ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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RESTART(その八)

「ぁ、あ……あぁ、ああ……っ」

 

 と、まさに声にならない声を漏らしながら。愕然とした表情になって、ラグナは頭を抱え、その場に崩れ落ちる。

 

 そんなラグナの姿を、エンディニグル・ネガは大いに(わら)う。嗤いながら、己の嗤い声がけたたましく、(やかま)しく響く最中にて。エンディニグル・ネガは叫ぶ。

 

「さあ愈々(いよいよ)以て終幕(フィナーレ)だな!?ラグナ=アルティ=ブレイズッ!」

 

 だがしかし、もはやラグナはそれどころではなかった。

 

 ──俺の所為だ俺の所為でクラハがクラハがクラハがクラハが。

 

「ぅぁ、ぅぅぅ……ああああ゛……っ」

 

 途轍もない後悔。途方もない罪悪感。その二つに挟まれ、()され。そして、潰された末に。ラグナの瞳に残されたのは、あまりにも(くら)く、深く、果てしない絶望だけであった。

 

 そんな最中のラグナに対して、エンディニグル・ネガは依然嗤いながら────

 

「さあ脱げ!残ったその一枚を脱ぐんだ!貴様が最後の一枚を脱いだその時、我は……こいつの右腕を引き千切るッ!!」

 

 ────そう告げて、ラグナを絶望の縁へと追いやり、その淵へと突き落とすのだった。

 

「……みぎ、うで……?ひきちぎ、る……?」

 

 まるで理解できないように、理解などしたくないかのように。呆然と、ラグナはそう呟く。そう呟いたラグナに対して、エンディニグル・ネガは言う。

 

「そうだ。ブチブチと、ブチリと!我はこいつの右腕を引き千切ろう。引き千切ってくれよう!ハハハッ!」

 

「…………ふざけんな」

 

 決して短くはない沈黙を挟んだ後、どうしようもなく震え、すっかり怯え切った、脆く弱々しい声音で。ラグナはエンディニグル・ネガに続ける。

 

「そんなことしたら、クラハは、もう……」

 

「案ずるな死にはしないさすぐには。こいつの頑丈さとしぶとさはよくわかった。これまでで十二分にわかり切っただろう?まあ流石に千切って放置すれば死ぬだろうが……その前にお前が病院か何かに連れて行けばいいだけのことだ。こいつならば、その間は保つだろうよ」

 

「そういうことじゃないっ!!!」

 

 その時、堪らずにラグナが叫んだ。痛々しい悲鳴を、ラグナは切なげに上げた。

 

「そんなことしたらもう、クラハはもう!まともに生活なんてできない!できなく、なっちまう……っ!」

 

「ああ、なんだそんなことか。そんな程度の、些細な瑣末事か」

 

 そんなラグナに対して、赤の他人(ひと)事のようにエンディニグル・ネガはこう言う。

 

「貴様が支えてやればいいではないか。貴様が己が一生を費やして、支えてやったらいいだけのことではないのか?」

 

 元より、ずっと最初から、ラグナはそのつもりだった。エンディニグル・ネガなどに言われずとも、ラグナはそうするつもりであった。

 

 だがしかし、だからとて。

 

「そんなの当たり前だ!けど、だからって!後輩の腕引き千切らせる訳にはいかねえんだよ!!」

 

「そうかそうか。では死なすか」

 

 そう言うや否や、エンディニグル・ネガは自らの手の、五指の先を。クラハの首に押し当て、そのまま押し込む。

 

 普通ならばただ圧迫されるだけに過ぎないはずの行為────だが。

 

 ズグ──まるで鋭利な針か棘の如く、エンディニグル・ネガの指先はクラハの首に突き刺さるのだった。

 

 ラグナが目を見開いている間にも、そこから血が少しずつ、しかし溢れるように流れ出し。そしてクラハの口からまたしても、だが先程以上に、しかも両端から血が垂れ始める。

 

「っ!ま、待て!殺すなッ!!クラハを殺すなあっ!!!」

 

