ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
「良い夢は見れましたか?」
そんな声と共に、崩れ落ちていくアメリアの眼前の景色。吊り下げられたシャンデリアが落下し、壁も階段も、例外なく全てが崩壊していく。
そして────気がつけば、アメリアは大広間の中央に立っていた。
「……は?え?」
慌てて周囲を見渡すが、シャンデリアは落下してなどいないし、壁も階段も崩れておらず全くの無事であった。
「な、なに?なんなのよさっきのは!?」
崩壊していたと思っていたら、崩壊していない。何事もなかったかのように大広間は綺麗で、どこも変わっていない。
そしてアメリアは気づいた。己の足元が、やけに綺麗なことに。先ほどグチャグチャのバラバラにしてやった、フィーリアの残骸が、どこにも見当たらないことに。
その事実に気がつき困惑する彼女が前を振り向く──そして、信じられない光景を目の当たりにした。
「どうも。おはようございます」
アメリアの目の前に、フィーリアが立っていた。今し方この手で全身の骨を砕き、内臓を潰し、殺したはずの彼女が、そこに立っていたのだ。
その現実を一瞬受け入れることができなかったアメリアは、呆然と全くの無傷であるフィーリアを眺め、それから叫んだ。
「おま、お前は『天魔王』!?な、何故だ!?何故生きている!?お前は、この手で殺した、はず……!?」
混乱し慌てふためく彼女を諭すように、ゆったりとした優しげな声音でフィーリアは語りかける。
「なるほど。私を殺す夢を見てたんですね。恐れ多くも、この『天魔王』を殺す夢を」
「ゆ、め……?」
理解が追いついていないアメリアに対し、依然柔らかな口調でフィーリアは続ける。
「はい夢です。あなたがその真の姿とやらになった直後、私はとある魔法を発動させました」
フィーリアの声音は、口調はやはりやけに穏やかで、しかしそれが一層不気味さを醸し出している。事実、アメリアは先ほどから無意識に、その背中に冷や汗を伝わせていた。
「【
そう言って、フィーリアはまるで花が咲いたような、大変可愛らしい笑顔を浮かべた。
「途中からあなたのことが不憫でならなくて、だから最後くらい少しでも良い思いをさせてあげようかなって、あなたに夢を見せてあげたんですよ。私って、優しいですよね?」
それは心の底からの言葉で、ありのままの真実しかなかった。つまり──アメリアなど、最初からまるで相手になどしていないと告げているようなものだった。
そのことに気づき、アメリアは極太の青筋を立てた。
「…………じゃあ、なに?この私が、なんてことのないチンケな夢に踊らされたとでも言いたいの?」
アメリアの震えた言葉を受け取って、フィーリアは顎に人差し指を押し当て、わざとらしく考え込んでから、あっけらかんと答えた。
「ええそうですよ?そんな簡単なこともわからなかったんですか?」
二人の間に沈黙が流れ、そして──────
「ぶち殺すぞこのガキャアッッッ!!!!」
──アメリアが怒号を上げ、その真紅の豪腕を振るった。拳がフィーリアの眼前にまで迫るが、それに対し彼女は呆れたように嘆息を漏らし、スッと手のひらを掲げた。
アメリアの拳が、フィーリアの手のひらに吸い込まれるように向かって──
バァシィィンッ──肌と肌が互いに叩きつけられた甲高い音。それを聞いてアメリアは勝ち誇るような笑みを浮かべたが、それは一瞬にして驚愕のものにへと上塗りされた。
「な、なにぃ……!?」
己の拳が、受け止められた。この悪魔のものと化した拳が、ただの少女同然のフィーリアの手のひらによって、受け止められていた。
力を込めて押そうとも、びくともしない。どれだけ力を込めようとも、ほんの微かな距離でさえ、フィーリアを後ろに下がらせることができない。
その事実にアメリアが戦慄していると、仕方なさそうにフィーリアが口を開く。
「夢と同じようになると思ってたんですか?だとしたら思い上がりも甚だしい。
フィーリアがそう言うと、その姿が一瞬にして消えた。かと思えばすぐさまアメリアの眼前に現れた。
宙に浮遊しながら、アメリアがそうしたかのようにフィーリアも己の腕を振り上げ、きゅっとその小さな手を握り、拳を作る。
「一思いに
「は?」
そして言うが早いか、フィーリアは腕を振るった。
「【
ドゴォッ──気の抜けた、緊張感の欠片もないその声と共に振り下ろされたフィーリアの拳は、アメリアの顔面にへと突き刺さった。
「ぶげッ?!」
傍目から見れば、フィーリアのその拳に、大した威力など込められていないように思えただろう。事実、フィーリアのその攻撃は素人のそれ同然であり、アメリアが呆然としていなければ躱すことなど容易かった。
しかし実際、【
それをろくに防御もしないで受けたアメリアが、まるで冗談のように吹っ飛ばされ、紙を破るように幾つもの壁を突き抜ける。そしてやがてその姿も、見えなくなってしまった。
「ふう。これでやっと静かになるってもんですよ」
拳を撫でながらそう呟くフィーリアの元に、一つの影が歩み寄る。その気配に気づき、フィーリアが振り向くと──今ではよく見知った人物がそこに立っていた。
「サクラさん。あなた、今までどこほっつき歩いてたんですか!」
フィーリアにそう叱咤されて、大広間にやってきたサクラは申し訳なさそうに頭を掻く。
「いやその、なんだ……ともかく、無事なようで良かったよフィーリア」
「私の質問に答えてください」
フィーリアの言葉に、口を閉ざすサクラ。そんな彼女の様子に呆れ、先にフィーリアが折れてしまった。
「はあ……もういいです。あなたも無事でなによりです」
「ああ。それにしても、酷い有様だな」
大広間の惨状を目の当たりにして、サクラがそう呟く。そんな彼女に対して、再度フィーリアは訪ねた。
「そういえばウインドアさんは?一緒じゃなかったんですか?」
「……それなんだが、さて。どこから説明したものかな」
「は?」
サクラの意味深な返しに、困惑するフィーリア。そんな彼女に、サクラはこう言った。
「単刀直入に言う。ギルザはこの街での稼ぎを捨てて、『エデンの林檎』の密売を始めるつもりだ。ここで逃がすと、奴は手のつけられない正真正銘の怪物になるだろう」
サクラの言葉に、呆けたような表情をフィーリアは浮かべる。最初は理解が追いついていないようで、少しの間を挟み、それから驚きの声を上げた。
「ちょ、それほんとですか!?だとしたらまずいじゃないですか!」
「ああ。だから奴をこの街から逃がさないよう、ウインドアには追ってもらっている。私たちも向かうぞ」
そう言って、その場からサクラが駆け出そうとした瞬間だった。一体どこから湧いて出てきたのか、大人数の武装したギルザの部下たちが大広間に押し入ってくる。
「殺せ殺せ!ぶっ殺せ!」
「百万は俺のモンだ!」
「死に晒せやぁ!!」
部下たちの姿を見て、堪らず鬱陶しそうな表情を浮かべるサクラ。が、ふとあることを思い出し、フィーリアに向き直る。
「そういえば、ラグナ嬢はどうした?姿が見当たらないようだが」
「…………あっ」