ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか──   作:白糖黒鍵

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DESIRE────Battle party(その三)

「素晴らしいな。流石は『極剣聖』──我ら剣士の頂に座する存在(モノ)だ」

 

 そう賞賛しながら、サクラの行く先に立ち塞がる男。その男は、かなり異質であった。

 

 まずその服装だが、このセトニ大陸では普及していないはずの、薄い布一枚で作られたような衣服──それを、サクラは知っている。

 

 ──あの服……着流しか。

 

 着流し。それは言うなれば、サクラが着る着物の男物。そう、サドヴァ大陸極東特有の衣服なのだ。

 

 そして男の腰に下げられたものを見て、サクラは確信した。

 

「……君は、極東(イザナ)の出だな」

 

「いかにも」

 

 サクラの問いかけに、男は腰に下げたものを──刀を揺らしながらそう答える。

 

「俺の名はミフネ。ミフネ=カラズチ──今宵『極剣聖』の称号を得る者の名だ。覚えておくといい」

 

 着流しの男──ミフネのその言葉に、感心するようにサクラが息を吐く。

 

「ほう。それは随分と大きく出たな……それほどまでに己の腕を信頼しているのか」

 

「当然」

 

 ミフネはそう返すと、サクラの背後で固まっているギルザの部下たち──正確には彼らが持つ両断された銃を一瞥して、顎に手をやる。

 

「俺には全て見えていたよ、『極剣聖』。そいつらが銃を構える時には、お前はもう既に動いていた。恐ろしく速い抜刀……この俺でなければ見逃していたところだ」

 

 それを聞いて、ほんの少しサクラは目を細めた。

 

「なるほど。確かに『極剣聖』(わたし)の名を得る者と豪語するだけのことはある」

 

「ああ。『極剣聖』……お前が今まで歩んできた人生の中で、数え切れないほどの強者がお前に挑戦してきたことだろう。その上で言わせてもらうが、その連中と俺を同じだとは思うなよ。俺はその誰よりも強く、そしてお前よりも強いのだからな」

 

 そう言うミフネの瞳は、絶対の自信に満ち溢れている。自分のその言葉を、完全にその通りなのだと思っている。

 

 確かに彼の言う通り、『極剣聖』の称号を求めてサクラに挑んだ挑戦者は星の数ほどいる。その誰もが己の実力を信頼する強者たちで、それをサクラは真っ向から叩き潰した。

 

 ミフネの言葉を受け取り、サクラは僅かばかりにだったが──口元を緩める。

 

「嬉しい限りだよ、君のような勇ましい挑戦者は久しくいなかった」

 

「…………余裕ぶっていられるのも、今のうちだ」

 

 サクラの言葉に、不愉快そうな声音でそう返すミフネ。彼は己の得物に手をかけながら、喋る。

 

「俺の流派、岩斬鉄裂流は文字通り岩を斬り鉄を裂く。そんじょそこらの凡庸剣法とは格が違う。そして、なによりもだ」

 

 ミフネは喋り続ける。

 

「俺の剣は──疾い」

 

 キンッ──そう言った瞬間、ミフネのすぐ側の壁に、一条の亀裂が深々と走った。

 

「俺もお前と同じ境地に至っているのだよ『極剣聖』。もう一度言わせてもらうが、今までの連中と俺を同じだと思うなよ」

 

 その直後だった。ミフネの背後から、誰かがこちらに駆けてくる。サクラはその者には、見覚えがあった。

 

「は、速過ぎですぜミフネの旦那。ようやく追いつき……って、げぇ!?お、お前はぁ!?」

 

「…………君は、あのレストランの時の」

 

 そう、二日前──とあるレストランにて店員に理不尽な暴力を振るっていた兄弟の一人、青スーツの弟オンゼン=オグヴであった。

 

 サクラを見て、しまったと言わんばかりに叫ぶ彼だったが、すぐさま得意げな表情を浮かべる。

 

「また会ったな、女!あん時の借り、今返させてもらうぜ!……さあ、やっちまってくだせえミフネの旦那ぁ!」

 

 ──君自身が返す訳ではないのか……。

 

 なんとも小悪党らしいオンゼンのその台詞に、内心でサクラは呆れる。その一方で、ミフネはオンゼンの顔を一瞥すると、口を開いた。

 

「丁度良かった」

 

 キンッ──その言葉と同時に、甲高い金属音が響いた。

 

「……え?」

 

 呆然と声を漏らすオンゼン。瞬間──彼の首が宙を舞った。ミフネはその断面に刀を掲げ、遅れて断面から噴水のように血が噴き出す。

 

 赤く、赤く刀身が濡れ、染まっていく。そんな光景を目の当たりにしながら、サクラはまるで理解できないと言うように眉を顰め、ミフネを睨めつけた。

 

「…………一体、どういうつもりなんだ?その男は仲間ではなかったのか?」

 

 サクラのその言葉に、ミフネは冷笑する。

 

「仲間?そんな訳ないだろう。俺にとってこいつは……いや、こいつら全てが潤滑剤だ」

 

「潤滑剤だと……?」

 

「ああ。潤滑剤だとも」

 

 そう言って、オンゼンの血に塗れた刀をミフネは鞘に収める。まともに血払いもしなかったためか、その鯉口から血が滴り落ちているが、それをミフネが気にする様子はない。

 

 彼は不敵に口元を歪ませて、サクラに語り出す。

 

「『極剣聖』。さっき俺はお前と同じ境地に至っていると言ったな。だがそれは正確には違う──至ったと同時に、追い越したんだ(・・・・・・・)

 

 そう言って、ミフネは刀の鞘に手をかけた。

 

「摩擦というものがあるだろう、『極剣聖』。物体同士が擦れ合うことで生じる抵抗力──『極剣聖』、確かにお前の剣も、俺の剣も疾い」

 

 だが、と。彼は続ける。

 

「鞘から抜刀する際にも、少なからず摩擦が生じているのだ。刀の刃と鯉口からな……それでも俺たちの剣は疾いさ。疾いが、摩擦によって誤差程度ではあるがその疾さは落ちてしまっている」

 

「………」

 

 ミフネのその言葉に、サクラは沈黙を以て答える。しかし、それを受けてミフネは────さらに口元を歪ませた。

 

「それを俺はこうすることで解決したのだ。見ろ、俺の刀を。俺の刀の鞘を。鯉口から血が垂れているだろう?これが良いんだこれが。こうすることによって鯉口周辺をじっとりと湿らせ、抜刀する際に生じる摩擦を極限にまで減らすのだ──時間が経つと血が凝固し、通常よりも遥かに摩擦がかかってしまうようになるのが欠点だがな」

 

 くつくつとミフネが笑う。

 

「まあそれも一瞬で片をつければ関係ない。この状態から放つ俺の居合は音すらも置き去りにする。引導を渡してやろう、先代(・・)

 

 そう自信満々にサクラに言い放ち、ミフネは構えて────そのまま(・・・・)前のめりになって(・・・・・・・・)床に倒れた(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一つだけ言っておこう、ミフネとやら」

 

 ミフネの首に手刀を打ち込み、彼を昏倒させたサクラが先を歩きながら、届くことのない言葉を、背を向けたままかける。

 

「己の器を知れ。君のような輩が背負えるほど、『極剣聖』(わたし)の名は軽くない」


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