ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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DESIRE────急変

 外からもわかる通り、屋敷は中も豪華だった。真昼のように明るい大広間には、既に三十人近くの舞踏会(パーティー)の招待者が集まっている。

 

「凄いですね。ここにいる全員が全員、富豪なのか……」

 

「そうですね。それも有名人ばかりですよ。例えば……あ、ほら。あそこにいる殿方は『アバハデンホールディングス』の代表取締役、ゼノン=アバハデンさんです」

 

「え!?あの『アバハデンホールディングス』の……!?」

 

「それにあっちは『コミトミウン』社会長のウィウィ=コミトミウンさん」

 

「ほ、本当に凄い……僕でも知ってる有名人ばかりだ……」

 

 そんな人たちばかりが集まっている場所に、今立っているのだと実感し、今さらながら緊張してしまう。しかしフィーリアさんやサクラさんは至って自然体で、改めて《S》冒険者(ランカー)と《SS》冒険者の格の違いを思い知らされた。

 

 ……ちなみに先輩はというと──

 

「…………」

 

 ──まるで借りてきた猫のように、ガチガチに固まっていた。まあ無理もない。この人は、こういう厳粛とした場所が苦手なのだから。

 

 だが、そんな先輩の様子などお構いなしに、フィーリアさんがその腕を掴んだ。

 

「さて。では私たちは少し挨拶に回ってきますね──ほら、行きますよブレイズさん」

 

「は?えっ、ちょ」

 

 抵抗なんてなんのその。嫌がる先輩を無理矢理引っ張って、フィーリアさんは各方面の大物たちの輪の中に突っ込んでいく。……そろそろ、先輩が不憫に思えてきたが、だからといって僕に助ける手段はない。

 

 ──帰ったら、洋菓子(スウィーツ)でも買ってあげよう。

 

 僕がそう思っていると、不意に軽く肩を叩かれた。叩いたのは言わずもがな、隣のサクラさんである。

 

「ウインドア。少しいいか?」

 

「え?あ、はい。なんですか、サクラさん」

 

 サクラさんにそう訊かれて、僕はそう返す。すると彼女はほんの一瞬だけ──思い詰めるような表情を浮かべた。

 

 ──え……?

 

 しかし本当にそれは一瞬で、すぐに普段通りの表情に戻っていた。

 

「場所を変えよう──君に、話がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、それは本当なんですか……!?」

 

 大広間から離れた廊下。今、この場所には僕とサクラさんの二人しかいない。

 

 サクラさんの話を聞いて、僕は驚愕し、そして──焦燥に駆られた。

 

 ──もしそうなら、まずい。非常にまずいぞ……!

 

 焦る僕に対して、サクラさんが言う。

 

「落ち着けウインドア。あくまでもこれは可能性の話だ。……まあ、無視はできない可能性なのだが」

 

 そこでだ、と。続けながら、彼女は懐に手を忍ばせ──そこから、一枚の紙を取り出した。見たところどこかの店の領収書(レシート)のようだ。

 

「裏に簡易的な情報と地図が書いてある。……君に確認してもらいたいんだ。本当にこれがただの、可能性に過ぎないものなのかを、ね」

 

 そう言って、その取り出した紙を僕に渡した。やはりそれは領収書で、裏返せば──彼女の言う通り、そこには簡素な文章と地図が書かれていた。

 

 遅れて、何故今彼女がこれを僕に渡したのか、その意味を理解した。

 

「…………そ、それって、つまり」

 

「ああ。つまりそういうことだ」

 

 サクラさんからその紙を受け取り、僕は思わず生唾を飲み込む。不安の重圧が、僕の背中にのしかかってくる。

 

「酷な頼みだとは重々自覚している。だが、今動けるのは君しかいない」

 

 言いながら、申し訳なさそうな表情をサクラさんは僕に送る。対し僕は、受け取った紙に再度視線を流して──懐にへとしまった。

 

「わかりました。やって、みせます」

 

 僕の言葉に、サクラさんは一瞬だけ目を見開かせて、しかしすぐさま安堵するような、落ち着いた微笑を浮かべた。

 

「任せた」

 

 それが、会話の終了だった。僕は踵を返し、全速力で屋敷の出口を目指す。

 

 遅れて────大広間の方から悲鳴のような声が次々と聞こえたが、僕はただ唇を噛み締め、走ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たく、クラハの奴どこに行ったんだ?」

 

 フィーリアからやっとの思いで逃げ出すことができたラグナは、彼女の目がないのをいいことに、普段通りの口調になりながらクラハを捜していた。理由は単純──こんな場所に、一人でいたくないからである。

 

 ──フィーリアもサクラも、悪い奴じゃないってのはわかってんだけど……わかってんだけどなあ。

 

 毎度毎度注がれるサクラの熱を帯びた眼差しと、フィーリアから昨日受けた仕打ちを思い出し、ぶるりとラグナは身体を震わせる。

 

「……もう、あんな目には遭いたくねえ──って、お?」

 

 そこでようやく、ラグナは見つけた。視線の先、廊下の遠くにクラハと、サクラの姿を。どうやら二人はなにか話し込んでいるようだった。

 

 ──サクラと一緒にいたのか……クラハ。

 

 そう思うと同時に──何故か、胸の奥の締めつけられるような、苦しさにも切なさにも思える、妙な感覚をラグナは抱く。それはこの街に訪れてから、何度か感じた、自分では理解できない未知の感情。

 

それと同時に、クラハに対して沸々と怒りも湧いてきた。

 

 ──俺が大変な目に遭ってんのに、なんであいつは他の女(・・・)なんかと……!

 

 以前のラグナであったら、決してそう思うことはなかっただろう。何故なら、それは────

 

「一発ぶん殴ってやる…!」

 

 己の拳を握り締め、その場から歩き出す──直前だった。

 

 バッ──突如、ラグナの背後から手が伸ばされた。

 

「!?」

 

 声を出す間もなく、布のようなものでラグナは口を塞がれてしまう。瞬間、ラグナの全身から力が抜ける。

 

 

 

 そうして瞬く間に意識も溶かされ──消え失せた。


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