ストーリー・フェイト   作:白糖黒鍵

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厄災襲来(その一)

 ギィィ──まだ辛うじて腐ってはいない、古臭い木造の扉が、軋んだその音と共に押し開かれる。

 

「らっしゃい。空いてる席、どうぞ」

 

 と、見向きもせずに。手に持ったグラスを布で拭きながら、受付台(カウンター)に立つ男がそう言う。中肉中背の、どこにでもいるような中年の男が。

 

「あいよ」

 

 そして中年の男がそうであったように、扉を押し開け中に入ったその男もまた、見向きもしないで返事をし。

 

 そうして、ある程度歩き進んだ彼は、言われた通り目についた受付台側の空席の一つに座るのであった。

 

 ここは酒場────第二(セトニ)大陸中央都(セントリア)に点在する、しがない酒場の一つ。ちなみに客入りは良くない。

 

 そんな酒場に今、数人の男たちが集っていた。それも揃いに揃って、大手を振って街道を歩くことはできないだろう、男たちが。

 

「……首尾はどうだ、コルンセ?」

 

 少しして、徐にテーブル席から立った男の一人がそう訊ねながら、今し方酒場に入ったばかりの男────コルンセと一つ間を空けて、受付台側の席に座る。

 

「まあそれなりってとこだ。あと一、二回絞りゃ終わる」

 

「はは、そんなら引き続きよろしく頼むぜ。始末は若え奴らにやらせっからよ」

 

「ああ」

 

 そうして、その男は軽く手を挙げる。すると受付台(カウンター)の中年の男────この酒場の店主(マスター)はグラスを拭くことを止め。背後の棚に置いてある無数のグラスを二つ、手に取った。

 

 

 

 

 

「ハハハ!店主、もう一杯!」

 

 ダンッ──空にしたグラスを叩きつけるように置き、すっかり赤ら顔となった男が唾を飛ばしながらにそう言う。

 

「もういい加減そこまでにしたらどうだ?明日、地獄を見る羽目になるぞ」

 

「ああ!?俺ぁ美味え酒をたらふく!腹はち切れるまで飲みてえんだよ!その為なら地獄の一つや二つ、この目ん玉かっ()らいて見てやるさぁ!!」

 

「そうかよ。じゃあ好きにしな、セクバ」

 

 と、呆れたようにコルンセがそう返す傍らで、早速琥珀色の液体が注がれたグラスを、中身が溢れる勢いで手に取り。そのまま一気に煽る赤ら顔の男────セクバ。

 

 ダンッ──そうして瞬く間に空となったグラスを、先程と同じように受付台(カウンター)に叩きつけるのだった。

 

「っかああああ゛あ゛あ゛ッ!!最高(サイッコー)だなッ!おいッ!!」

 

「そりゃ何より。酒でそこまで幸せになれるの、素直に羨ましいぞ」

 

 言いながら、とっくのとうに空になったグラスを見つめ。少しの間黙り込んでいたコルンセは、徐に天井を仰ぎ、そうして目を閉じる。

 

「フウウウウウウ!!!」

 

 そんなコルンセなど気にもせず、酒に酔いに酔ったセクバが息を荒げ、いつの間にかまた中身が注がれたグラスを手に取る。

 

 これがコルンセとセクバの日常────この酒場に集う男らの日常(いつも)通り。

 

 生活苦に苛まれ、しかしまともな手段では金を得られない人間に、法外な利子で金を貸しつけ。

 

 そうして仕立てた債務者を、生かさず殺さずの瀬戸際で絞りに絞り、とことん絞り上げ、限界まで絞り尽くし。

 

 そうやって絞り(カス)にした、その後は────解体(バラ)して無駄なく売り捌く。

 

 それで得た金の全てを滞りなく()()、受け取った報酬(かね)でこうして日々を堕落的に消化する。

 

 そんな(ろく)でもない男たちの、碌でもないそんな日常。碌でもないそんな日常通りを、十数年。

 

 彼ら全員が全員、過ごしてきた。良心の呵責に駆られることなく、何の罪悪感も抱かず、無為に過ごし続けていた。

 

 だから、誰もが思わなかった。コルンセも、セクバも思いもしなかった────

 

 

 

 

 

 ギィィ──突如として、それが脅かされるなどとは。

 

 

 

 

 

 ──……あぁ……?

