ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
「夜中に突然すまなかったな。ウインドア」
「い、いえいえ全然気にしなくても大丈夫です。僕も丁度起きたところでしたし」
などという会話を交わしながら、僕とサクラさんはホテルの廊下を並んで歩く。ちなみに今の時刻は午後の二十一時である。
この時間ともなると、僕たちのように廊下を歩く他の宿泊客もほぼ見ない。現に僕とサクラさんの二人きりだ。
サクラさんという、他に二人とていないだろう美女と二人きりの状況。普通であれば男としてこれ以上に喜ばしいことはない状況なのだが、生憎今の僕にそう思う余裕などなかった。
サクラの隣で歩きながら、僕は内心頭を抱えていた。
──まさか、先輩で……よりにもよってあんな夢を見てしまうなんて……僕は、最低だ。
自己嫌悪と罪悪感に身も心も押し潰されそうである。まあ確かに先輩と同棲を始めてから劣情というか鬱憤というかなんかもうそういう色々なものを溜め込んでしまっているが、先輩は先輩なので決して間違いなど起こさないよう、自分なりにできるだけ気をつけていた。あくまでも僕はそのつもりだった。
…………つい先日、先輩の挑発に堪え切れなくなって思わず一線を超えかけそうになったが、それはまあノーカウントということで。
ともかく、気をつけてはいたのだ。…………いたはず、だったのだ。
──………………でも、可愛かったなあ……あの先輩。
いけないとわかってはいる。わかっているが、どうしても思い返してしまう。先ほど見てしまった、最低な夢の内容を。
あれほど忌避していたはずの、女の子の服を自ら着て、僕に評価を求める先輩。男を誘うような、挑発的な笑みを浮かべる先輩。『ご褒美』と称して、ドレスの裾を摘んで、ゆっくりと持ち上げ、たくし上げようとしていた先輩。視界を埋める、細くしなやかで見事な脚線美を描く生足。視界を奪う、対照的に程よくむっちりとした百点満点の太腿。
それら全てを赤裸々に僕に晒し上げ、そしてなお手を止めることはなかった。そして遂に────というところで、目が覚めた。
「…………」
束の間想起される、女の子になった先輩と初めて会ったあの日。お世辞にも厚いとは言えない麻のローブ一枚纏っただけで、その下にはなにも着ていないという衝撃的カミングアウトをぶちかました先輩に、無理矢理にでも服を買ったあの日。
──ふ、服なら女物でも百歩譲って着てやる!けど、その下までは絶対に認めねえからなっ!?──
その発言と共にまるで水浴びをなにがなんでも拒否する猫の如く、抵抗した先輩。しかし結局僕の決死の懇願に根負けし、一番女っ気のないものを着用することにした先輩。
その先輩が、そんな先輩がわざわざ『ご褒美』と称してまで、僕に見せつけようとした──ドレスの
男であれば、誰しもが疑問を浮かべ、、興味を持ち、期待を抱く花の園。乙女がひた隠す、見えざる
──無難に考えるなら、白の無地。シンプルに尽きるもの……しかし、あの服はフィーリアさんが用意した、謂わばオーダーメイド。そして彼女の周到ぶりを考える限り、恐らくあの服に合わせた下着類もちゃんと用意している……はず。
その場合、先輩のことだから必死にそれらを身につけることも、穿くことにも抵抗したはずだ。だがフィーリアさんのことだ。恐らくではあるが、無理矢理にでも先輩に着用させただろう。
──あのゴシックドレスに合わせるとしたら、僕の
考えれば考えるほど、僕は没頭していく。先輩のドレスの中身。その無限に広がる
そして────────
「おい、ウインドア。聞いているのか?」
──という、若干の苛立ちを混ぜたサクラさんの声に、遥かなる旅路に赴こうとしていた僕の意識は引き戻された。
「えっ!?あ、は、はい!どどうしましたサクラさん?」
思い切り動揺し上擦る僕の声に、サクラさんは少し呆れるように吐息を漏らす。それから僕にこう言った。
「いや……ふと、君から邪念のようなものを感じてね。なにか考え事をしていたようだが、変なことでも妄想してたのかい?」
サクラさんにそう言われ、僕は思わず心臓を飛び跳ねさせた。まさか先輩の
冷や汗を流しつつも、なんとか僕は返答する──前に、サクラさんがなにかを察したような表情を浮かべた。
「まあ君も男だ。そういう妄想の一つや二つ、するものか」
「違っ…いや、えっと……そ、そうですね。はい……」
僕としては否定したかったが、話が拗れると思ったので泣く泣くサクラさんの言葉に頷いた。
──とりあえず、話題を変えよう。
「そ、それよりもサクラさん。こんな時間に、どこに向かうつもりなんですか?それも、僕なんかを誘って……」
確かに夜はラディウスの本調子。最も街が活気に溢れる時間帯である。しかしサクラさんはあの街で遊ぶような人ではないし、僕だってそういう人間でもない。
そんな彼女がわざわざ僕を誘って、一体どこに赴こうというのか──少しの間を置いてから、サクラさんは口を開いた。
「海を眺めに、な」
ざあざあと、波の音がする。それは心地良くて、聴く者の心を安らがさせる音色である。
夜闇が溶け込んだ海を横目に、月明かりに薄く照らされた砂浜を僕とサクラさんは歩く。
「夜の海というのも中々風情がある。暗く不気味に見えるが、故に神秘的だ。君もそう思わないか、ウインドア?」
こちらに背を向けて、僕の前を歩くサクラさんがそう訊いてくる。確かにその言う通りで、暗い海というのは恐ろしくもあって、だが夜空に浮かぶ星々を映すその景色は、とても神秘的だった。
「……はい。僕もそう思いますよ」
そうして、僕とサクラさんは夜の砂浜を歩く。会話などは挟まず、この場に漂う静寂を味わいながら、ただ歩いていく。
────しかし、それは突然に、終わりを告げる。
「この辺りでいいか」
不意に、そう言って。僕の前を歩いていたサクラさんは立ち止まった。それから少し腰を下ろして、己の足元に手を伸ばす。そこにあったのは、流されてきたのだろう少し細めの木の棒。
それをサクラさんは拾い上げて、僕に背中を向けたまま数回、軽く振るう。彼女のその奇妙な行動の意味がわからず、一体なにをしているのだろうと訊く──直前だった。
今まで背中を向けていたサクラさんが、ゆっくりとこちらに振り向いて、そして──
「剣を抜け。ウインドア」
──そう言いながら、拾い上げた木の棒を僕に突きつけた。