ストーリー・フェイト──巨人も魔獣も悪魔も邪竜も神さえも悉く討ち斃す最強の先輩が、ある日突然女の子になってしまったのですが。一体、後輩の僕はどうすればいいのでしょうか── 作:白糖黒鍵
「あなたもそう思うでしょ──『天魔王』」様?」
そう言って、心底楽しそうな笑顔をフィーリアに送る赤い女。誰がどう見ても彼女がおよそ正常な人間ではないことは明白であった。
赤い傘を差しながら、まるで踊るかのように軽やかな足取りで女は進む。そんな女を、フィーリアは訝しげに眺めていた。
「……あなた、何者ですか?」
名を尋ねるフィーリアに対して、女は不自然なほどに上機嫌で答える。
「私アメリア!アメリア=ルーガーネット!」
……見たところ、女は成人しているようなのだが、言動はまるで子供のようだった。そんな矛盾にフィーリアは違和感を抱きつつも、一応名乗ったので礼儀として名乗り返す。
「あ、ありがとうございます。私はフィーリア=レリウ=クロミアです。……まあもうご存知でしょうけど」
「ええ知っているわ。だってあなたは『天魔王』──この世界全ての魔道士の頂点ですもの。逆に知らない方がおかしいわ!」
「……そ、そうですね」
──この人私の苦手なタイプだ。
内心そう思いながら、苦笑混じりにそうフィーリアは返す。するとそんな彼女の様子がおかしいと思ったのか、女──アメリア=ルーガーネットはくすくすと笑う。
「本当におかしいわぁ。おかしくておかしくて──
シュバンッ──突如、笑い続ける彼女の足元から五つの血飛沫が迸った。
──思わず殺したくなっちゃう!きゃははっ」
宙を切り裂きながら、五つの血飛沫がフィーリアに向かって飛来する。そして彼女の胴体をも切り裂く──直前、まるで見えない壁に衝突したように遮られ、宙に溶けるように霧散した。
「油断も隙もありませんね。演技ですか、それ?」
冷ややかな眼差しと共にそう言葉を送るフィーリア。対し、依然笑いながらアメリアも言葉を返す。
「演技だなんて酷いわぁ。これが私なのにぃ……あはっ」
そう言って、アメリアは笑って、笑い続けて──唐突に、ピタリと笑うのを止めた。
「酷い。本当に酷い。酷い、酷い、酷い、酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷いぃぃぃいいいいいいいっっっ」
シュバンシュバンシュバンシュバンシュバンッ──笑うのを止めたと思えば、いきなり発狂したように喚き散らし、それに比例するように無数の血飛沫が床を走った。
「ちょ……急にどうしたんですか」
しかし先ほどと同じように、フィーリアに届くことなく遮られ霧散する。
すると狂ったように喚いていたアメリアが、より一層激しく喚き始めた。
「どうしてそんな酷いことを言うの『天魔王』様ぁ!そんな酷いこと言われたらぁ、私、私、私私私ぃいッ」
喚き、叫ぶアメリア。すると彼女は床に手を突き、ゆっくりと戻す。その過程で彼女の手と床の間に一条の鮮血が滲み出し、溢れ出していく。
溢れ出した鮮血が、やがて棒状となり、そしてとある形と成る。
「『天魔王』様をぶっ殺したくてぶち殺したくなって堪りませんわぁあ♡」
甘く蕩けた声音でそう叫びながら、アメリアは今し方作り出した鮮血の大鎌を滅茶苦茶に振り回して駆け出した。その勢いは尋常ではなく、瞬く間にフィーリアとの距離を詰め終わってしまう。そして思い切りその大鎌を振り上げ、思い切り振り下ろした。
ガギィィンッ──しかしその鎌もフィーリアに届くことはなく、血飛沫同様見えない壁のようなものに衝突し、赤い火花を咲かせた。
「あぁんもう硬い硬い硬い硬い硬い硬いぃんん!!」
だがそれでもアメリアは止まらない。出鱈目に大鎌を振り回し、その周囲に赤い火花を幾つも咲かす。その度に鉄同士を叩いたような、耳障りな不快音が鳴り響いて、透明な障壁の向こう側にいるフィーリアは眉を顰める。
「うるさいですね……」
そうしてその行為を数十回繰り返した時だった。突然、アメリアが大鎌を振り回すのを止め、フィーリアから距離を取った。
「どうしました?ようやく諦めてくれましたか?」
フィーリアはそうアメリアに声をかけるが──彼女は、にいっと歪んだ笑みを浮かべた。
「まっさかぁ」
瞬間、彼女の手にあった大鎌が溶け、床に大量の血溜まりを広げる。そしてアメリアは歪んだ笑みを浮かべたまま、その血溜まりにへと足を踏み入れた。
「『天魔王』様があんまりにもお強いので、私も取っておきの手を使わせてもらいますねえ?」
「取っておきの、手?」
疑問符を浮かべるフィーリアをよそに、血溜まりの上で両腕を振り広げるアメリア────次の瞬間、それは始まった。
ドォロルルルルルッ──粘着質な水音と、大広間に湧き立つ錆びた鉄のような臭い。今、アメリアの頭上にて、そこら中から無数の鮮血の線が伸び、集中していた。
「……これは」
線のうち一本は、イフリートケルベロスの亡骸から伸びている。線がその太さを増す度、亡骸が痩せこけ乾いていく。
そして──────
「おぼぉっ?げ、おぉ?」
「血、血がぁ、俺の血げぼぉっ」
「目が潰れっがっあああおおおおぉ」
──────その周囲にいるほぼ全ての部下たちからも伸びていた。口から鼻から、目は内側から押し寄せる圧力に耐え切れず、弾けてそこからも。穴という穴から血が噴き出しアメリアの頭上にへと吸い寄せられていく。
「…………」
もがき苦しみ、そして生きながらにして朽ちていく部下たち。その地獄のような光景を、フィーリアはただ冷静に眺めていた。
──同情くらいはしてあげますよ。
アメリアが狂笑を上げる。歓喜の狂笑を上げながら、己が頭上にイフリートケルベロスの、そして部下たちの血を集めていく。
そうして、そのアメリアの行為は、やはり唐突に終わりを告げた。
「きひ、きひゃひゃははっあひははははっ。どんな
アメリアの頭上。そこに集められた血は──真っ赤な球体と化した。不規則に、不気味に脈動を繰り返す、真っ赤な球体にへと。
球体は脈動しながら、ゆっくりと落ちていく。落ちて、そして。
ドプン──その下にいたアメリアを、飲み込んだ。