 

 自分を最後に開かれる筈がなかったこの酒場の扉が開かれたことに、怪訝な表情を浮かべると同時に、コルンセは扉の方に顔をやる。

 

 それはコルンセ以外の、今この場にいる他の男たちも。

 

「……」

 

 そして今し方酒に溺れていたセクバも、同様だった。

 

 そんな彼らの視線を一身に受けながら、入ったその者は店内をある程度歩き進み。

 

 

 

 ガタ──そうして平然と、座った。コルンセとセクバの間の空席に座るのだった。

 

 

 

「ご注文は?」

 

 ()()()()静寂を破るようにして、席に座ったばかりのその者に対して、店主(マスター)が訊ねる。

 

 少しの沈黙を挟んでから、その者が口を開く。

 

「ガラーテ。ストレートで」

 

 瞬間、男たちは堪らずに騒ついた。コルンセも己が耳を疑っていた。

 

 ──ガラーテをストレート……!?本気(マジ)か……ッ!?

 

 ガラーテ────それは割ったとしても、余程の大酒飲みでなければその一杯で酔い潰れる、世界(オヴィーリス)でも有数の強さを誇る酒。それをストレートで飲もうなど、正気の沙汰ではない。

 

 改めて、コルンセは見やる。その者を────どう見ても二十歳(はたち)を越してはいないだろうその青年を、まじまじと眺める。

 

 どこにでもいるような、印象に残り難い、至って普通な黒髪の優男だ。これといった特徴もない。

 

「はいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 そんな青年に、店主は注文通りガラーテを注いだグラスを差し出し。青年は礼を述べた後、平然とそのグラスを手に取り────

 

 

 

 グイ──口に(ふち)をつけ、傾けるのだった。

 

 

 

 グラスの中身が減っていく。水や炭酸水(ソーダ)で割られていないガラーテが、青年の喉を通り過ぎていく。

 

 そうして────グラスは空となった。

 

「……ふう」

 

 と、一息吐いて。青年は空のグラスを受付台(カウンター)に、音を立てることなく、静かに置く──────────()()

 

 

 

 パリィンッ──音もなく背後に忍び寄っていた一人の男の額へ、振り向くことなく、寸分の狂いもなく投げつけた。

 

 

 

 砕け散ったグラスの破片に混じって、血飛沫(ちしぶき)も宙に散り。額の大部分を赤く染めたその男が崩れ落ちる。

 

 それと同時に青年もまた、(さなが)寝台(ベッド)に倒れ込むかの如く。座っていた席から腰を浮かし、そのまま後ろに身体を倒す。

 

 ブゥン──直後、コルンセの短剣とセクバの手が。それぞれ交差しながら、今や虚空となった宙を滑るのだった。

 

 その光景を()()()()()()、青年は後ろに倒れようとしている姿勢のまま、床に手を突き。

 

 そうして勢いを殺すことなく、逆立ち────するかに思えた矢先。

 

 青年は背中を弓形に反らせ、そして腕の力だけで()()()(さなが)ら射ち放たれた、矢の如く。

 

「いっ!?」

 

 そうやって繰り出された青年の変則的な飛び蹴りを、呆気に取られて間の抜けた声を上げたその男が躱せる筈もなく。

 

 ドスッ──それ故に、青年の足が彼の胸を突くのは当然のことであった。

 

 先程とは違い、悲鳴はおろか呻き声一つ漏らすこともできず、男は瞬く間に意識を手放す。

 

 そうして吹っ飛んだ彼の身体は、椅子やらテーブルやらを巻き込んで床に転がった。

 

 喧しい騒音が鳴り響く最中、何事もなかったように床に着地し、立っていた青年は周囲を見渡す。

 

