ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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RESTART(その十三)

 時折不安定に揺らぎ、どくりと不気味に脈動する黒い刃が伸びるその剣を、クラハが振るったその瞬間。

 

 宙に放たれ、広がる黒────と表す他にない()()が、瞬く間にエンディニグル・ネガを呑み込み、包み込み。

 

 しかし、ラグナが気づいた時には、エンディニグル・ネガが頭上を仰ぎながら、そこに立ち尽くしているだけで。一体何が起こったのか、ラグナがそれを理解するよりも先に────

 

「決着をつけよう、()()()()

 

 未だにその姿勢のままでいるエンディニグル・ネガに対して、クラハがそう言って。

 

「……余計な真似、しやがって……このお人好しの腐れ野郎が」

 

 少し遅れて、エンディニグル・ネガはそんな悪態をつくと共に、憎たらしく恨めしいことこの上ない声音で、そう吐き捨て。ゆっくりと、頭上を仰がせていたその顔を、クラハの方へと向ける。

 

「別にお人好しなんかじゃない。僕はお前だって、許せない」

 

「ハッ、言ってろ甘ちゃん」

 

 僅かにも逸らさず、微かにも逸らさず、仄かにも逸らさず。そうして互いに互いを睨め合い、見据え合うクラハとエンディニグル・ネガ────否。

 

 変色していたその髪も肌も、そして瞳も。全て、元に戻った今。もはやそこに立っているのは『魔焉崩神』の残骸などではなく────ライザー=アシュヴァツグフという名の、一人の男。

 

 何もかもを諦め切った、鬱屈とした表情を浮かべるライザーに。クラハは依然見据えながら、彼に告げる。

 

「僕とお前は人を傷つけた。大勢の人たちを、傷つけ過ぎた」

 

 そこまで言って、クラハは口を閉ざし、瞼も下ろし。そうして数秒後、彼が再び瞼を上げ、口も開く。

 

「本当に傷つけ過ぎてしまった」

 

「……ああ、そうだな」

 

 クラハと同じように数秒の沈黙を挟んで、ライザーはその言葉を大人しく聞き入れ、彼にそう返す。

 

「どっちにせよ、こっちは(はな)からそのつもりだった。……そのはずだったんだが、随分な遠回りをしちまったもんだ」

 

「奇遇だな。僕も、だいぶ長い寄り道をしたよ」

 

 そこまで言って、クラハとライザーは互いに草臥(くたび)れた、自嘲の笑みを浮かべ合うのだった。

 

 徐に、ライザーが己が手を宙へと(かざ)し。直後、彼の手前の空間が歪む────それは言うまでもなく、【次元箱(ディメンション)】が開かれた光景で。ライザーはその歪みの中に躊躇うことなく手を突っ込み。

 

 そうして鞘に納められた一振りの長剣(ロングソード)を、ゆっくりと引き出した。

 

「ならもうお互い、お終いにするか」

 

「ああ、いい加減終わらせよう」

 

 というクラハの返事を受け、ライザーは鞘から長剣を抜く。

 

 夜明けの陽に照らされる剣身の輝きが、この一振りが大量生産による安物などではない、ライザーの為だけに打たれた、至極の一振りであることを、これでもかと主張していた。

 

 こうして互いにそれぞれの得物を手にしたクラハとライザーの二人は、やがて己が得物の切先もまた向き合わせる。

 

 沈黙を以て見据え合う、そんな二人の男のことを────

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ────ラグナはただ、遠目から眺めていた。今はただ、眺めることしかできないでいた。

 

 本音を言ってしまえば止めたかった。ラグナとて、わかっている。

 

 クラハが何を以て、決着とするのか。ライザーが何を以て、終いとするのか────そんなことはとうに、わかり切ってしまっている。

 

 故にだからこそ、止めたかった。何も、いくら何でもそこまで、そうまでしてもすることではないだろうと。ラグナは二人のことを止めたくて、手を伸ばし、口を開こうとした。

 

 ──……男は理屈じゃない、もんな……。

 

 けれど、その寸前でそう考え、思い直して。ラグナは言葉を噤み、伸ばした手を、己が胸元へと戻す。

 

 もうこうするしかないのだ。もう、これしかないのだ。クラハはこんな決着でなければ、ライザーはこんな終わりでなければ。こうでもしなければ、二人は気が済まないのだ。

 

 そんな二人の男の間に、今の自分は割って入ってはならない。今の────女の自分は。

 

 ──男の時の俺だったら、たぶん止めようとも思わなかった。

 

 胸元に置いた手を握り締めながら、ラグナは呆然と考え。そして一抹の不安を覚える。

 

 ──俺、身体だけじゃなくて心も、もう……。

 

 が、それは今考えても仕方のないこと。自分が今すべきことは、当事者の一人として────責任を負うべき人間として。

 

 たとえ何があったとしても、どのような結末になろうとも。決してこの目を逸らさずに、最後まで確と見届けることである。

 

 

 

 

 

 朝焼けの空の(もと)、互いに剣を握った二人の男は、無言で以て互いを見合う。

 

 そうして両者の無言から成る静寂(しじま)は、数秒続き。数十秒続き、そして数分と続き。

 

 その時、不意に微風(そよかぜ)が吹き抜け。それにより、今この場に転がる無数の瓦礫の一つに、亀裂が走り、欠けて。それにより生じた破片は地面へと落下し、どこよりも静まり返ったこの場所に、その音だけがやたらと大きく響き渡り。

 

 そうして全く同時に、その音を掻き消すように。二人の男は共に吼え、共に石畳を蹴りつけて。己が得物を振り上げ、駆け出し。

 

 一瞬にして互いの距離は詰め切られ、開いていないも同然となり。直後、二人は交叉して。

 

 

 

 砕けた黒い刃の破片が宙に散り、溶けるように消え失せ。その後ろで、斬り裂かれた右肩から鮮血を噴かせながら、その場に崩れるようにして、クラハは片膝を突かせ。

 

 その姿を顔だけ振り返らせて見下ろし。小さく短く、笑ったその後に。袈裟懸けに斬られた傷口から、宙に向かって血を凄まじい勢いで、盛大にぶち撒け。根本が僅かばかり残っただけの、剣身が粉々に砕け散った得物を手にしたまま。

 

 力なく、静かに。ゆっくりと、ライザーは倒れるのだった。

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