ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
「この屋敷、だな。
「そ、そうみたいですね……」
招待状を眺めているサクラさんの言葉に、萎縮しながら僕は頷く。……原因は、目の前の建造物にあった。
このような建物を豪邸と呼ぶのだろう。凄まじく巨大で、それはもう豪華な屋敷だった。
──流石は大富豪だな……。
僕はただただ圧倒されてしまうのだが、隣のサクラさんは至って平然である。これが、《S》
僕たちがラディウスに訪れて、今日で三日目。そう──今日が、三日目。ギルザ=ヴェディスと、いよいよ対決する時が来たのだ。
時刻は十九時。舞踏会開催三十分前である。
「フィーリアはラグナ嬢を連れて、少し遅れて向かうと言っていたが……まだ来る気配はないな」
招待状を懐にしまいながら、サクラさんがそう呟く。彼女の言う通り、今朝ホテルのロビーにてフィーリアさんにそう言われたのだ。
──すみません。ブレイズさんをもう少しはずか……じゃなくて、淑女のなんたるかを身体に叩き込みたいので、会場には少し遅れて行きますね──
……余談ではあるが、あの時のフィーリアさんの目は、なんというか、悦に浸る
「流石に開催には遅れないでほしいのだがな」
「いやフィーリアさんのことですから、それはないかと」
「まあ、それもそうか──む、ウインドア。噂をすればなんとやらだ」
そう言いながら、サクラさんは前方を指差す。その方向に視線をやれば──彼女の言う通り、噂をすればなんとやら。遠目からでも目立つ、パーティードレスに身を纏った白髪の少女と、ゴシックドレスを身に纏った赤髪の少女の二人組がこちらに向かって歩いて来ている。フィーリアさんと、ラグナ先輩だろう。
──……ん?
そこで、僕はフィーリアさんの隣を歩く先輩の様子が少し、おかしいことに気づいた。ただ一体どうおかしいのかはまだわからないのだが……。
しかし。その違和感の正体を、僕はすぐさま掴むことになる。
「いやあ、遅くなっちゃってすみません」
言いながら、ぺこりとその頭を下げるフィーリアさん。その隣では先輩が立っているのだが──やはりというか、明らかに様子がおかしかった。
まず、雰囲気が一変している。僕が知っている先輩は、どんなことにも動じず堂々としており、それは女の子になっても変わらなかった。
大胆不敵で、どんなことにも臆さない。いつでもどんな時でもマイペースを貫く、天真爛漫で活発で────しかし、今はまるで違う。
まるで小動物のように、少しだけ怯えた表情。普段とはかけ離れた、しっとりとして、大人しく、しおらしい、お淑やかな雰囲気。本当に同じ人物なのかと、疑わずにはいられないほどに、ラグナ先輩は豹変していた。
──どうしたんだ……?
僕が密かに
「私って凝り性なんで……どうしても自分が納得できるまで追求しちゃうんですよねえ」
そう言って、フィーリアさんは依然その笑顔のまま、隣にいる先輩にへと顔を向ける。
「ほら、ブレイズさん。ウインドアさんに挨拶しないと」
彼女にそう言われて、びくりと先輩は肩を僅かに跳ねさせる。それから、おろおろとわかりやす過ぎるくらいに狼狽え慌て始めた。
──ほ、本当に一体どうしたんだ……!?
予想の斜め上をいく先輩の態度に、思わず僕も慌ててしまう。
「ど、どうしたんですか先輩大丈夫ですか?フィーリアさんも挨拶って一体……」
僕がそう訊くが、フィーリアさんは口を開かず、ただ笑顔のまま、隣の先輩を見つめている。そんな彼女の様子に先輩が気づき、先輩は観念したかのように大人しくなり、僕の方に身体を向けて──
「こ、今晩はどうか……よろしく、お願いします。クラハ」
──そう言って、ドレスの裾を摘んで、ぎこちなく会釈した。
「…………え?あ、は……え…!?」
僕は、ただただ驚く他ない。驚愕するしかできない。だって、あの先輩が、あの先輩が敬語を使い、あまつさえまるで貴族の令嬢のように会釈を、僕の目の前でしたのだから。
そこには、もう僕が知っている先輩はいなかった。そこにいたのは──堪え難い羞恥に身を焦がす、素敵なお嬢様だった。
「もう殺せ……殺せぇ……」
僕に対してそうするのがよほど恥ずかしかったらしく、蚊の鳴くような声で言いながら、先輩は両手で顔を覆い隠す。……その姿に、微弱な
そんな先輩を、それはもう満足だというように眺めるフィーリアさん。そして僕の隣で僅かながらにサクラさんが呼吸を乱している気がするが、何故そうなっているのか皆目見当もつかない。
「では参りましょうか。舞踏会に」
そう言って、僕とサクラさんの間を抜けて、フィーリアさんが先に行く。それに続いて先輩も歩くのだが─またしても、僕は驚かされた。
──お、大股じゃないだと……!?
別に言及することでもなかったので今まで言っていなかったが、先輩は女の子になった後でも男だった時と変わらず大股で歩いていた。女の子なのにそれははしたないと僕も思ったのだが、流石にそこまで先輩に対して言おうとは思えなかったのだ。
なので今の今まで見て見ぬ振りを続けていたのだが──それがどうしたことか。先輩は今、きちんと女の子らしく、股を開き過ぎることなく歩いている。
──あの先輩がここまでになるなんて。一体どういう教育をしたんだ、フィーリアさんは……?
ここまでとなると、流石の僕も気になってしまい、前を歩く先輩に僕は声をかけた。
「あの、先輩」
「ん?どうしたん……ですか、クラハ?」
「うぐっ……い、いや。その」
参った。敬語を使う先輩に慣れない。動揺しながらも、僕は訊いてみた。
「昨日フィーリアさんからどんな風に
僕がそう訊くと、先輩はきょとんとした表情を浮かべて────瞬間、ボンッというような擬音が聞こえてきそうな勢いで赤面した。
「………………え?」
赤面したまま、黙り込んでしまう先輩。予想外な反応に困惑していると、こちらを面白がるような声音でフィーリアが口を開いた。
「駄目ですよぉ、ウインドアさん。女の子にそんなこと訊くなんて、デリカシーが足りませんねえ」
「え?え?」
フィーリアさんの言葉に、ますます僕は困惑してしまう。と、その時サクラさんに軽く肩を叩かれた。
「ウインドア。乙女の花園に、そう軽々と押し入ってはいけないよ」
「………………そうですね。すみませんでした……」