 その様を、次の瞬間には首を()ねられてもおかしくはない光景を、まざまざと見せつけられて。ラグナは慌てて、狂乱一歩手前、その寸前の声音で。切実に、エンディニグル・ネガに対して制止を訴えかけた。

 

「今し方言ったばかりだが、これとて貴様の選択の結果だろうがラグナ=アルティ=ブレイズ。最初から我にこいつを殺してもらえば、こいつは我に右腕を引き千切られることもなかったというのに、な」

 

 グリグリ────言いながら、エンディニグル・ネガは突き刺したままの指先をほじくるように動かす。動く度に、動かされるその度に。そこから更に血が溢れて、クラハの口からも血が垂れる。

 

「止めろッ!!止めろ止めろ止めろぉッ!!!」

 

「ではわかっているよなぁやるべきことはッ!さっきからぴぃぴぃ鳴いてるだけの(メス)畜生がッ!!脱げや!!その紐下着(ヒモパン)を、脱げやァアアアアヒャヒャヒャハハハハッ!!!」

 

 身の毛が弥立(よだ)つ、悍ましく下衆な高(わら)いを上げながら。眼球を剥き出しにする勢いで目を見開かせ、エンディニグル・ネガはクラハの首から指先を勢いよく引き抜いた。

 

 エンディニグル・ネガの悪意に満ちた嗤い声が響く最中にて、ラグナは息を乱し、荒げながら、どうにか立ち上がる。

 

 そして微かな震えがずっと止まらない両手を、腰に────否、今自分が穿いている下着(ショーツ)横面(サイド)に伸ばす。そうして、ラグナの指先が結ばれている紐の先端に触れる。

 

 ──脱がないと、脱がな、きゃ……でも、脱いだら、クラハの腕が……。

 

 この最後の一枚を脱いだら最後、クラハは右腕を失う。自分の選択によって、クラハは右腕を失う羽目になる────それを考えてしまい、ラグナはそこで止まってしまう。そこから先には、進めなくなってしまう。

 

 無論、そんなラグナのことをエンディニグル・ネガは看過などしない。依然(わら)いながら、徐にクラハの血で染まったその手を、宙へと掲げて。

 

OK(オーケー)ッ!!殺ってやるぜ!!」

 

 と、叫んだ直後。ラグナが止める間もなく、エンディニグル・ネガは振り上げたその手をクラハの首に振り下ろす────

 

 

 

 

 

「あなたのッ!正しい道を、進んでください!!」

 

 

 

 

 

 ────その寸前で、クラハがそう叫んだ。

 

「僕は後悔してません!手足を折られようが、目を潰されようが!後悔なんてしないッ!絶対にッ!!」

 

 先程まで俯かせていたその顔を上げ、閉ざした瞼の隙間から血を流しながら。クラハは続けてそう叫ぶ。

 

「……クラ、ハ」

 

 と、呆然自失とした声を力なく漏らすラグナに、そのままの勢いでクラハが続ける。

 

「だから先輩は

 

 ゴッ──が、その時。突如として、クラハの顔を黒い手が殴りつけた。

 

「黙れ。さっきから喧しい」

 

 そしてエンディニグル・ネガが凄まじく不快そうに吐き捨てる。しかし、それでも構わず、透かさずクラハは口を開いた。

 

「先輩は正しい道を進んでください!後悔しない道を、自分が進みたい道を、ラグナ先輩もッ!!」

 

 言い終えるや否や、またしても黒い手に殴られるクラハ。そんな彼の姿をラグナは苦しげに見つめ、目を閉じる。

 

「…………わかった」

 

 そして消え入りそうな声でそう呟いて、再びラグナは目を開く────(くら)く濁り、淀んだままではあるものの。その瞳には、揺るぎない決意と。確かな覚悟があった。

 

 そうして、下着(ショーツ)の紐を、ラグナは今度こそ摘む。

 

 ──ごめんクラハ。俺は、お前を……死なせたくない。だから、ごめん……!

