ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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DESIRE────淑女としての礼節

 傷心の先輩をなんとか宥めて、僕たちが『ERy(エリィ)』を後にする頃には、もう午後十六時近くになっていた。

 

 最初訪れた時のように、『金色の街』としての姿を取り戻していくラディウスの街道を僕たち四人は歩いていく。

 

「明日、私とブレイズさんはこの街に観光として訪れた富豪の姉妹で、ウインドアさんとサクラさんはその執事という設定で舞踏会(パーティー)に参加します」

 

 歩きながら、全ての決着がつく明日についてフィーリアさんが説明する。

 

「ですので、変装がバレないように動かないといけんですけど……まあ、私とサクラさんは名前だけ目立って顔とかはあまり知られていないですし、ブレイズさんは性別やら容姿やら全部が変わってますし、ウインドアさんは知名度的には無問題なので、よほどのことがない限り気づかれはしないと思います」

 

「よほどのことがない限り、ですか……」

 

「はい」

 

 確かに彼女の言う通り、僕も先輩を除いた残り二人の《SS》冒険者(ランカー)が、『極剣聖』と『天魔王』という異名で呼ばれていることは知っていた。だがあくまでもそれだけで、その顔や姿などは全く知らなかった。

 

 名前だけが独り歩きしている──このような言い方はあまりしたくないが、確かにその通りだった。であれば気をつけるのは──

 

「ですので、一番気をつけるべきなのは私たち四人が冒険者だと気づかれることです」

 

 ──僕が頭の中でその結論を出すよりも早く、フィーリアさんは口に出していた。そう、僕たちが一番気をつけなければならないのはそこだ。今、ギルザ=ヴェディスが最も警戒しているだろう存在は僕たち冒険者なのだろうから。

 

「とは言っても特に怪しい動きをしなければいいだけの話です。……なんですが」

 

 そう言って、フィーリアさんは僕の隣で歩く先輩に顔を向けた。

 

「ブレイズさん。問題はあなたです」

 

「え?」

 

 唐突にそんなことを言われた先輩が抗議するかのように戸惑った声を上げる。

 

「お、俺が問題ってどう「言葉遣いです」……こ、ことば…づかい…?」

 

 先輩の言葉を遮って、フィーリアさんが己の指先を先輩の眼前に突きつける。尚のこと困惑する先輩に、彼女は憤慨するように続けた。

 

「言葉遣いですよ言葉遣い!女の子があんな乱暴な言葉遣いしたら駄目でしょう!?」

 

 ──ああ……。

 

 フィーリアさんの言葉に、僕は心の中で頷く。女の子、それも貴族なら、先輩の言葉遣いなど論外だろう。だが、それは仕方のないことだ。

 

 そもそもの話、先輩は元は()なのだ。元が男である以上、否応なしにも乱雑な言葉遣いになってしまうものだ。

 

 なので当然先輩も言い訳をするが──

 

「お、女の子って……そもそも俺は「その一人称もです!女の子が自分のこと『俺』って呼びますか?呼びませんよ普通!」いや、だ、だから……」

 

 ──それを素直に聞き入れるほど、フィーリアさんは甘くなかった。

 

「とにかく、今問題点を挙げるならあなたの存在ですよブレイズさん。今ならまだしも、あの服装(ドレス)でその言葉遣いはまずいです。違和感しかありません」

 

 嘆息を混じえて、すっかり呆れた声色でフィーリアさんはそう言って、それから──何故か不気味なくらいに、にこやかな笑顔を浮かべた。

 

「ですので調きょ……矯正しましょう」

 

「うぇ?」

 

 先ほどから戸惑い続けている先輩を無視して、次にフィーリアさんは僕の方に顔を向いた。

 

「なのでウインドアさん。今夜、ブレイズさんをお借りしますね?」

 

 何故だろう。彼女は今、笑顔を浮かべているはずなのに、背筋が凍るような恐怖と威圧感しか感じられない。

 

 ──断ったら殺される……!

 

「わ、わかりました。先輩をお貸しします」

 

「んなっ!?ちょ、クラ「わぁありがとうございますウインドアさん!私、話のわかる方は大好きです!」

 

 またしても先輩の言葉を遮って、フィーリアさんはそう言うと少しの抵抗も許さず僕の隣を歩いていた先輩の腕を掴み、瞬く間に自分の隣にへと移動させた。

 

「さあブレイズさん。私が淑女(レディ)というものを徹底的に叩き込んであげますからね」

 

「ざ、ざっけんな!だから俺は

 

 先輩がその言葉を言い終える前に────瞬時にしてフィーリアさんと共にこの場から姿を消してしまった。恐らく……彼女が【転移】を使ったのだろう。

 

 ──すみません先輩本当にすみません……!

 

 いつしかの既視感(デジャヴ)を感じながら、僕は心の中で必死に先輩に対して謝罪を繰り返す。僕とて、やはりまだ命は惜しい。

 

 また先輩を売ってしまった罪悪感に精神を磨り潰される中、呆然と立ち尽くしていたサクラさんが口を開く。

 

「……しまった。伝え忘れてしまったな」

 

 そう呟くや否や、彼女は僕の方に顔を向ける。

 

「すまんウインドア。フィーリアに……いや、もういいか。私は少し寄り道をしてからホテルに戻る。まあそう遅くはならないから、心配はしないでくれ」

 

「え…?あ、はい。わかりました」

 

「ああ。ではな」

 

 サクラさんはそれだけ言うと、ホテルとは別方向に向かって歩いて行ってしまった。

 

 

 

「…………とりあえず、ホテルに戻るか……」


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