ──という、決定的な音がした。

 

 

 

 

 

 (さなが)ら、果物のようだった。素手によってぐしゃりと握り潰された、果物のように。黒い手の指の間から血に塗れた薄桃色の肉片が飛び出し、一拍遅れてぼたぼたと血が滴り落ちていく。

 

「ほう。惨めにみっともなく泣き叫び、喚き散らすものかと思ったが……」

 

 と、意外そうに呟くエンディニグル・ネガの言葉通り。今し方無惨にも手を文字通り握り潰されたというのに、クラハは苦悶の絶叫を上げるどころか微かな呻き声一つすら漏らすことなく。まるで何事もなかったかのような、至って平然とした表情のまま、沈黙を保っていた。

 

 ──…………!!

 

 クラハの意図を瞬時に理解してしまったラグナは、言葉を失う。目を見開き、もはや固まることしかできないでいるラグナの代わりと言わんばかりに、エンディニグル・ネガが口を開く。

 

「そこまで、そうまでしてラグナ=アルティ=ブレイズに負い目を背負わせたくないか……面白い。実に、面白いではないか。いいだろう、果たしてその痩せ我慢がどこまで続くのか、このエンディニグル・ネガ自ら……否、我とラグナ=アルティ=ブレイズで、思う存分に試してやるとしようじゃあないか」

 

 そうして、エンディニグル・ネガはラグナの方に顔を向けて、邪悪に歪んだ笑みを浮かべて告げる。

 

「ラグナ=アルティ=ブレイズ。次はその両腕の、無駄に長い手袋だ。さっさと外すがいい」

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