 

 と、心の中で呟き、これまでとはまるで比にならない罪悪感の只中(ただなか)に立ちながら────

 

 

 

 

 

 シュル──ラグナは摘んだ紐を、引っ張った。

 

 

 

 

 

「……最後の一枚、とうとう脱いだな。ラグナ=アルティ=ブレイズ」

 

 紐が(ほど)け、僅かな衣擦れの音と共に。今し方まで穿いていた下着は、ラグナのすぐ足元へと落ちる。それを見やってから、エンディニグル・ネガはラグナの方へと視線を移し。一糸纏わず、己の何もかもを晒すラグナを視界に映して、言わなくてもわかることを、わざわざ口にする。

 

 対するラグナは己が裸体を包み隠さず晒していることを、少しも恥じらう素振りを見せず。これから目の前で起こることへの恐怖と、これでようやっと全てが終わるのだという安堵。その二つが絶妙に、そして凄絶に入り混じった、筆舌に尽くし難く形容し難い、そんな表情を浮かべながら。ラグナはただ、クラハを見つめていた。

 

 最初、そんな様子のラグナを眺めていたエンディニグル・ネガは、不意に鼻で(わら)い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブシャアッ──先程の宣言通り、クラハの右腕を黒い手が引き千切る。と同時に、別の黒い手が彼の背中を突き。盛大に噴き出す鮮血と共に、その黒い手は彼の胸から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宙に向かって、クラハが血反吐をぶち撒ける。彼の血が教会の床を赤く染め上げた直後、エンディニグル・ネガが彼の頭を掴んで。

 

 ゴキンッ──そうして平然と、()し折る。

 

 一方、クラハを貫いた黒い手は伸び。やがて、ラグナの目の前で止まる。ラグナのすぐ眼前に、手の平の上に乗せたそれを────クラハの心臓を晒す。

 

 首があらぬ方向へと曲がってしまったクラハから、鼻先に突きつけられている彼の心臓に、ゆっくりとラグナが視線を移した、その時。

 

 グブチュッ──思い切り、黒い手は乗せていたクラハの心臓を握り潰すのだった。

 

 潰され、飛び散った血の大半がラグナの顔に降りかかり。ラグナの鼻を、頬を、口を。赤く赤く、真っ赤に(まだ)らに塗りたくる。少し遅れて、ラグナの鼻腔を生々しい鉄の臭いが満たす。

 

 (さなが)人形(ドール)の如く、完全に固まり動かないでいるラグナのことを他所に、徐に黒い手が放り投げる。握り潰され、今や血に塗れた拳大程の肉塊(しんぞう)を、まるで塵芥(ゴミ)のように。教会の床に向かって放り捨て、べちゃりと重たく湿った水音を立てて、肉塊は教会の床に叩きつけられ。僅かに残っていた血を、力なく漏らした。

 

 役目は果たしたと言わんばかりに、黒い手はラグナの前から退き。あっという間に、クラハの身体からも引き抜かれ。彼の胸にぼっかりと空いた穴から、その縁を彩るように、ぼたりぼたりと血が新たに垂れ始める。

 

「はい、お疲れ」

 

 と、気怠くわざとらしそうにエンディニグル・ネガが吐き捨てるや否や。クラハを掴み持ち上げていた黒い手たちは、無造作に、ぞんざいに。宙へと、彼を放る。

 

 ドチャッ──クラハの身体はラグナのすぐ横を通り過ぎて、床に落ち、転がって。途中にあった己が肉塊(しんぞう)を轢き潰した後、静かに止まった。直後、静止した彼の身体に、今し方引き千切られたばかりである彼の右腕がぶつけられる。

 

 未だ、ラグナは何も言えないでいた。何も言えないでいるまま、ぎこちなく、ゆっくりと後ろを振り返り。教会の床に転がされたクラハを、ラグナは見つめる。

 

 何も言わず、何も言えず、ラグナはクラハを────否、死体(クラハ)を呆然と見つめていた。

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