 額から血を流している男と蹴り飛ばされた男の二人を除いた、四人の男たち。とっくのとうに彼らは椅子から立ち上がっており、抜け目なく青年を取り囲んでいた。

 

 各々、いつの間にか取り出していた得物を手にしながら。その一挙手一投足を決して見逃さないよう、少しも目を逸らすことなく。

 

 徐々に、徐々に。じりじり、と。四人の男たちは青年との距離をそれぞれ詰めていく。

 

「殺すぜ。覚悟はできてんだろ?できてるから、こんな真似してんだろ、お前さ」

 

「悪く思わないでくれ。俺らにも生活が懸かっているんだよ」

 

 そしてコルンセとセクバも言いながら、椅子から立ち上がり、離れ。二人揃って、その場からゆっくりと歩き出す。

 

「……」

 

 そんな最中、こんな状況────それでいて、恐慌をきたす訳でも、諦観を抱くこともなく。

 

 青年はただ億劫そうに、そして面倒そうに。コルンセとセクバ、他の男たちを見やるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方で四人目です」

 

 と、言って。差し出されたグラスを手に取り、持ち上げ。その(ふち)を口につけ、傾ける。

 

 音もなく、静かに。グラスの中身が減っていき、やがて。

 

 コト──空となったグラスが、受付台(カウンター)の上に置かれた。

 

「ご馳走様でした。……確認、いいですか?」

 

「こっちで答えられることなら、何なりと」

 

 そう訊ねる青年に対して、依然グラスを布で拭きながら、ぶっきらぼうにそう返す店主(マスター)

 

 少しの沈黙を挟んでから、青年が口を開く。

 

「貴方は()()()()繋がってますか?元『鋼鉄の巨人(メタイツ)』所属《A》冒険者(ランカー)、デイビッド=ウォーキンズさん」

 

「すまんが、お前さんが望むような情報は持ち合わせていない。俺は使い捨ての下っ端に指示出すだけの、下っ端に過ぎん」

 

 訊ねられた店主────デイビッド=ウォーキンズはやはりぶっきらぼうに答えて。彼のそんな返答を受けた青年は数秒、押し黙り。

 

「そうですか」

 

 とだけ、言うのであった。

 

「忠告する訳じゃないが、もういい加減手を引くのが賢明だぞ。何よりも面子(メンツ)を重視しているようでな……これ以上はいつ目をつけられてもおかしくない」

 

「ええ。僕もそう思います」

 

「お前さんだってまだ長生きしたいだろう」

 

「……そうですね」

 

「じゃあ引くのか?」

 

「まさか」

 

 ガタ──そう返すや否や、青年は椅子から立ち上がり。踵を返し、背を向け、彼はその場から歩き出す。

 

「わかっているとは思いますが、既に裏口は押さえています。逃げようとしても無駄ですよ」

 

「ああ。大人しく安全な牢獄(ブタバコ)にぶち込まれるとする。どうせ逃げられたとしても、遅かれ早かれ始末されるのが結末(オチ)だからな」

 

「賢明な判断ですね」

 

 そうして扉の前に立ち、青年はこの酒場を後にする────直前。

 

「一つ、確認してもいいか?」

 

 吹いていたグラスを受付台(カウンター)に置き、デイビッドは背中越しに青年に訊ねる。

 

 その場に留まったことから、了承を得られたと認識したデイビッドが続ける。

 

「お前さんの目的は?」

 

 そのデイビッドの問いかけに対して、やはり数秒の沈黙を挟み────

 

 

 

 

 

「怪物の首、です」

 

 

 

 

 

 ────顔だけを振り向かせ、そう答えて。扉を開き、青年は出て行った。

 

「……わかっちゃいたが」

 

 少しして。未だ意識を取り戻せず、無様に床に転がっているコルンセとセクバ、他の男たちを見下ろしながら。

 

「言うことがデケェな、『大翼の不死鳥(フェニシオン)』所属《S》冒険者(ランカー)……クラハ=ウインドアさんよ」

 

 と、デイビッドは呟くのであった。

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